夢の中 その2
やっとゆっくり眠れるとベッドに入って眠りについたはずだった。だが、歩が目を覚ますとまた知らない部屋の中に立っていた。また咲さんの記憶の中に入り込んでしまったようである。
またか。眠りにつく度にって事はないよね。
夢とわかった今は、慌てることもなく周りの様子をゆっくりと見渡す。
咲の母親が洗い物をしながら、何かを調理している状況は一緒なのだが、立派なシンクに電化されたコンロ、大きな食器棚にはキラキラした食器がきれいに置かれ、見たこともない鍋がキッチンの前の棚に並ぶ。
ここは咲が住んでいた部屋とは違う。確か男の人がきて一緒に住もうと話をしていたが、母親の彼氏の家だろうか?
程なくして大きなランドセルを背にした、小学校低学年くらいの女の子がキッチンに入ってくる。メイと呼ばれた子供だ。
「お母さんただいまー」
大きな声でそう言うと、ランドセルを勢いよく床に脱ぎ捨てる。
「ダメよ。ちゃんと自分の部屋におかないと」
手をタオルで拭きながら、咲の母親はランドセルに近づくと、扉の近くにきちんんと置きなおす。
「お母さん。今日は何を作っているの?」
「今日はね、ハンバーグよ」
「やったー!メイも何か手伝う」
「じゃあ、洗い物をお願いしようかな」
二人は仲よさそうにキッチン並び、時折笑いながら再び料理をし始める。
「ただいま」
この声は咲だ。制服に身を包んだ咲がキッチンにいる二人に声をかけて部屋に入ってきた。
「お帰り」「お姉ちゃんお帰り」
二人は同時にさきの方を向いて挨拶を返してくれるが、再びキッチンでの作業にもっどてしまう。
そんな様子をただ見つめる咲。
最近まで他人だったとは思えないほど仲が良く、親子だと言われても誰も疑わないのでは、とすら思えた。
「人見知りの激しい娘でね、仲良くできるか心配だったんだけどね、余計な心配だったようだね」
いつの間にか咲の後ろにはメイの父親、日向の姿。 急に聞こえた義父の声。びっくりして振り向くと、見上げる先に気持ちの悪い笑みを浮かべた顔が。
「かばん、置いてきます」
子供心にも、その笑みが優しさからではなく、別の何か気持ち悪い所から来ているような気がして、一刻もここから逃げたかった。目を伏せ、義父の横を抜けると、廊下に出る。
玄関からまっすぐと続く長い廊下、その左右にいくつもの扉が並ぶ。
咲の部屋は突き当りの右の部屋。リビングやトイレからは一番遠く、ちょっと使いにくい場所にある部屋だった。それでも、咲にっとっては初めてできた自分の部屋、どんな場所にあろうと嬉しかった。
大きな窓のある部屋には、ベッドと机 本棚はあるが本は入っていない。
ベッドにカバンを下すと、自分もその横に座る。
母が喜ぶからとこの結婚は賛成してみたものの、義父の自分を見る目、この家に越してきてからずっと続く嫌な視線が、どうも義父を父として見れない。
廊下を誰か歩いてこちらに向かってくる。聞きなれたスリッパを引きずるように歩く音。
母だ。部屋の扉がノックされ「入るよ」と母の声。
「咲。ご飯の前にお風呂へ行っておきなさい」
「うん、わかった」
学校どうだった?といつもなら話かけてくれていた母。この家に来てから忙しのか、親子の会話は減った感じがした。
クローゼットから着替えの服と下着を取り出すと、部屋の中から廊下を見る。廊下には誰もいないようである。廊下を歩いているときに、義父には会いたくないから、今のうちに。廊下を走って玄関に向かうと、リビングの斜め前方にある洗面脱衣所の部屋の扉を開け、さっと入ると隠れるように扉を閉める。洗面所と洗濯機が置かれた部屋。そこで咲は着ていた制服を脱ぐと、隣にあるバスルームの扉を押し開け、中に入る。大人二人が入れるようなバスに立派なシャワー。見たこともないような高級なシャンプー類。ゆっくり湯に浸かりたかったが、咲はとりあえずシャワーを浴びて早くここを出たかった。なぜなら・・・
突然、風呂の扉が開く。「タオル。ここに置くからな」
義父である。外から声だけでいいのに、なぜか扉を開いていつも。今日は気が付いていないいだろう思っても、義父が在宅していれば、ほぼそうやって声をかけてくる。恥ずかしそうに体を隠しながら、一応答える咲。「うん・・・」
答えても、気持ち悪い視線は何分と感じるくらい続き、義父はやっと出て行った。
咲は義父の視線を洗い流すように、ずっと体にシャワーを浴びせ続けた。