再会
朝早くにアレリアは宿の温泉に入っていた。
昨日は入れなかったので、出発前に入ってきたらどうかとルイに言われて今に至る。
なんかルイが優しくなったような…
昨日水ぶっかけた奴と同じ扱いとは思えない。年上のおねーさんに弱かったのだろうか。可愛い奴め。
「七色温泉…?」
大層な名前の温泉だなと、貸し切り状態の女風呂に入った。白っぽく濁っているので入ると身体はほぼ見えなくなった。
「あれ?」
しかし浸かっている場所から色が変わっていく。じわりと青緑のような色が出てくるが、一定の範囲までしか広がらずに消えていく。
「これは…」
もしかして魔力の属性の色だろうかと思った。誰しも持っている魔力は人によって得意属性の色が違う。
魔晶石のように、魔力に反応する鉱物が含まれているのではと思った。
東は魔晶石が少ないから需要があると思ってたけど、実は見つかってないだけであるんじゃ…?
きょろきょろと周りを見渡し、それだと取引に有効に使えるのだろうかと少し不安に感じた。けれどジーク達の取引がうまくいくかどうかは彼らの問題であり、ここまで来てじゃあ西に戻るかと言う選択肢はアレリアにはなかった。
どっちにしろ、あと少しでお別れかな
今度こそひとりで生きていかなければいけないなと再度自覚した。
宿を出ると、馬車を捕まえるまでまた徒歩だった。せっかく風呂に入ったのに汗だくで台無しである。
相変わらずアレリアの上に鳥がちゅんちゅん鳴いているような気がするが、今はそれどころではない。
「あついよう」
「昨日と同じ事言ってんじゃねえか…って」
前を歩くラエルがいきなり立ち止まったので、後ろをへろへろと歩いていたアレリアはそのままラエルの背中にぶつかった。痛い。
何事かとラエルと見上げた後に、前を見据えると数人の武装した男たちが行く手を阻んでいた。
「何だ?山賊か?金はねえぞ」
「金はいらねえ、そこの女一人渡せば男達には用はない」
「女?ここには男しかないが旅券みるか?それに女だけって何する気なんだが、助べえが」
その言葉にアレリアは、血の気が引いた。こいつらはルイでも気付かなかった男装もどき(?)のアレリアを女だと言った。
自分が女だと知っている…?
それは帝国側からの追手だとしか思えない。だとすると、狙いはアレリアの命だろうか。
青ざめて一歩後ずさると守るようにラエルが先頭に立ち、やや後ろにジーク、遅れてルイがアレリアの前に立った。
交渉は決裂だと判断したのか、男達が武器を構える。それと同時にラエルとジークも剣を抜き、ラエルが叫んだ。
「ルイ!」
「わかってますよ!」
ルイがアレリアの手を引いて、来た道を戻るように促す。
「ラエルさんがいるなら大丈夫です。むしろ貴方がいると、守りながら戦わないといけなくなるので邪魔になります」
「う、うん…」
みんなに胸中謝りながら、急いで足を動かす。けれど暑さのせいで思うように身体が動かない。そんな二人に追い打ちをかけるように、賊の一人がこちらに向かってくる。
ラエル達二人よりも人数が多いのだ、全員足止めするのは困難なのが明白だった。
「アレリアさん急いで!」
けれどこれでは追いつかれてしまう。二人でいるとルイまで巻き込まれると思ったアレリアは、手を振り払って別の方角に逃げた。後ろを振り返った瞬間、男が笑いながら剣を振りかざす姿が見えた。
反射的に痛みに備えて目を閉じるとと、次に来たのは衝撃ではなく男の悲鳴だった。
そして獣の咆哮。
「え?」
目の前の光景に唖然としながら、動けずにいた。以前アレリアをさらった黒い豹が、男に覆いかぶさって喉元に食らいついている。血が滴り、男がバタバタと藻掻いていたがついに動かなくなった。
豹が男を放し、口元を血で濡らしながらアレリアに近づいてくる。
今度は自分の番かと思いながらも、なぜか美しく見える獣から目が離せなかった。ルイが何か言っているのはわかったが、耳に入って来ない。
口を開こうとした瞬間、獣が俊敏に動き、アレリアの首根っこの衣服を掴んで走りだした。
え?また!?
道ではなく、森の獣道を信じられない速度で走って行く。
「いたっいたたた…!」
草木をかき分けていく為、アレリアの身体のあちこちに葉や枝が容赦なく当たっていく。ちょっ、もっと加減して走って!?
「痛いってば!!」
アレリアが叫ぶと同時に、ちょうど小さな水辺に辿り着き、獣が衣服を放した為解放された。べちゃっと転んだアレリアは獣を睨む。
…相変わらず私を食べる気ではないようだけど扱いが雑すぎる
獣に無茶な文句を心の中で言いながら、血で濡れた衣服にぞっとしていると、獣が水の中にばしゃんとその身を投げ込んだ。
「え?あ…」
豹って泳げるんだっけ…?
ネコ科の動物は水が苦手な印象なのでやや心配になりながら覗くと、今度はざばっと大きな身体が起き上がった。
そう、人間の姿で。
「え…?はあ…?」
真っ裸で水の中から出てきたのはアレリアの知っている人物だった。
「ジル…!?」
固まったまま凝視しているアレリアに気付いたのか、途端にジルは破顔した。
「リア!」
「ぎゃっ!!待って、服は着て!」
そのまま水から上がってこようとするので急いで止める。彼はいつだって自分の事には無頓着すぎる。
服なんてないというように困った顔をするジルを見て、アレリアは自分の鞄から着替えを取り出す。
「私のだから小さいと思うけど、ないよりマシだよね」
「別に一緒に寝たりした仲じゃないか。俺は気にしない」
「私が気にするの!それにそんなの小さい頃の話でしょ!」
ジルが着替えている間、後ろを向いて頭を整理させる。
聞きたいことは山ほどあった。なので、後ろを向いたまま質問をする。
「何でジルがここにいるの?」
「リアを追って来たに決まってる」
追ってくるかもしれないとは思っていたが、まさか単身で来るとは思わなかった。団長のいなくなった黒の騎士団が頭を抱えているのが目に浮かぶ。
「でも私のいる場所がよくわかったね」
「ハルに聞いてたから」
ハル…?でも私は彼とは連絡を取り合ってはいないはずだ。どう言う事?
「ハルも東に来てる」
「ええ!?」
思わず驚いてジルの方を振り返ると、そこには丈の短い服を着た懐かしい幼馴染の顔があった。
そして優しく抱きしめられて、アレリアもされるがままジルに頭を預ける。
「会いたかった」
「…うん」
とても長い間離れていたような気がして、しばらくの間共に再会を噛み締めた。