神託
一夜明けて、明るい日差しの中で見るエリスの街並みは綺麗で、そしてどこか異質だった。
今まで訪れた国と違うのは、圧倒的に町人が少なく大半の人間が宗教服に身を包んでいる。
「うわあ、なんか雰囲気違うね。白っぽい服装が多い?ような」
「白は神官だと思うけど、東ではシーラ教も着用を認められているはず」
ジークの返答に頷きながら、もう一度街を見渡す。
て事はシーラ教が多いのかな?
神官はそれなりの地位がないと誰でもなれる職ではない。絶対数はそうそう増えないはずだ。
「何でシーラ教がそんな特別扱いされてるの?」
「…真実かはわからないけど、アンティガブル国の何世代か前の王族がシーラの者を娶ったという噂がある」
「え…?と、それは教祖をって事?」
確かシーラは不思議な力を持った人間だったんだよね?
「いや、それよりも後だから子孫か、もしくはシーラディーバが少数民族という説もあるから、彼らの一族の誰かかもしれない。僕もそこまで興味なかったから詳しくは調べてないんだよね」
それでも宗教に疎いアレリアからしたら、ジークは余程博識に感じる。
何より交流のない東の事にここまで通じているのは、普通なのだろうか?
「とにかく、それで王族の血筋にシーラの血が入ったわけだ。王族側もシーラ教を無下には出来ないし、教徒たちも王族を崇めつつそれなりの権力を手に入れた。だから東は宗教との結びつきが強いと言われているね」
なるほど
他家の血を頑なに拒む帝国と、正反対の道を辿ってきたようだ。むしろこちらの方が正当な発展だと言えるかもしれない。強国にするには他国との婚姻による繋がりを作る方が容易であるし、帝国のように世襲制による近すぎる血を繋いでいくのも良い事ばかりではない。
けれど王族がシーラと結びつく事で得るものは何だったんだろう?王族が私情を優先して恋愛結婚するとは思えないけど
そんな事を考えていたらルイが行きますよとある方向を指さした。その先には大きな神殿が見える。
「神殿に行くの?」
「教国では公国への通行券の発行も神殿がしていますから。建前はそこで審査する為らしいですけど、実際はお布施代わりに旅券の収益を頂いてるだけな気もしますね」
まあお祈りだけで食ってけないのはわかるけど
俗物とい単語を飲み込んで神殿に着くと、白い服を着た者達が対応してくれた。
「ようこそ、シーラのお導きがありますように」
シーラ?ここにいるのは神官じゃ…?
教徒のひとりがにこりと微笑んで説明してくれた。神官は希少で忙しいので、主に雑用はシーラの者達が請け負っているらしい。
形式的な質疑応答をした後に、発行までしばらく時間がかかる為お待ちくださいと言われる。お待ちくださいと言われても…。
「見学していいって事かな?ずっと座ってるの苦痛なんだけど」
「わかる」
ジルが力強く同意してくれて今にも飛び出しそうなアレリアにジークが冷たい笑顔で警告する。
「静かに、お待ちくださいって言われたでしょう?ここで問題起こしたら、最悪見捨てるからね」
ひえっ
静かな室内で、ラエルが口パクでばーかと言ってくる。意外といつも騒がしいラエルは静かに待てるようだ。流石年上と言う所だろうか。
雑談は禁止されていないので、隣のジルが小さな声で話しかけてきた。
「リアは公国に行くの?」
「え、うん。最初の約束だしね?それからはどうするか決めてないけど。ジルは早く帝国に帰らなきゃね」
「嫌だ。リアが帰らないなら俺も帰らない」
困った顔でジルを見返しながらアレリアは思う。彼はどうしてそこまで自分に執着するのか、家族に近しい間柄だと言ってもずっと不思議に思っていた。
まるで一生離れないように
「ジルは…」
アレリアが口を開くと同時に、待合室の扉が開いた。
そこには最初に対応してくれた教徒の他に、位の高そうな神官服を着た人物がいた。
薄い水色の髪を緩く後ろで縛り、穏やかな表情でこちらを見ている。年齢はラエルと同じか、それより上かもしれない。
「お待たせしました」
旅券を渡す様を、その神官はひとりずつじっと見ている。何も言わないので、何しにきたのかとても気になった。
「ではこれで…」
ルイが挨拶をして退出しようとすると、今まで黙って見ていた神官が口を開いた。
「あなたとあなた、そして端の方、お時間を頂けますか?」
神官が名指しした人物はアレリア、ジーク、そしてラエルだった。何も言われないジルとルイが怪訝な表情で見ている。そしてなにより異様だったのは、それを喜ぶかのような周りにいた教徒の表情だった。
「幸運な旅人たちに神の祝福があらんことを!」
な、なに…?怖いんですけど
「大神官様は神の声を聞く事ができるのです。貴方達に神が伝えたい事があるのでしょう」
大神官って…元王族の!?
アレリアが驚いている中で、ラエルが胡散臭げに神官を睨んだ。
「それは強制ですか?」
「いいえ、けれどお金などは一切頂きません。ただ神の声をお伝えしたいだけです」
「ならパスで。そういうものは信じていませんので」
信じられないという表情でラエルを見る教徒を余所に、二人はどうしますかと言われ、アレリアとジークは一瞬顔を見合わせて、承諾した。
何を言われるかわからないけど無料ならいいよね。神殿でおかしな事は起きないだろうし
まず、アレリアが呼ばれて神官と二人きりの狭い部屋に通される。神様のような小さな像と花だけが飾られている質素な部屋だ。
「おかけください」
…あれ?
神官の顔を近くで見ると、誰かに似ているような気がした。けれど誰だか思い出せない。
「時間を下さりありがとうございます。神託はこちらが相手を選ぶ事は出来ないので…。けれど貴方に必要な言葉を下さるでしょう」
「はあ…」
元王族ではあるが、生粋の聖職者ではないはずだ。確かジークの話では継承権争いに負けた為神官になったと言っていた。そんな人物が神様の言葉なんて聞けるものだろうか?
全部顔に出ていたのか、目の前の神官が思わず笑い出した。
「信じられないのもわかります。正確に言えば神託というよりも予言に近いものかと思われます。私の出生はご存じですか?」
多分元王族の事を言っているのだろう。東の国では大半の者が知っている事実だろうから、アレリアは頷いた。
「私達王家の者には、極まれにこのような不思議な力を持っている者が生まれるのです。あまり公にはしていませんが、自分が神職についたのもこの力を必要な者に届ける必要があるのからだと思っています」
王族に不思議な力が…?
それはジークが話してくれたシーラディーバが王族に娶られた事に繋がる気もした。あれは真実なのだろうか?シーラの教祖は他者に奇跡を起こす力だったはずだ。
「けれどそれをなぜ私に話してくれるのですか?」
神託と言葉を変えていた事から、王家の秘密は誰にでも話す事ではないだろう。
「神託は自ずと相手の秘密を暴くものですから、公平ではないでしょう?特に貴方には」
やや警戒するように無言で見返すと、神官はにこりと笑って話を続けた。
「…良い方向には進んでいます。これが貴方にとっての良い、と言えるかは分かりませんが、最終的に全ての事が上手く収束するでしょう。けれどそれには…」
言葉を濁した神官は、少し悲しそうに一度息を吐いて続けた。
「貴方が死ななければならないでしょう」