電話の相手
無機質な音が鳴り響き、歩は目を覚ます。目覚ましが鳴っている?寝ぼけながらスマホの画面を見ると、着信の文字と番号の表示のみ。時間表示は17時13分。仕事関係の着信だろうかと、とりあえず電話にでてみる。
「はい。剣持ですが」
「あゆむ?やっとつながった。もう!ちっとも電話に出てくれないんだから」
声の相手は女性だった。しかしこの女性の声に聞き覚えはない。誰だろう?名前を知っているなんて新手の詐欺とかなんだろうか?
「すみません。気が付かなっかったもので。あのう失礼ですがどちら様だったでしょうか?」
「なんで!もう忘れっちゃったの?みんなで集まって飲んだ時にあったハルカだよ。グループSNSを交換したじゃないの」
皆で集まって飲んだ?合コンに人数が足りないからと、無理やり駆り出されたあの時だろうか?あの時は特定の誰かと仲良くなった記憶はないんだが。
<へー。歩も合コンになんて参加するんだ>
その時は断りきれなくてね。
「そんなこともありましたね。それで、なにか自分に御用でしょうか?」
「二人だけでご飯に行くって約束したじゃない。それなのに既読スルーするし、電話は拒否してるし。直電教えてもらうの大変だったんだからね。だから今日こそは二人でご飯行くんだからね」
そんな話をしただろうか?なるべく目立たず話さずいたはずなんだが。
「今日はちょっとこれから用事がありまして、後日というのはどうでしょうか?」
「だめ、そう言って逃げようったって。1時間半後の7時に新宿西口の駅の改札で待っているからね。絶対だからね」
そう言って電話は切れた。
どう思う?
頭の中にいる咲に聞いてみた。
<どうって?普通に考えたら、歩と仲良くなりたいから電話してきた。ちょっと強引だけどね。そういうの好きな男の子いるじゃんね>
まあ普通に考えたらそうだよな。ただ、会話をした記憶がないんだよね。いまの女性と。もしかすると
また本を狙って、誰かが計画的に自分を部屋から追い出そうとしてるとか。
<考えすぎだよ、とりあえず会って来てみたら?>
部屋をかたずけておきたかったんだけどね。電話番号を教えたって人も気になるし。とりあえず行ってみるか。
歩はシワになってしまったワイシャツを洗濯かごに入れると、普段着に着替える。
ジーンズにTシャツ、ちょっと肌寒いので長袖の服をもう一枚。
<案外、普通の服装をするんだね>
着替えた後の服装を鏡で確認している歩にそう咲が語りかけてくる。
どんな服装をすると思っていたんだい?
<そうね、無地のTシャツに足首まであるような白衣を着て・・・>
俺はマッドサイエンティストじゃないって。おまけにもう中二病じゃないし。
<え~!岡部〇太郎みたいな服装してくれたらおもしろかったのに>
中二病でもコスプレまではしないから。
<嘘つき、していたくせに。あ。もしかして私が頭の中にいるからって、想像でおかしな服を着せたりしょうとしてるんじゃ>
なんだい、それは?いきなりおかしな事を言うし。
背負いカバンに買い物袋に入れた怪しい本を入れると、それを背に出かける。
<本を持って行くの?>
家に置いて、空き巣に入られても怖いからね。
<居ても襲って来たもんね>
まったく、この本になにがあるんだというのだろうか。
電車に乗り、新宿までの移動の間、誰かに襲われるのでは、誰かに尾行されてはないだろうか?注意を払いつつ行動をしたが、とくに変わった様子はなかった。
<何もなかったね>
何もなかったね。
慌てて移動したわけではないが、ずいぶんと早く駅の改札口についてしまった。
まだ約束の時間までにはしばらくあるが、あまり移動しないほうがいいか。
改札口が見える位置で壁にもたれかかり、ひとの流れをぼんやりと見つめる。
<ねえねえ。携帯の着信音て変えられないの?私が使っていた時は着メロなんてのがあって、好きな曲を設定したりして楽しんだだけど>
急に咲が話しかけてくる。
うん。音楽をダウンロードすれば着信音には設定できるけど、なんで急に?着信音なんてなんでも変わらないと思うけど。
<NO MUSIC,NO LIFE,だよ。やっぱり身近な場所にこそ気に入った音楽を置きたいじゃんね>
そういうものなのか?まあいいや。どんな曲がいいとかあるのかい?
