数日前
「ハル!」
アレリアは城の廊下でひとりの男性を呼び止めた。彼の名はハルジオン、年上の幼馴染だ。銀髪に白いマントが良く似合っている。
「リア?どうしたの?」
「遠征に行くって本当!?」
食い気味に話しかけると、少し落ち着いてと頭を撫でられた。
「交渉の使者として行くだけだよ。なに?心配してくれてるの?」
「そうじゃなくて!共和国に行くんでしょう?私も連れて行ってくれない?」
「ダメ」
笑顔で即座に却下されて半眼でハルジオンを睨んだ。ここで諦めるわけには行かない。
「女王にバレたら僕の命が危ういんだけど。君は彼女のお気に入りだから」
「でも!ハルにはいつも相談してたでしょ?私はこの国を出たいの」
困った子を見る様に、ハルジオンはため息をついた。
「ジルだって君がいなくなったら死に物狂いで探しに行くと思うよ」
ここは西の大帝国、常に戦争で領土を拡大してきた軍事国家だ。そしてこの国を治める女王、ハルジオン、ジル、アレリアは家門を通じて古くからの知り合いだった。
「…ジルにはうまく誤魔化して。ごめんなさい」
「はあ、なんと言われようと僕は協力しない」
ハルは一度言った事は曲げないのよね、ただきまぐれでもあるし、説得できないかな
断固として拒否され、アレリアは途方に暮れながら、どうにか突破口がないかぐるぐると頭で考えを巡らせる。しまいにはあまり頭が固いと将来禿げるんじゃといらない世話まで思考が飛んだ。
「協力、は、しない。けれど、君が勝手に付いてくる分には干渉しない。知らないからね」
ぱっと顔をあげてハルジオンを神様のように崇めた。
禿げるなんて言ってごめんなさい!一生ふさふさなのを祈るわ!
「ありがとうハル!」
「僕は生まれは選べなくても、生き方は自由であるべきだと思うんだよね。それでも個人としてはあまり薦めないけど…リアは頼りないから」
一言多いと思いながらも多大な感謝を言葉と態度で示した。
旅券だけは同行者の者を用意してくれることになり、あとは旅支度をするだけだ。足軽に自身の部屋に戻ろうとして、いきなり後ろから誰かに抱き着かれた。
「うわっ」
振り向くと、そこには見知った幼馴染のジルバーがいた。少しボサボサとした髪に今度は黒いマントを羽織った大男だった。これでもアレリアより年下なのに、すでに背は見上げる程高い。
「ただいま、リア」
大型犬に懐かれている感覚にアレリアは少し笑った。けれど硝煙と少しだけ血の匂いを感じて顔を歪める。
「また討伐に出てたの?怪我は?」
「俺が怪我なんてするわけないだろ」
彼はこの国最強の武力を誇る黒の騎士団を率いている。その為、戦争には必ずと言って参戦させられ、毎回心配で、帰ってきたら顔を見せる様に言っている。
「そうよね、ジルは強いもの。もう私が心配しなくても大丈夫よね」
「……」
無言でじっと見つめられて、アレリアは首を傾げた。
「何かあった?」
「え?」
ジルはハルジオンとは違った勘の良さを持っていて、アレリアの様子がおかしい事に気づいた。どうして?と聞くと、またもや野生動物が警戒するような顔でじっと見られる。
「ずっと城にいたんだから、何もないよ?ほら、私より先に女王に報告に行かなきゃダメでしょ」
そう言ってジルの背中を押すが、全く動かない。寂しそうにこちらを見つめながら離れがたそうにしている。
そんな目でみてもダメだから!
「明日からも予定入ってるけど、週末は会える?休みがそこしかないんだ…」
「えっ」
あと数日でハルジオンと旅立つ予定なので、きっとその約束は守れそうにない。
「う、うん。多分…?もしいなかったらハルでも誘ってあげて」
「え、嫌だけど」
うーん
ハルとジルは表向き仲が悪いわけではないが、ジルはたまにあまり好きではないのだろうかと思う態度をとる。
ハルはみんなのお兄ちゃんだからよく世話を焼いてくれるんだけど
「じゃあね」
笑って手を振ると、ちらちらと後ろを振り返りながら遠ざかるジルバーを見送った。
ごめんね、元気でね
自分でもここの暮らしは十分すぎるものだと思っている。家門のおかげで人々に丁寧に扱われ、欲しい物は大体手に入る。
昔は外国に憧れて、国々を回る外交に携わりたいと思っていた。それが無理だと知って残念だったが、納得も出来た。
けれど、どうしても出て行きたいと思ってしまう事が起きたから…。
自分勝手だと思うし、非難だって受ける。
だけどここにはもう戻ってこない、きっと。
廊下で立ち尽くしていると、一人の侍女がアレリアに話しかけてきた。
「女王がお呼びです」
「…わかりました」
ふわりと青色のマントを翻して王座の間に向かう。
アレリアは女王に仕える女騎士だった。