現実世界にあったものは
突然景色が変わる。椅子に座り目の前にはテーブルと、湯気を立てている飲み物。
あれ、野島さんは?景色が変わる前は確かテーブルを挟んで正面にいたはず。
そう思った瞬間、自分の右横には笑顔で立っている咲の姿。
「そういうことで、身体お借りしますね”レクトル”」
いきなり腕をつかんだかと思うと、そう咲が叫んだ。
再び、景色がぐるぐると回転しはじめる。
やばいこの感覚、これ以上体験したら、気持ち悪くなってしまう。
目を閉じ、過ぎ去るのを待ち、そろそろ大丈夫かとゆっくりと目を開ける。
椅子に座る歩。目の前のテーブルには湯気をたてる飲みものではなく、蓋の空いた弁当が置かれてあった。
頭が痛い。まるで二日酔いの時みたいだ。
椅子から立ち上がり、キッチンの横にある冷蔵庫の中からペットボトルに入った水を取り出し
一気に口に流し込む。
いったい何がどうなっているんだろう?変な世界に入ったりしたのは、夢を見ていたのだろうか
<やっと本から出られたー。久しぶりの現実、本屋に行くぞー、美味しいものを食べるぞー。
ショッピングもいいな。とりあえずここがどこか確認しなきゃ>
なぜか頭の中から、先ほど出会った野島さんの声が聞こえてくる。これはいったいなんの冗談だろうか
夢の次は幻聴までとは、冗談じゃないとしたら相当疲れているのかな
<ここはこの人の部屋かな?、あっちにはなにがあるんだ、あれ?おかしいな、あっちに行きたいのにこの体って言うことをきかないし>
普通に行動できるが?。もう一度水を口に含む。
体におかしな感じはみうけられない。
<なんで言うこと利かないの?このポンコツ体は>
突然玄関の扉がガチャガチャと音を立て、ノブが高速で上下し始める。
<やば、心霊現象?もしかして>
そんなわけがないでしょ。だれか部屋を間違えて扉のノブを動かしているだけで、放置しておけばそのうちあきらめて帰るよ
なに頭の声にちゃんと答えているんだろ?頭を掻きながら扉をみつめる。
ドアノブは下を向いたまま止まるとギギギと嫌な音を立て始めた。
まさか引っ張って扉を開けようとしてるとか?そんな非現実的なことは・・・
ミシミシと音がして扉が外に向かって開き始める。
まってくれよ。壊してまで部屋に入って盗めるような貴重品はないって。
思わずノブをつかみ開かないように引っ張るが、カギを破壊しようとする力。
敵うはずもなく、開いた扉は通路の壁にまで吹き飛び大きな音をマンション全体に響き渡らせた。
目の前には本屋で出会ったかなりの体格が良い、不思議な火を放ってきたあの男。
目が合った瞬間、男の右手が歩の喉を掴んだ。
<きゃああああ>
あたまの中に響く悲鳴。
そのまま扉を引きちっぎった怪力で、歩は部屋の壁にある本棚まで投げ付けられた。
辺りに散乱する本、背中に強い衝撃。一瞬にして息ができなくなる。
「本をわたしてもらおうか」
相変わらずわけのわからない話をしながら、土足のまま男がこちらに向かってくる。
<どうしよう、どうしよう>
やたらと焦る野島さんの声が聞こえるが、身体を動かすことができない。
<そうだ!ヒーリング>
その声を聴いた途端に体の痛みが消え、息ができるように。
目の前には体格のよい男から繰り出される右の大きな拳。
歩は右に飛び避けると、拳が当たった金属製の本棚はぐにゃりと曲がった。
「なんだ、もう使役されちまったのか。それにしてはいい動きをするじゃねえか。
俺なんてやっとこの体を動かせるようになったて言ううのに。
そうだ魔法とやらも使えるようになったんだぜ。この力、身体強化ってしたら鉄すら壊せたんだからな。そうだ、さっきは手持ち花火のような火の玉しか出せなかったが、今度はこの部屋ごと焼き尽くしてやろう」
「使役?自分は何も変わってはいませんが」
<もう!なんでこんな奴にまで敬語使ってるの。早く何とかしないと殺されちゃうよ>
確かに。あの力は危険かもしれない。
男はこちらに向かって広げた手のひらを突き出すと、小さな火の塊がくるくと回りながら大きくなってくる。
このままじゃ部屋どころかこの建物さえ燃えてしまう。
とっさに散らかった本を掴むと、男に向かって投げつける。
男はそんなの怖くはないはとばかりに、魔法を中断してその本を叩き落とす。
本よ、申し訳ない。
<そんなこと思ってる場合!>
何冊もの本が男に向かって飛んで行く。
「そんなことで強化した俺を倒せると思っているのか?」
黒くなった歯を出し、にやりと笑う男。しかし本をすべてたたき落とした瞬間、歩の姿は目の前にはない。代わりに首元にがっちりと腕が巻き付く。
いつの間にか男の背後に回った歩が、首元にしっかりと右腕を回し、男の首を絞めつけていたのだ。
もがき抵抗を試みる男。だがしっかりと絞められた腕からは逃れることはできず
白目をむきながらその場にうずくまるように動きを止めた。
<こ、殺しちゃったの?>
格闘技の絞めと言われる技だよ。頸動脈を圧迫して一時的に脳に酸素が行かないようして失神させてだけだから今は生きてはいるけど、このままだと死んでしまう危険性はあるから、救急には連絡しないとかな。
歩は辺りを見回し、散らばった本の中からスマホを見つけると、119番通報をする。
「すみません、救急車をおねがいします。はい、家に入ってきた侵入者ともみあいになって、相手が失神してしまったので、至急お願いしたいのですが。はい、警察もお願いします。住所は・・・・」
電話を切り辺りを見渡す。壊れた本棚、散乱した本。そして倒れている大きな男。これはどう見ても一方的にやったとしか思われないよな。
<この男が扉を壊して入ってきて暴れたんだもん。歩がやらなかったら死んでいたよ>
うん。そうかもしれない。でも過剰防衛ともとられるかと・・・
サイレンが鳴り響いてくる。このサイレンは警察。先に警察が到着したようだ。
数人の人間が走ってくる足音、制服の警官が部屋になだれ込んでくると、歩はあっという間に取り囲まれてしまった。
「君、名前は?」
取り囲んだ警官のなかで、一番年上のような人が問いかけてくる。
「野島歩です」
「住所は?」「東京都・・・・」
「ここの住人は?」「私ですが」
「では、ここに倒れている人は?」「知らない人です」
「入り口の戸は君が壊したのか?大きな音がして人が部屋の中で争っていると通報があったんだが」
自分が連絡するより先に、誰かが通報したみたいだ。扉を壊して、本棚に飛ばされた、それは通報されてもおかしくはないよな。
「ここに倒れている人が戸は壊して侵入を。廊下で争いになって、絞めて気絶させてのでこのような姿に」
「救急車は?」「呼びました」
「とりあえず署まで来てもらうから」
歩は両脇にいた警察官に両腕をしっかりつかまれると、そのままアパートの1階に停められたパトカーに乗せられ、警察署まで連れていかれた。