<うん、灰色ってバンドのネバークラックて曲がいいな>
スマホの検索の窓に入力してみる。有名なバンドらしくすぐに曲はでてきた。いくつかある音楽サイトのの中で知っている会社からダウンロードしてさっそく聞いてみる。
<これこれ、やっぱりいいよね。この曲を作った人がまたいいんだよね。>
はじめて聞いた曲だったたが、悪くないと思った。ただどうしても文章好きは歌詞を読んでしまう。
これはただの文字遊びのようで、ちゃんと意味が・・・
<音楽は難しく考えちゃだめだよ!こころで聞くの>
頭の中の人に聞かせている感じだけどね。
着信音に設定をし、スマホをポケットにしまうと同時に、設定した音楽が鳴り始める。
そっか、自分のスマホか鳴っているのは。
歌い始めるスマホを、こんな着信音にしてと思うのだろうかと、周囲を気にしながら取り出すとタッチして電話を受ける。
「はい、剣崎です」
「あゆむ、もう改札口には着いた?」
声の相手は誘ってきた女性。
「はい。改札口の正面の所に」
「いたいた!」
手を振りながら、赤いワンピースにみを包んだ女性が走ってくる。服の関係か胸がやたら強調されて見え、男性の視線がやたらそちらに向いているのがわかった。
「ごめんね、待たせちやったかな?」
確かに合コンの時にいたような気がする。その時も胸を強調するような服を着ていて、自分以外の男性がやたらと気を引こうとしていたな。おかげで自分は誰とも話さずいられたんだが。
「大丈夫です。先ほど来たばかりなんで。あの、なぜに自分に電話を?」
「え?だって、あのメンバーの中で唯一話していなかったし、だから話したいなって思って」
ひまわりのようなとびっきりの笑顔を歩にむけてくる。
よくわからないが、そういうものなのだろうか?
「とりあえず。わたし行ってみたい店があるんだ。そこで食事をしながら話しましょ」
「わかりました」
どこに行くとは伝えられず、彼女の話に相づちをうちながらついていく。
新宿でも大きなビルに数えられる建物の最上階にあるレストラン。ドレスコードまではいかないものの、かなりの高級店である。そこでワインを飲みながら、はたから見たらお似合いのカップルの食事風景に見えたかもしれない。
食事を終えると、彼女はお手洗いにと席をたった。これはこの間に支払いを済ませろということなのか?定員を呼び、支払いを終えたころ彼女は席に戻ってきた。
「これからどうしようか?飲みなおす?」
そう彼女は誘ってくれたが、どうも乗り気でなかった歩はお断りをいれ、彼女とビルの入り口で別れた。
<なに?あの女。一人でずっと話をしてるし。そろそろ会計って時にいきなり席を立ったと思ったら、会計が終わったころ見計らったように帰ってくるし。それにあの真っ赤な口紅。トイレで塗りなおししてきたんだかなんだか知らないけど、そんなので歩を誘惑しようたって、歩が付いていくわけないじゃないのって。いーだ>
まあまあ、そう言うなって。彼女にも悪気があったわけじゃないしね。
<歩は甘いんだから。そんなことしているといつか騙されちゃうんだからね>
そうかもね。さて、せっかく新宿まで出てきたんだし、行きたい場所はあるかい?
<歌舞伎町でホストの店にいきたい>
駅はどっちだったかな。
<うそうそ。本屋さん行きたい。続きが気になる本があるんだよね>
本屋さんか。たしか大きな書店が近くにあったな。なんて本だか覚えている?。
<吸血鬼が出てくる話で、吸血鬼ハンターだったかな>
吸血鬼ハンター・・・スマホで検索してみるか。
スマホで検索してみると、8年前に全13巻まで発刊され文庫本であることがわかった。ただ大手書籍通販サイトには在庫はなく、中古本の販売も見当たらなかった。
難しいかもしれないな。
<まだ3巻までしか読んでないんだ。完結しているなら結末を知りたいな>
とりあえず探して見ようか。たまに書店には売れ残っておいてあることがあるからね。
いまいる場所から歩いて10分くらいの場所に立つビル。そのすべてが書店という大型店にやってきた歩。入り口のフロア案内で文庫本のフロアを確認すると、階段でそのフロアまで移動する。
出版社別の棚から、作者別の棚まで探して歩くが見つかる気配はない。やはり大手書籍通販サイトにないくらいだから、店舗には見当たらなかった。
さて、どうしようか。
本棚の前にて考えを巡らせていると、柱に貼られたポスターを見た咲がポツリと呟く。
<今ってこんな本が流行っているんだね>
そのポスターには、かわいらしい女性が書かれたイラストと本のタイトル”異世界への道しるべ”
ポスターの下の部分には、手書きのポップで好評発売中と書かれていた。
最近の傾向として異世界に転生して、第二の人生を過ごすって内容の小説がたくさん出ているらしいから、この本もそんな内容じゃないのかな?
