見知らぬ少女
あまりに悲惨な話にアレリアは絶句した。
そしてアレリアの代わりに、ずっと黙ったまま話を聞いていたジルが口を開いた。
「それで、何があったんだ?」
「アセノー側に何があったのかの記録はない。王族の命と引き換えに国は存続したってだけ。ただ、軍の解体を条件に共和国になったけどね」
彼らの敵対心を見れば、きっと何かしらの諍いはあっただろう。ルイはわからないが、ジーク達の年齢なら実際に国の移り変わりを目の当たりにしたはずだ。
「…ジーク達は帝国人を憎んでいるのかな」
けれど不当な扱いをされたと感じたことはない。彼らの本心がどこにあるのかわからないが、それを聞く勇気はアレリアにはなかった。
「気になるの?リアは情に脆いからね」
ハルが少し笑いながら言うと、それを否定できずに黙った。少なくても悪い人間ではないと思っている。
なんかジルがこちらを凝視しているような気がするが、見ないようにする。
「そうだね、憎まれてもおかしくないだろう。結果的に国を滅ぼしたのは帝国だからね」
僕だったら密かに帝国の主要人物に刺客でも手配するかな、と言うハルの言葉にアレリアは目を瞬かせた。
「あ!そうだ、実は私誰かから命狙われてて…」
「何!?」
言葉を遮って割り込んだのはジルで、アレリアの上から下を一度じっくり確認して再度顔を合わせた。
「怪我は」
「大丈夫。さっきはジルが助けてくれたでしょ」
多分、覚えてないけどそう言われて嬉しいというような顔をしたジルを見て、そういう所は大きな身体に似合わず可愛いなと思った。
「でも誰が…」
「わからないけど、私が誰だがわかってるようだから帝国人だと思うんだけど」
そう答えると今度はハルが口を開いた。
「そうかなぁ?少なくてもリアを狙うような奴が帝国にいるかな?僕はアセノーの者達が怪しいと思う」
「え?ジーク達?うーん、そうは思わないけど…」
少なくても刺客に襲われた時、二人は助けてくれた。絶好の機会だったのに、あれが演技だったとは思えない、思いたくはない。
「アセノーだって保守派もいれば、反対派もまたいるだろう。君が信じてる彼らが潔白でも、その周りまで信じられるわけじゃない」
そういえば、国を出る時一枚岩ではないとか言ってたっけ
「でも私を狙って何か益があるのかな」
「恨みや憎しみってのは一番単純で根深い感情だよ。理屈じゃないんだよねああいうのは」
ふと、ハルもそんな思いを抱かれた事、または抱いた事があるのかなと思った。けれど彼の心情は表に出さないのでわかりにくい。年上だからか年下のアレリアやジルバーを頼ってくれることは昔から殆どなかった。
「なあに?」
あまりにじっと見過ぎた為か、ハルの問いに急いで首を振る。
「ううん、なんでもないっ」
「そう?じゃあ僕はミアを探すから、ジルはリアをよろしくね。刺客の事はこちらでも調べておくよ」
「えっ」
強制的にふたりにされてしまった状況に、番犬のように佇むジルを見ながらどうしようと思った。
同時刻
一方のラエル達は、賊を蹴散らした後に見知らぬ少女と対峙していた。
最初に賊のいた場所にいつの間にか立っていた事に、誰も気づかなかったのが奇妙に感じた。
「お前は誰だ?あいつらの仲間か?」
「私があんな野蛮な輩の仲間に見える?面白い事を言うのね。私は人を探していたのだけれど、ここにはいないみたい。ああ、どこにいったのかしら、私の騎士は」
手を組んで、やや演技じみた様子の少女に三人は困惑する。
ジークは見分するかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「たとえ主君を持つ騎士でも、誰かのものなんて事はないでしょう。誰だって己自身のものでしかないかと」
「いいえ、あの子は私のものなのよ。そして私もね。これは生まれた時から決まっていた事なの、他人には一生わからないでしょうけれど」
ふふふと鈴が鳴るように笑う少女に、ジークは怪訝な表情をする。
「おい、こいつ話が通じてるのか?」
なんかおかしいぞというラエルに、ルイが聞こえますよと小さな声で注意を促す。
そんなラエルを指さしながら、少女はさらに続ける。
「生き急ぐ貴方にはよくわかるでしょう?誰かを理由にしなければ生きる理由が見つからないのは、私と少しだけ似ている気もするから嫌いじゃないわ」
今度はラエルが睨むように少女を見据える。どこか心の弱い部分を覗かれた気持ちだとでも言うように。
すかさずジークが割り込んで口を開く。
「やめてください。自身の生き様を他人にとやかく言われる筋合いはないはずです」
あら、貴方がそれを言うの?と言いながら、少女はジークの近くに立って見上げながら首を傾げる。
「そうね、それほど貴方達に興味もないし…特に貴方、きっと誰よりも優しくて残酷になれるでしょうね」
少女はにこって笑って、突き放す様にジークを軽く押して距離をとった。
「そして死に急いでいる。私が一番そそられない生き方だわ」
その言葉と同時に、少女に呼びかける声が響いた。
「ミア!」
「あら、ハルじゃない。遅かったわね」
あら、じゃないと穏やかな表情ではあるが、口調はやや強めに少女に近寄る。
「勝手に抜け出して、どれほど周りが混乱しているか。さあ、帰るよ」
「はあ、わかったわ」
ハルに手を取られて去っていく少女を、ポカンとしながら三人を見送る。
途中で少女が振り返りながら、口を開いた。
「話したことは気にしなくてよくてよ。魔法使いは嘘つきが多いから。私に予言の力はないけれど、きっと貴方達は望み通りの終焉を迎えられるでしょう」
ハルは少女に手持ちのローブを被せて着こませた。
「そんな薄着で…。気軽に見知らぬ人間に接触するのも頂けないな」
「見知らぬじゃないわ。リアの事を知ってそうな人間だったから。けれど一足遅かったわね」
「リアはジルがきっと見つけてくれるから」
少女は不満げというように、ハルの手を振り払った。
「あんな置手紙で納得できると思うのがリアらしいわ。戻ってきたらきつく言わなきゃ」
「…リアがそんなに大事?」
緩い笑顔を張り付けたまま、ハルは少女に問いかける。
「当たり前でしょう?ハルもジルも大事だけれど、私達にとってリアは特別でしょう?アーテルベルグの白騎士になったのなら全て知ってるはずよね」
「どうかな」
ハルの言葉を聞いているのかいないのか、軽やかに踏み出して少女は魔法を構築する。
「まあ、今回はもういいわ。何も言わずに出てきたからそろそろ帰らないとね。行くわよ、ハル」
「ええ、ミア…女王」
そして二人は再び帝国に帰って行った。