策略
ジークはラエルの報告を聞いて頭を抱えた。
「…何だって?」
「アイツが捕まった。王族誘拐未遂で縛り首になるらしい」
これには近くで聞いていたルイも、驚きの声をあげた。もうアイツ何してんだよ…という空気だ。
「ラエル、君がいたから心配してなかったんだけど。逃げるなり、誤魔化すなり、何とでもできただろ」
ジークは机を指で不規則に叩きながら、無言で目を閉じて何か考えている。長年一緒に居るラエルはこんな彼の姿をよく見てきた。これは至極面倒くさいが、どうにかしないといけない時の様子だ。
なるほど、よくわからんがジークが動くってのは本当みたいだな
「この人数で忍び込むのは無理だ、腐っても王宮だからな。役人を抱き込むにも、その金が足りない…ルイ、出来るだけ高位職の不正を行ってる者を調べられるか」
「あっそれは市民たちが言ってたぞ、あいつも宰相が怪しいって」
「宰相ってほぼ権力者のトップじゃないですか」
ルイが無理無理というように首を振ると、ジークはさらに考え込んで顔を上げた。
「民からの聞き込みから始めようか、どうやら名の知れた者らしいから」
アレリアは牢の中で暗い天井を見上げていた。小さな窓から柔らかい月の光が差し込み、日中に起こった事を思い出していた。
まさか東に来てすぐに投獄されるとは
ジークが動くとは言ったが、成功するという確信はなかった。なぜなら何を考えているかよくわからない男な上に信頼関係もない。ただ、傍観者でいるというなら無理やり巻き込んだらどうだろうと思いついた策である。
上手くいってもいかなくても怒られそう
けれど怒りながらもアレリアの解放を画策してくれるだろう、多分。その為には外部との取引が出来る役人と取引するはずだ。きっと甘言に惑わされやすい不正をしている人物に。
その際にそいつの不正の証拠も押さえてくれれば…出来れば宰相に繋がる何かだといいけど
そんな事を考えていると、窓の近くに鳥が止まり鳴き出した。なんだか話しかけられているような気もするが、鳥語はわからない。
「私ってそんな鳥に好かれてたっけ」
「あの…」
「わあ!しゃべった!?」
思わず後ろに飛びのくと、勢い余って壁に頭をぶつけた。
「ぎゃっ」
「大丈夫ですか!?」
涙目で声の主を見ると、それは鳥ではなく人間だった。窓から覗く様にこちらを見ている。
「誰?」
「あ、下級役人のミエルと申します。マリから、いえ、王女から話は聞きました」
「王女様から?なんで…あっもしかして貴方が庭師の…?」
にこりと笑ったのを見ると肯定らしい。彼が王女の父親代わりの男性か。
「今はもう庭師ではないです。少しでも王女の側にいるために試験を受けて役人になりました。この国の人間ではないので昇級は出来ませんが、こうして役に立てる事があります」
明日の午前中に門番が交代するので、その際に協力者を送るので逃げて欲しいという事だった。
「ありがとうございます、けれど刑の執行に猶予があるなら少し待ってくださいませんか?」
ラエルから何もないという事は、ジークが何かしら動いている途中だという事だ。アレリアがこのまま逃げ出してしまったら捕まった意味がなくなってしまう。せっかく助けに来てもらって悪いけど!
少し困ったような顔をしたミエルを見ると、顔は似てないのに王女を思い出す。きっと王女が思いやりを持って育ったのもこの人がいたからではないだろうか。少なくても頼みごとをするくらいには頼られている。
「…王女様をお願いします」
少しでも信じられる人が側にいてあげて欲しい。傀儡としてではなく、自分の意思で生きれるように導いてくれる大人が王女には必要だ。
「それは、もちろん。では、また来ます」
庭師をやめて役人に…か
並大抵の努力ではなかっただろうに、そこまでして心配してくれるような他人がいるだろうか。男女の関係はなかったと言っていたが、何かしらの情はあったのかもしれないとアレリアは思った。
それからの動きはとても早かった。
アレリアは次の日の夕方釈放された。
「えっ!?」
笑顔なのに怒っているのがわかるジークと、俺は知らねえという顔のラエル、そして問題起こさないようにって言いましたよねという顔のルイと対面した。
みんな何も言ってないのに、顔の主張が強い。
そしてアレリアが最初にする事はひとつである。
「すいませんでしたー!!」
ルイの真似をしたのがわかったのか、ラエルが吹き出しそうになる。
「うん、とりあえず宿に戻ろうか。言いたいことは山ほどあるから」
怖いっす…
宿に戻るとジークが椅子に座り、アレリアは自ずとその前に跪く。
「さて、何から話そうか。まずね、よくも僕を巻き込んで使ってくれたよね。驚いたよ」
ぎくりと反応しそうだったが、出来るだけとぼけた顔で話す。
「ジークならきっと上手い事助けてくれると思ってたから…どうやったの?」
「市民たちから話を聞き、ターゲットを絞りました。その際にどこでも名前の出てきた宰相は、かなり幅広く不正取引や横領をしていたようですね」
なぜかルイが説明し出したので、ふんふんと真剣に聞く素振りをする。ジークの顔は怖くて見れない。
「けれど流石に宰相自ら取引に赴くことはないと考えて、足として使っている者を洗いました。それが補佐官です。彼は頻繁に街に下りてきていましたので、すぐに接触出来ました」
確かに不正取引は失敗すると自身の首をしめかねない。それなりに信用できるものをつかっているだろう。
「そいつに取引を持ち掛けて、私の解放をさせたんだね?でもお金もないし、何か取引になるような有益な事があったの?」
「そんなのあるわけないでしょ、僕らはこの国に初めて来たんだよ?」
じゃあどうしたの?という顔でみると、にやりとジークが笑った。
「ないなら作ればいい」
ジーク達が持っている手札は不正をしているという情報だけだった。
「彼らはね、いつだって不正が暴かれるかもしれないという恐れを持ってるものなんだ」
「それで証拠もないのにどうやって…?」
「詐欺師を相手にするには詐欺師に化ければいい」
つまり、ジークは不正をしている役人に近づいてそれを指摘して警戒させた。
「けれど、僕らが同類だとわかれば相手は安心するものなんだよ。そして次はどちらが上か見定める」
偽の不正契約書を見せて自身も同じ事をしていると安心させた後に、これを譲ってもいいと持ち掛ける。
「まあ、それでもそんな取引を囚人の解放だけで譲るものなのかと再度警戒するのは流石だよね、タダより高いものはないし。じゃあそちらの取引中のものと交換してくれと言ったら一番利益が少ないものをくれたよ。相手は儲かったつもりなんだろうけどね。これでお互いの弱みを握ったわけだ」
ぴらりと渡してくれたのは不正取引の証拠だった、しかも宰相の印まである。
「でもジークも不正取引の紙を渡したんでしょ?大丈夫なの?」
「僕が?こちらは実際に店との取引もしてないし損害は出してないから。まあ、書類偽装はしたけど取引先のスペルを一字変えてるし効力はないはずだ。契約書はちゃんと見ないとね」
ひえ
何だかジークの方が悪人に見えてきた。
「じゃあ…」
その時、開けていた窓の木々が騒めく音がした。そしてラエルがいち早く気付いてこちらに懸けてきたが、その前にアレリアの視界がぶれた。
「え?」
強い力に首を掴まれて、同時に背中には何か生物の毛皮のようなものに触れた。
黒い大きな動物だと認識した時、アレリアは窓の外に引っ張り出されていた。