<歩はこの手の本は読まないの?>
新しい本はあまり読まないからな。古い時代のミステリー小説がが好きで読んでいるからちょっとわからないんだ。
<本なら何でも読んじゃうじゃないんだ>
中学くらいまではね、高校以降はちょっとかっこつけてみたいなやつかな
時間も遅くなり、閉店時間も迫ってきたため歩は1階入り口へ。自動ドアを出た所で、殺気みたいな鋭い視線を感じ、ちらっと視線を横に向ける。自分から向かって右手に、壁にもたれかかる帽子を深くかぶった人の姿。その姿に歩は見覚えがあった。おかしな本を最初に手にした時に出会った、男子中学生かと思ったあの女性だ。
関わらないのがいいな。そう思い駅の方向に歩きだすと、彼女は目にも止まらぬ速さで、歩にもう触れてしまうのではというくらいの位置に立つと、睨むような眼で見上げた。歩はその睨むような視線よりも、あまりにも近い距離に驚き後ろによろけるように彼女から距離をとった。
「お前は前に会ったおまえか?」
再び距離を詰める女性。
「何を言っているのかわからないのですが」
再び後ろに避けるように下がるが、壁に当たってしまいもう下がることができない。
「お前は以前のおまえか?」
彼女は大きな音がするように壁に手のひらを突き当てると、再び触れるような距離で歩みを見上げて睨みつけた。
「自分は自分ですが・・・もしかして探している本と関係した事でしょうか?」
「一瞬、おかしな光が見えたんでな。お前が以前のお前ならいい」
壁から手を離すと、彼女は帽子を深くかぶりなおした。
「もし、本を探しているのでしたら今手元にありますよ。本を開くとおかしな男のいる世界に吸い込まれてしまいそうで、処理に困っていたんですよ」
そういって、背負っていたカバンの中から、レジ袋に包まれた本を取り出し、そのまま彼女に渡す。
彼女はレジ袋から本を取り出すと、再び歩みを睨んできた。
「これをどこで?なぜこれが危険な本だとわかる?」
「変な男に付け狙われて一時は逃げたんですけど、扉を壊して部屋にまで来てしまったので、絞め技で気絶させたらこの本が男の倒れた位置に落ちていて、開いたら本に吸い込まれそうになったので、これは危険な本なんだなって」
「お前、本当に使役されてないんだろな?この場で殺さない程度に殴ってやろうか?」
本を持つ手に力が入っているのか、本からおかしな音がする。
「使役ってなんのことですか?本は普通読めるものですけど、その本は読めませんから、そんな本は普通に考えてもおかしいので、危険だなってだけですよ」
「まあいい。お前が使役されてないのは、光を発していない時点でわかっている。得意体質なのかは知らないが、これ以上この本を見かけても関わらない方がいい。関わったことでまた誰かに襲われるか、あたいがお前を倒すことになるからね」
そう言うと、暗闇の中にへと彼女は消えて行った。
<歩って、ああいう子がタイプなんだね>
唐突に咲がおかしな事を言い出した。
なぜにそうなる?
<だってめちゃめちゃ緊張してたじゃん>
そりゃ、あんな殺気をはなっていたらね、誰だって。
<えー!男の人に襲われた時は緊迫した状況だったのに、緊張すらしてなかったよ>
その、なんだ。女性相手だったから。
<一緒にご飯食べた子には、まったく興味すら感じなっかたのに?>
それはね、年が近いから。もう、なんでそんなことわかるの?
<歩と感情は共用してるからね、当たり前でしょ。歩のエッチ>
違う!断じてそんな感情は。
<歩って年下が好きなんだ>
なんか誤解の生じる言い方だなあ。違うから。
<かわいいアニメキャラが好きだし>
だから・・・
二人の会話は家に帰るまで、こんな調子で続いた。