第4話 私は誰のもの
「どうして私たちがカーヴェル夫妻なの!?」
町に入り、今夜泊まる部屋を確保して――私はむくれながら抗議した。
夫妻と名乗れば、一部屋にアリステアと私とで通されるのは当たり前。そんなわけで今は狭い部屋に二人きりだ。
寝台が二つあるのがせめてもの救いだけど、別々とはいえすぐ近い。向かいあって座ったら膝がぶつかりそうだった。
だから私、嫁入り前なんだってば! 男と同室に宿泊したりして、いよいよ本格的にお嫁に行けないじゃない。
「つれないなエリー」
「私はエリザベス」
ヘラヘラ笑ったアリステアに、私はツーンと不機嫌に言い切った。
「――ああ、そうだった」
低くなったアリステアの声が冷ややかで胸がズキンとした。見ると目を伏せ、遠くを思うような顔をしている。
何よ、私が悪いみたいじゃない。なんだかモゴモゴしちゃう。
「……エリザベス、て私には似合わないわよね」
「貴族にはふさわしい名だよ?」
「両親はリズって呼んでくれてたの。私は男爵家の遠縁にすぎなくて。教育は受けたけど、元は平民なのよ」
「それは知ってる」
「なんで知ってるのよ」
ていうか、だからあなた誰。
私が襲われて殺されたところに来て生き返らせた死霊術師です! って、そんなこと言われて納得できるわけないでしょ。
「――きみのことが、前から気になっていたんだ」
「え」
アリステアが上げた視線が私に絡みついた。前から?
「私、あなたのこと今日まで知らなかったけど」
「だろうな。クロウニー男爵領を旅した時にきみを見かけてね」
「どうして私が気になったの?」
「うん――かわいかったからだよ」
とろけるように笑ってアリステアは私の頬に手を伸ばした。指先でなぞられてビク、としてしまう。
恥ずかしくて振り払い、体を引いた。
アリステアはそのまま私を見つめている。やめてよ。カアッと顔が火照った。
「ほら、かわいい」
「――ばかっ!」
私は掛け布団をはがして頭からかぶった。壁を向いて座り込む。後ろでクスクス笑われているのがわかって腹が立った。でもまだ顔は赤いし、隠れるしかないじゃない。
「――エリザベスと名乗るのは、やめた方がいいな」
「どうして?」
冷静に言われ、布団をかぶったまま少し振り返った。
「消えたご令嬢エリザベス・クロウニー捜索の手がここらには伸びるよ」
「ああ……」
「家に戻りたいかい? 一人無傷で生き残りましたとウィンリー子爵家に嫁ぐのか、もめた挙げ句破談になって金持ちの後妻にでもされるのか、死体ですとバラすのか」
「……嫌なこと言うのね」
ここでこうしているのを発見されたら、人を納得させる説明はできない。
私自身が納得していないんだもの。死んだのに死んでないとか意味がわからないわよ、ほんと。
「だからカーヴェル夫妻として私と逃げよう。こちらとしても生き返らせた責任を感じているからね」
「もっともらしくてズルいんだけど」
「ズルくても、きみが私のものになるのならそれでいい」
「私は誰のものでもないわよ……」
でもそれについてはちょっと心配。
本当にアリステアの死霊術で私が動いているのなら「私はアリステアのもの」と言われても仕方ないでしょ?
