始まりは尋問から
どうしてこんな事になってしまったのか。
私はただ国を出たかっただけのに…
アレリアは今、尋問をされる為に三人の男性と対峙している。
一人はやや幼く、あとの二人は青年に見えるが、その内の一人はかなり目つきが悪い。怖い。
うう
生国を出て東の大陸に出るには、共和国であるこの国アセノーの検問を通らなければならなかったが失敗したようだ。あと少しという所でこの三人に呼び止められたのだ。けれど、何が失敗したのかアレリアにはわからなかった。
「こんにちは。旅券を見ると西からの旅人らしいけど…どこから来たのかな?」
フードを被った青年の一人が優し気に話しかけたがアレリアは話す気になれなかった。必要な情報は全て旅券に書かれている、それなのに連れてこられたという事はすでに怪しまれてるという事。下手に話してボロがでてしまったら終わりだ。
どこの誰とはわかってないはずだから…
「おい、耳ついてんのか。話しかけてんだろうが」
「ひいっ」
目つきの悪い青年はガラまで悪かった。
「ラエルさんは存在が威圧的なのでちょっと黙ってた方がいいです。どうしても口を割らない時の最終手段として」
幼い少年が庇ってくれたように見えて、やや怖い事を言う。
何それ、最終手段何すんの
二人を少しだけ遠ざけて、フードの青年が笑いながら近づいてくる。近くで見る青年の目の色は薄い紫色で綺麗だなと思った。
「ごめんね、ただもうすぐ戦争が始まるかもしれないだろう?この国の人間は皆気が張ってるんだ」
「戦争…?何のこと?」
共和国は確か十年くらい前から軍事力を持ってなかったはずだ。戦争なんてできるわけがない。
「西大陸のクソ帝国に決まってんだろ!今まさに軍隊を率いて来てるだろうが」
ラエルと呼ばれた青年が怒鳴りながら口を出してきた。
「ち、違う!アセノーは帝国の同盟国であるのだから、話し合いに赴いてるだけであって…」
その時三人の顔色が明らかに変わった気がした。まるで何かとてつもない失言をしてしまったようだった。
「共和国という名の従属国なんだから、一方的な命令はあっても話し合いなんてものになるはずがないだろう。アセノーはあの時のように屈したりは二度としない」
どういう事?
自分が学んだ時には既にアセノーは共和国だった気がする。小国の歴史を細かく学んではいなかったのでそれ以前に何があったのかわからなかった。
帝国と何かあった?けれど戦争はなかったはず
物思いに耽っていると、再度ラエルが遠ざけられてフードの男性が話しかけてきた。
「まあ、それはいいよ。それでね?君が帝国のスパイだとすると困るんだ。だから身元を明らかにしたい」
「…私が怪しいと思われた理由は?」
ふわりとフードを取った青年は微笑んでいた。綺麗な顔立ちで年齢は自分と同じくらいだろうか。
「まず、旅券に平民と書かれているけど…。着ている物が上等すぎるよね?生地を見ればどの程度のものくらいかはわかる。到底平民が着れる物じゃないよ」
アレリアは驚いて自分の着ている物を見下ろした。これでも宝石も何もない地味な色合いの服装とマントを選んだはずだが、平民の服屋で買わなかった事を後悔した。
「あと、名前で引っ掛かりました。18歳女性の名前ですが、どうみても僕と同じくらいの少年ですよね?」
「なっ?!」
幼い少年が会話に加わってどや顔している。いや得意げに何言ってんの。
まさか少年だと言われるとは思わなかった。性別と年齢は間違ってないんですけど。
アレリアの髪は女性には珍しい程、短く切りそろえられていたからかもしれない。貴族でも平民でも女性は髪を伸ばすのが一般的だからだ。ただ、その理由を言うには自分の正体がバレてしまう危険がある。
「身分があるらしき人間が共も連れずに検問を通ろうとすれば目立つよ。警戒して損はないからね」
「でもスパイならもっと賢く動くと思うんですよね。僕でももうちょっと上手くやります」
少年黙れと心の中で毒づく。
「世間知らずの貴族の線が高いけど、それでも十分怪しいよね。この名前も本名じゃないんでしょう?本当の名は?」
それこそ言えるわけがなかった。もしかすると家門を辿れば行きついてしまうかもしれない。だからと言ってすぐに別の名を名乗れるほど口が上手くもなかった。
「本当に、私はスパイなんかじゃ…」
「…やっぱり言わないか。うーん、じゃあリア」
ぎくりとして一瞬息が止まった。本名の愛称だったから。
「アセノーにはリアディトレーゼっていう幻の魚がいるんだよ。君の瞳と同じく青い色をしてめったにお目にかかれない。仮に君をリアと呼ぼう」
フードを被っていた青年はずっと口調も柔らかく、優しく笑って話しかけていた。けれどずっと目は笑っていない事に気づいた。
「尋問する相手には名を呼ぶのが僕の流儀でね。知ってる?リアは今、刺身に降格するか人間に昇格するかの瀬戸際だって」
「ひっ」
後ろでラエルが慣れた手つきで剣を手にする気配がした。彼は騎士だったのかもしれない。そして幼い少年は逃げられないように扉の前に立つ。
「じゃあ始めようか。リアがどこの誰なのか」