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元・平民令嬢殺人事件 ~ 溺愛のだんな様はネクロマンサー  作者: 山田あとり
第1章 死の花嫁道中とネクロマンサー
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第2話 死霊術師

「――ッ! ケホッ! ゲフッ!」


 咳込むと血の味がした。

 開けた目のすぐそばに男の顔がある……格好いい人。


 意識をなくしたはずの私はハッとなった。

 男の腕が私の胸をはだけ、押さえつけている!

 ちょっと何すんのよ!!


「いやッ! ゲホッ、コホッ」

「動かないで」


 悲鳴をあげ逃げようとしたけど、のしかかられていて起き上がれない。

 私の服は上半身が切り裂かれていた。

 胸があらわにされ――男が手のひらで触れているのは、さっき撃たれたと思った場所。


「――大丈夫かな」


 ふんわり微笑んだ男が手をどけた。

 何故か痛みはなくなってるけど待ってちょうだい、女性の胸ながめて平然としてないでよね!


「いや、ケフッ」


 動いたら咳込んでしまう。血の匂いが気持ち悪い。

 破れた服を必死でかき合わせ、それが血まみれなことに気づいて真っ青になり。ああもう、忙しいったらないわ。


「なん、なに、これ」

「よし――いけただろう」


 この人ったら満足そうに言ってる場合?

 でも身を起こした私は、周りがどうなっているのかを見て凍りついた。


 馬車の中は血だらけだった。

 これは私の血?

 開け放たれた扉の外には折り重なって倒れる二人の男。一人は馭者で、もう一人は嫁ぎ先のウィンリー子爵家からの迎えの使者だ。どちらも絶命している。


「ひ……っ!」


 私は息をのんだ。

 そうよ、あの賊は? ここにいる人は銃を撃った賊とは違う服装。別人よね?

 混乱する私を男はにこやかに見つめた。懐かしそうな瞳でつぶやく。


「エリー……」


 エリー? それは私のこと?

 私は……エリザベス・クロウニーだけど。


 頬に伸ばされた男の手は血に染まっていた。

 私はおびえて後ずさる。私も血にまみれているけれど、それとこれとは別問題。


 私、殺されるの?

 いや待って、さっき殺されたんじゃなかったっけ。

 もう何がなんだか!


「さあおいで、外に出よう。こんなところを人に見られたら、きみも説明に困るだろう?」


 男は硬直する私の背をグイと抱いた。

 ひきずられるように立たされ、かかえられて外に出る。ひょいと地面に降ろされたが崩れ落ちそうになった。

 腰が抜けていた。


「あれ、駄目か」


 ふわりと横抱きにされる。


「仕方ない、こうして行こう」

「やめ、はなして」

「だって立てないんだろう? うーん、ちゃんと生き返ったはずなんだが」


 有無を言わさずに運ばれる。


 生き返った、てなんのこと。

 何があったの。

 あなたは誰。


 混乱の極致にある私をかかえ、男は微笑んでいる。だけどその口もとには血がこびりついていた。

 ぞっとする。どう考えても危ない人でしょ。


 ここは丘の間を抜ける街道で、すぐそこに馬が一頭いた。男は馬の脇で私を立たせて腰を支え、鞍に置いてあったマントでくるんでくれる。


「着替えはどこかで手に入れよう。まずここから離れなくては」


 馬に私を押し上げ、自分もまたがり、私を抱え直す。

 とりあえず大切に扱ってもらっているようで、私は少し落ち着いてきた。歩き出す馬上で男の顔をまじまじと見る。


 年齢は私よりいくつか上の二十代半ばぐらいか。

 顔立ちは整っていて気品があった。血がこびりついていなければ見とれたかも。茶色の瞳に、黒髪は伸ばして後ろでくくっているようだ。


「……あなた、誰なの」

「アリステア。アリステア・カーヴェル」


 名前を聞いてもなんの心あたりもなかった。私はおそるおそる訊いてみる。


「馬車を襲ったのは、あなたの仲間?」

「まさか。きみを殺したのは私とは別の誰かだ」

「じゃあ誰が――え? 私、殺されたの?」

「そうだよ。撃たれたの覚えていないのかい? だから生き返らせたんじゃないか」


 覚えてるわよ。覚えてるからわけがわからないの。

 眉をひそめる私のことをアリステアはよしよし、と肩をさすってなだめた。


「厳密に言えば、死んでるには死んでるんだろうな」

「――おっしゃる意味がわからないのだけど?」

「うん、きみはね、死体なんだよ。生ける(しかばね)?」

「はい!?」


 なんとも冒涜的なことを言われた。

 私は別に信心深くないけど、生きとし生けるものたちへ喧嘩売ってるわよね、それ。


「おや、怒ったのかい?」

「怒ったんじゃなくて、納得いかないのよ!」

「そんなこと言われても――そうだ、私が死霊術師(ネクロマンサー)だとしたらどうだろう」

「――どう、てあなた」


 絶句した。ネクロマンシーというのは確か、死体を操る魔術だったかと。

 魔法とかなんとか、それこそおとぎ話。しかも死霊術だなんて闇寄りだし邪法だし――ていうか、そんなもの実在するなんて聞いたことないわよ!


「あれ、信じない?」

「信じられるとでも!?」

「そうだね、世は科学全盛だから。蒸気機関に銃の時代さ」


 肩をすくめてうっすら笑うアリステア。私に何を言われてもまったく気にする様子はない。

 少し恐ろしくなって私はぶる、と震えた。


「寒いかな?」

「……違うわ」


 そう言ったのにアリステアは私の体をそっと抱きしめる。

 初めて会った男。しかも死霊術師を名乗る奇妙な人。

 その腕に包み込まれ、息まで震えてしまう。


「ちょ、やめて」

「やめない」

「嫌だってば、はなして」

「きみは私のものだ。私が生かして動かしているんだからね」


 ささやく声は甘い。

 でも言われたことはとんでもなくて、私は泣きそう。


 私が怯えているのを見たアリステアはむしろ楽しそうに笑い、私を抱きすくめ頬ずりした。その腕が強くて私の肺から息がふう、と漏れる。


 ほら私、呼吸してるじゃない。

 死んでるなんて、きっと嘘なんだから。






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