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入国前

「着いたー」


アレリアは勢いよく馬車を降りて、豪華な関所を見上げる。ここは宗教国エリスの入り口であり、流石大国とあって今まで訪れた国よりも巨大で堅固な印象を受ける。

一緒に下りたジルが、攻めるなら城壁かなんて物騒な事を呟いているのは聞かなかったことにした。

検問を渡る旅人は多く、かなり時間がかかりそうだ。


「こちらに集まって下さい」


ルイに呼ばれてアレリア達はそれぞれに旅券やお金を支給される。ジルに再度、後で返してくださいと念押ししながら、多めのお金を渡していた。


「すみませーん」


後ろから声をかけられて振り向くと、やや貧相なフードを被った男性らしき人に声をかけられる。


「連れと逸れてしまって、ちょっと悪目立ちしそうなんで一緒に入国させてもらえません?」


気安い感じで話してくる男性を見返しながら、どこかで何回か遭難したように衣服や持ち物も汚れており、確かに一人じゃ怪しいなと思う風体だった。エリスに入国するのは基本的富裕層が多い様な気がするから、悪目立ちしそうと言うのもわかる。


「連れの方を探さなくていいんですか?」

「先に入っていると思うので」


旅券はあると言っているので、ルイは文句もなく了承した。ジーク達も特に気にしていないようだ。

六人になった一行がしばらく列に並んでいると、子供の泣き声が聞こえた。


「返して!」


姉らしき女の子と小さな男の子が、泣きながら男性が持っている旅券に手を伸ばしている。


「これは俺の旅券だ!触るな!」


そう言って子供を突き飛ばして列に居座るガラの悪い男に、周りは見て見ぬふりだ。誰だって厄介事に巻き込まれたくはない。けれど流石に子供二人を放っておけずに、アレリアが飛び出すとジルもついてきた。女の子に手を貸すと、男の子は未だに泣きながら何か言っている。


「大丈夫?どうしたの?」

「あいつが弟の旅券を奪ったのよ。これじゃ国に帰れない…」


女の子も泣きそうだったので、ひとまず自分の一行の近くに戻って来る。みんなに事情を話すと対応は様々だった。


「消そう」

「ぶっこ…倒せ!」


ジルとラエルは無言で却下である。


「他人の旅券を奪って使えるの?名前と年齢が書いてあるよね?」

「旅券にもランクがあって、限られた国のみに使うなら性別と発行日しか判断できないものもあります。多くの国を滞在する旅人には使えないものですけど」


なるほど


「君はまた人助けをする気かな?入国する前に騒ぎは控えてもらいたいんだけど」


ひやりと警告するジークに目線を逸らしながら、けれど泣いている子供を突き放したりは出来ない。


「けど、子供に手荒なことした男がお金も払わずに入国できるのおかしいよ!」

「全くだな。あんな男が得するのはむかつくよな~」


ん?と横を見ると、フードの男が着ているローブを脱いでそれを足で踏み潰す。しかも執拗に何度も。

異様な行動に目を疑って男を見るが、特に気がふれたようではない顔つきだ。

近くで見る男は長めの黒髪を後ろに縛っている、思ったより若そうな体格のいい青年だった。所々傷だらけなのは冒険者だからだろうか?