術なしの私は死体でしかないのなら、彼は私の主のような存在。
そんなの――いきなりすぎてどう受けとめればいいかわからない。
「エルシー」
アリステアが不意に言って、私は布団から顔を出し向き直った。
「エリザベスの愛称の一つだろう? でもエルシーなら印象がかなり違うし、愛らしくてきみに似合う」
「エルシー……」
その呼ばれ方は初めてだけど、しっくりとなじむ。私はコクンとうなずいて了承した。
「いいわ、私は今からエルシー」
「エルシー・カーヴェルだよ」
得意げに笑うのがムカつくけど、なんだか逆らえなかった。すごく丸め込まれた感じ。
「……あなたのことは? アリステアでいいの?」
「私を愛称で呼んでくれるのかい?」
「いえ、本名がまずいなら、てことよ」
「まずくはないけど、エルシーとの距離が近い感じはいいな」
さっそくエルシー呼びをしてアリステアは嬉しそうだ。まあ愛称で呼ぶぐらいかまわないけれど。
「じゃあ、ステア」
「うん、ひねらずにきたね」
「悪い?」
「いや。エルシーの愛がこもっていればなんだっていい」
「愛はこめてないから!」
「ひどいなエルシー。夫婦となって初めての夜なのに」
言うとアリステアは立ち上がり、掛け布団の上から私を抱きすくめた。うろたえて身じろぎする私を逃がしてくれない。
「やめて」
私は頑張ってキッパリ言った。
今はそんな場合じゃないでしょう。ふくれっ面でにらんでやったらアリステアはやっぱりクスクス笑う。
もう、人をからかってばかりなんだから!
ゆるめたけど、ほどこうとはしないアリステアの腕。それはあきらめて私は尋ねた。
「明日、どこへ向かうの?」
「どこ――ああ、言ってなかったね」
そう、あなたは私に何も教えてくれていないのよ?
犯人を見つけ出そうとは言ってくれたけど、どうするつもりか私は知らない。
私の頭が疑問でいっぱいなのをわかっていただけると嬉しいわね、だんな様。
「ベリントンに行こう」
「王都?」
それは――元々の私の目的地なのだけど。
このセルトランド王国の都であり、いちばん大きな街。
「私もベリントンが本拠地なんだ。あそこで仕事をしていて」
「そうだったの……」
「きみを子爵家に渡したりしないよ。心配しなくていい」
「だーかーらー! どうして私がそれを心配するのよ」
「私と離れたくないだろう?」
むう。
どうしてこう自信家なのかしらね? まあ軽く抱かれた体勢を許してる私もいけないのかもしれないけど!
そりゃアリステアと離れて私が生きていられるのか、ちょっと不安よ。
でも別にアリステア本人のことはなんとも思ってない。むしろヘンタイ認定してるし。
だってそうでしょ?
死体の私に口づけして、服を切り裂いて、胸の傷口をまさぐるような男だもの。かなりアレだと言っていいはず!
「エルシーは私の家で妻として暮らせばいい。王都なら貴族の動向も子爵家の抱える因縁も探りやすいしね」
「でも私、死んでるのよ? そんなのを連れて行ったりしてご家族が驚くでしょう」
「いいや、私に家族はいない。使用人だけだから気にしなくていい」
「そうなの……」
なかなか寂しいカーヴェル家。
まあネクロマンサーになろうなんて人だし、普通じゃなくて当然かも。
「きみはたしかに死んでいるけど、そんなに気にしなくていいさ。生きている女性にしか見えないよ」
「……ほんと?」
「死んだ経験はそんなに衝撃的だったかい?」
「あたりまえでしょ。撃たれてすごく痛かったのよ」
「ああ、わりと苦悶の表情だったね」
「え」
やだ!
死に顔なんて意識してなかったけどブサイクだったの?
青くなってしまったら、アリステアは楽しそうに瞳をきらめかせる。くそぅ、からかわれたかしら。
「大丈夫、きみの顔ならどんなでも好きだ」
「うわあヘンタイ」
つい本音が口をついた。アリステアが不満そうに唇をとがらせる。
「何がだい。痛みに耐えて受け入れてくれる顔を見るのは、たいていの男の喜びじゃないかな」
「なんのことかしら!?」
しれっとそういうこと言うからヘンタイだっていうのよ! 危険を感じて逃げようとしたけど、力ではかなわない。
「――でもね言っただろう? 他の奴がきみを痛めつけたのは放っておけないよ」
私を抱きすくめながらアリステアがにこやかに言い切り、私は動きを止めた。
「私のエルシーを殺した報いは、受けてもらわないとね」
ふふ、と微笑む顔は秀麗だけど冷たくて、かなり怖い。
最初にアリステアに感じたことは正しかったかも。
この人……かなり危ない人だと思うわ。
私を危機から救ってくれたのは、おとぎ話の魔法使いじゃなく死霊術師だったのです。
めでたしめでたし。
……とはならないわね。たぶん。