腐敗した国
街から出て数時間後、最初の国ビルマに着いた。
国としては小さな方で、検問も特に問題なく通れた。アセノーと違って大分緩く感じたが、こんなものなんだろうか?
「公国に行くまで最低三つの国を通ります。問題起こさないようにお願いします」
…なんで私見て言うの?
アレリアはルイと見えない火花を散らしながら、国の様子を眺めた。
あまり活気に満ち溢れた様子はなく、ひとつ前の街と比べるととても荒んで見えた。
「ここって大国の属国でしょう?なのに何でこんなに荒れてるの?」
「東の大陸でも公国から随分離れた場所だからね…検問もろくに旅券の確認もせずに、金で通ってた奴らもいたの気付いた?」
「ええ!?」
驚いてジークを見ると、その横にいるラエルが肩を竦めて言った。
「腐敗してんだろ、それも上の方から」
正直、小国の在りようとしては珍しくはない。国が滅ぶ原因の多くは他国からの支配か、自らの自滅でしかない。しかし苦しむ大半は、そこに住む国民だった。
しかし解せないのは記憶ではビルマを統治する王は厳格な人物だったはずだ。
東の大陸の細々した街までは記憶していないが、主要な王国や都市の特色なんかは覚えている。もちろん行った事はないが。
確か、娘が大国に嫁いだんだよね。随分昔に
しばらく歩くと、少し開けた場所に人だかりが出来ているのが見える。
何だろうと覗くと、煌びやかな少女の周りを子供たちが囲んでいる。お菓子やパンのようなものを配っているように見えた。
「あれ、なんだろ?」
「身寄りのない子供達のようですね。貧困の国はそんな浮浪者の割合が高いです、親は育てられずに子供を捨てますから」
中心にいる少女もどちらかと言うとまだ子供に見えたが、薄汚れた子供達と違って貴族のように見える。少女がこちらに気付くとにこりと笑いかけてきた。
「まあ、珍しい。旅の方でしょうか?ビルマへようこそ。王女のマリセリタです」
「え?」
アレリアとルイの声が重なった。王女とこんな所で会うなんてありえないだろう。よく見ると、近くに護衛らしき兵もいる事に気付いた。
「王女様は、何を…?」
「美味しいお菓子が手に入ったので、子供達にわけて差し上げたくて」
だからって直接来る?こんな場所で?
小国だからか、世間知らずなのか、頭にお花が咲いているような少女にそうですかと言うと、それ以上何も言わなかった。すると遠くからおずおずとやってきた老婆が王女に話しかける。
「王女様、今年は雨期が短く満足に収穫が出来そうにありません。去年と同じ税率では暮らしていけません」
「まあ…私はまだ国税に関わる事は学んでないのでわからないのです。けれど父上、いえ、宰相にお伝えはしておきます」
そうして帰っていく王女を見送ると、国民たちがざわざわと噂話をし出した。
「王は孫娘を甘やかしてばかりで、未だに国政にも関わらせていない」
「民の暮らしなど、どうでもいいのだろう。王はまともに顔も見せないで引きこもっているらしい」
「気まぐれに菓子を配ったところで、どうにもならないのに」
う、うわぁ
その内暴動でも起こりそうだが、王は何をしているんだろうか。
「僕らに出来る事はないよ、どうせ滞在はそう長くないのだから気にする必要はない」
まるで考えている事がわかるように、ジークはいつも通りの笑顔で言った。
それはわかるのだけど、何となくあの無垢な王女が気になった。
それから数日、無事に次の国への旅券を発行できたので、そろそろ出発しようかと思っていた。
「次の業者の出発日が五日後なんて、田舎にしても酷いですね」
それだけ商人の訪れも少ないのだろう、商売にならないから。何日か滞在したが、食料も充実しているとはお世辞にも言えなかった。仕事もないのでそれぞれ自由行動をとることになり、アレリアは当てもなく街を歩いた。
途中でまた頭上で鳥の鳴き声が聞こえたと思ったら、くるりと旋回して木にとまった。
「この前の鳥とは違う子だね?東側は野鳥が多いのかな?」
じっと見ていると、そのうちパタパタと飛び去ってしまう。残念に思いながらも未練がましく鳥を追いかけて行くと、路地裏で誰かの声がした。
「王女…王宮の門…」
なんだろ?よく聞こえないな
ゆっくり近寄ると声の主の姿も見えるようになった。恰好からして街の住人だろう。
「決行は明日だ。王女を拉致し、解放の条件として要求を突きつける」
「!?」
「ああ、このままじゃあ…」
造反!?
とんでもない場面に出くわしてしまった。アレリアは静かに後ずさりして、急いで大通りに出てくるとラエルと会った。相変わらず買い食いをしていたのか、口をもぐもぐさせている。
「ラ、ラエル!大変」
「あ?」
「市民たちが反…」
言いかけてがばっと口を抑えられた。
「お前は馬鹿か。こんな所で言うな」
あれ?もしかしてラエル知ってる?
そのままずるずると、宿泊している宿に戻されるとジークとルイがいた。異様な状態で入ってきたアレリア達を見て、二人とも動きが止まる。
「どうしたの?」
「ぷはっ!王女様が大変なの!市民が結託して…」
「造反でも企んでいるって?」
え?
特に驚きもしない三人に違和感を覚える。
「もしかして、みんな知ってたの?」
「そりゃあな、街に出りゃ聞こえるからな。あいつら隠す気もないんじゃねーの」
「知ってて、放置してたの?」
「だからって、僕らに何が出来るの?」
それは、とても突き放した冷たい言葉だった。
「民衆が暴動を起こすのは、彼らの意思でもあります。部外者の僕らが邪魔する手立てはないかと…」
「じゃあ、このまま黙って見てろって言うの?」
「僕らには最優先の目的があるから、それ以外に関わる必要はない。何より、何かしたくても相応の力もなければ、無駄死にする可能性だってある」
確かに理想でどうにかできる世の中なら、暴動なんて起きやしない。
「リアは王女を助けたいの?民を救いたいの?」
「え?」
「民の計画を兵に知らせれば、きっと失敗に終わるよ?王女は助かるけど、きっと計画を企てた者たちは皆殺しになるだろうね、何も出来ずに。民に付きたければこのまま黙っていればいい、彼らがしているのは王盗りゲームだから、王女ひとりなら勝算はあるかもしれない。まあ、どちらかに付きたいなら王女が賢明かな?戦力では話にならないから」
アレリアは一瞬、ジークは何の話をしているのだろうと考えた。つまり、そういう話をしているのだ。
「ジークは、この国の事はこの国の人間に任せるべきだって言うんだね」
「僕らは別に正義の使者でも何でもないからね」
それが全てだった。
「わかった」
そのまま、アレリアは一人で宿を飛び出した。