「何してるの?」

「ん?まあまあ」


何がまあまあなのか


そう言いながら踏みつけたローブを再度着こむ。薄汚れた旅人がいよいよ浮浪者のようになった。

青年は疲れたように少し屈んで、ガラの悪い男の方に近寄っていく。


「何だ?」

「少しでいいので、お恵みを…」

「おい触るな!汚れるだろ!」


浮浪者のような男はガラの悪い男にしがみ付いたが、瞬く間に蹴られて鈍い音を立てて吹っ飛んだ。


ひえっ


流石にこれは周りもざわざわと騒ぎ出し、注目されたガラの悪い男は何か毒づきながら列から離れた。

アレリアが急いで駆け寄ると、浮浪者のような男は蹴った男が遠く離れたのを確認して、むくりと起き上がった。


「だ、大丈夫なの?」

「平気平気。怪我もしてないって」


そしてもう一度、一行の元にいる子供に近寄ると手から何かを差し出した。

それは子供が持っていた旅券だった。


「あ、僕の…!返してくれるの?」

「元々お前のだろ?」


お礼を言って受け取る子供を見ながら、顔に出ていたのだろう。男が笑いながら説明してくれた。


「俺の特技の一つなんだよね。相手に気付かれずに」


そうして男にぽんと肩を叩かれたアレリアは、いつの間にか鞄に入ってた旅券を盗られていた。それを見て、え?男?とこちらを二度見しつつ旅券を凝視している。ああ、旅券には男って書いてあるからね。


「でも相手が武器でも持ってたら危ないでしょう?」

「そんなん顔見りゃわかる、あいつは雑魚だよ。まともに殴ったこともないんじゃないか?人殺しは顔見りゃわかるもん、なっ」


そう同意を求めたのはジルにだった。怪訝な顔をしながらジルは男に言葉を返した。


「お前も弱くはないだろう。なぜわざとやられた?」


おい、あいつが二言も返したぞとラエルが突っ込んだが、それに応える場面ではない。


「ん~ここで穏便にあいつに金渡すのも嫌だしさあ、だからって俺がボコボコにしたらその仕返しは子供達にいくかもしれないだろ?」


しばらくしてエリスを離れる旅人の自分達と違って、子供たちはこの国に住まう住人のようだった。後に子供に危害を加える可能性を少しでも排除するなら、下手に恨みをかわないほうが得策だ。


「それに俺は沸点低くもないしな。嫁さんなら多分あいつ三十発は殴られてるよ」

「結婚してるんだ?一緒じゃないの?」

「いや、二日前に狩猟してたんだが、嫁さんが鳥捕まえたんだよ。で、俺が鳥煮込み作ったら嫁さんは焼き鳥にして食いたかったらしくてさー。無言でビンタしてどっか行っちまった」


冗談だよね…?


話からして愉快な冒険者同士の夫婦みたいだ。


他人の為に自身が我慢をするというのは誰にでも出来る事じゃない。汚い身なりで物乞いをするなど、矜持が許さない男性の方が多いだろう。それでも強さをひけらかすよりも子供達を守ろうとした青年が、誰よりも強く感じた。

身体は大きな怪我はしてないようだが、一応蹴られた場所を確認して軟膏を渡しておく。

少しはダメージがあったのか大人しく薬を受け取った男は、ひとつ借りだなと笑った。


「まあ正直言えば蹴られるのはいい気はしなかったけどな、次会ったら出会い頭に殴るわ。俺が恨みかう分には全然いいし」


負けないからなとふんぞり返る様子がどこか子供っぽい。わけもわからず殴られる、あのガラの悪い男を想像して笑ってしまった。

じっと聞いていたジークが、欺いて仕留めるのはまるで為政者のやり方だねと呟いたのが耳に届いた。




全員の入国が完了すると、すでに日は傾いていた。


「じゃあ世話になったな」


簡素な言葉でさっさと別れようとする男を引き留める。


「あ、待って!せめて名前くらい教えてくれない?私はアレリア」


ははっと笑った男が、アレリアの頭をぽんと軽く叩いた。なんとなく、この人は見た目よりももっと年上なのではないかと思った。


「ジェラルド!またな、アレリア」


男が去っていくと、最後まで警戒していたジルは力を抜いてアレリアを見た。


「…あいつも人殺しだよ」

「でも悪い人じゃなさそうだった、ジルがそうなようにね。それに…」


それに?と返したジルの言葉にアレリアは何も答えなかった。

そしてルイ達に呼ばれたのを境に会話は終わらせ、滞在する新しい国に目を向けた。

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