傭兵
アレリアは目の前の神官が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
次に頭に思い浮かんだ言葉はただ、何故?だった。
昔の暗い記憶を思い出す。まるで、自分だけ生きる事は許さないと言われているようだ。
「死ぬ…ですか。それは決定事項なのでしょうか?」
「私も全ての神託を見届けたわけではありませんが、知っている限り成就されています」
それはもう逃れられない運命ではないか
「わざわざ知らせてくれるなんて、神様も残酷な事をなさるのですね」
これは皮肉にも聞こえたかもしれない。けれど、死ねと言われて神様に感謝なんて出来ない。
「むしろ慈悲なのかもしれません。どう生きるかを選ぶ事ができるのですから」
「生きる…?」
「人はいずれ死にます。けれどどう死ぬかを選ぶという事は、どう生きるかも選べるという事。貴方は生き方を選ぶために東の国にいらしたのでしょう?」
確かにそうかもしれない。ずっと逃れたいと思っていたから。
「けれど死にに来たわけじゃない」
「ええ、ならば生きる為に足掻くべきです」
「はい…えっ!?」
どうしましたかと不思議そうに首を傾げる神官を見て、アレリアは目を瞬かせた。
「でも神託に抗う事になりますよね?」
「そうですね。けれど神様は貴方に必要だから助言をしているわけで、決して受け入れろと言っているわけではないと思うのです。ただ人間が生きて死ぬだけなら、わざわざ干渉はしないでしょう。人間の足掻く姿を望んでいるからこそではないでしょうか」
ああ、だからどう生きるかに繋がるのね
「何より、貴方が生死の選択をするのはまだ先の事だと思いますよ。その前に知らなければならない事があります。それ次第で終わらせ方を選ぶ時が来るでしょう。まずは公国へ行って会うべき人と会いなさい」
会うべき人…?
「そうすれば、次にしなければいけない事が見えてくるでしょう。貴方に神のご加護がありますように」
それで一応神託は終わった。かなり抽象的だったように感じるが、話せることが限られているらしい。教え過ぎてもいけないとは我儘な神様だ。
部屋から出て次に入っていくジークとすれ違う。彼は何を言われるのだろうか?
暫く待っていたが、自分より倍は長い。
神様は自分には適当に言って終わらせたのかな、なんて考えているとジークが部屋から出てきた。
「お疲れ、ジ…」
近くに寄って行き顔を見上げたが、とても顔色が悪い。そして何かを必死で考えているようで、アレリアが見えていないようだ。
「ジーク?」
「あ、うん」
何がうんなのか
二回目の声かけでようやく気付いたようで、二人はそのまま待合室にいるラエル達の元に戻った。
「遅かったな、何かすげえ事言われたんか?」
「まあ、すげえ事言われたよ」
聞きたい言葉はそうじゃないというように、ラエルに変な顔で睨まれた。
「ラエルは聞かなくて良かったの?」
「ああ、別にいい」
どうして?というように下から顔を覗き込むと、見んなというように片手で顔を押しのけられた。
「一番神に祈った時は見捨てたくせに、今更言葉なんていらねえんだよ」
それはどこか悲痛な叫びにも聞こえて、アレリアは無理強いをする事はやめた。
そして神殿を出るとジルに後ろから手を掴まれた。何事かと振り返るがジルは前を見据えて微動だにしない。
「ジル?」
ジルが見ている先に何があるのか、アレリアもしばらく一緒に見ていると何やら人が騒いでる声が聞こえた。
何かあったのかな?
国の入り口近くにやや人が屯っているように見えるが、全体的に様子がおかしい。ルイが見てきますと人混みをかき分けて入って行った。
しばらくすると、さらに急いでこちらに戻って来る小さな人影が見えた。揉みくちゃにされたのか、ルイの服装がよれよれになっている。そして力尽きたのかアレリア達の近くでぽてっと転んだ。
あ、痛そう
「大丈夫?」
「はい…ってそれどころじゃないです!小規模の軍隊ですが教国に宣戦布告したんですよ!」
「えっ!?」
教国は東で第三位の隆盛国である。馬鹿でもなければ東の人間がそんな無謀な事するとは思えない。だとすると…
「西側の人間かな?」
ジークが、まさにアレリアが考えていた事を声にだしてくれた。
「その…帝国人の女を出せと。拒否する場合は強行も辞さないと…」
あっ
自分が命を狙われていることを思い出した。しかもこんな場所まで追って来るなんて、どれだけ憎まれているんだろうか。自分のせいだという負い目を強く感じて顔を伏せる。
「でもあいつら、帝国軍じゃない。多分寄せ集めの傭兵だ、統制がとれていない」
少し高い所に登っていたジルが戻って来て教えてくれた。流石に見えないだろうと思ってたのに、どんな視力をしているのかと少し驚く。
「軍を動かせる人間じゃないって事?」
「それか、証拠を残さない為にあえて傭兵達を使ったかだね」
ジークがさらりと否定しながら、まるでその立場の人間が狙っているかのように言う。
本当に誰…?
アレリアは立ち上がって入り口に向かおうとしたがジルに止められる。
「リア、どこ行くの」
「あいつらの狙いは私なら…この国から出ないと」
「ダメだ。行けば確実に殺される」
けれど傭兵が入ってくれば罪もない街の人達も無事ではすまない。ただ普通に考えれば、自分ひとりで済むならこちらの方がいいだろうと思っただけだ。
「何でこんな方法をとったのかと思ったけど、君なら大人しく従うと思っての事か。なかなかいい性格してるよね、君の事をよく知ってる人物って事かな」
ジークがよくわからない笑みを浮かべながら、ダメというようにアレリアを止めた。
「君はまだ必要な人間だから。勝手に死んだら駄目だよ」
それは命を粗末にするなと言う意味ではなく、利用価値があると言う意味に聞こえた。アレリアがジークを睨んでいると、後ろの神殿側から人が出てきた。
「大丈夫ですか?」
先ほどお世話になった大神官だった。騒ぎを聞きつけて表に出てきたらしい。
「神官様…と、え!?」
神官の後ろに見覚えのある人間がいる。関所近くで騒いでいた冒険者のジェラルドだ。
「よう、短い別れだったな」
神官は知り合いですか?と不思議そうにアレリアとジェラルドを交互に見る。
ただの通りすがりだろうがと言ったラエルの言葉を、彼は聞こえないふりをしたようだ。
「や~まさか教国を襲う集団がいるとはな、ここの奴らすっかり安心しきってるから聖騎士も殆ど常駐してないんだぜ」
アホだろ?と何やら面白そうに話すジェラルドに、何かおかしいんですかと神官が突っ込んだ。その様子から二人は気安い関係なんだなと思った。
その二人を見ながら、アレリアは先ほど感じた違和感に気付いた。
神官が誰かに似ていると思ったが、あれはジェラルドに似ていたのだと。