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本の中の少女は白の夢を見る  作者: ぶちの野良猫
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そして願いは聞き届けられた

 辺り一面、自分より背の高いススキのような植物に覆われ、かろうじて人一人が歩いて行けそうな道が目の前にある。後ろはと振り向けばそこに道はなく、どうやら小さな広場みたいな場所に立たされているようだ。咲の記憶通りならば、これから道案内の誰かがやって来るはずだ。夢と違ってちゃんと触った感覚があるんだと、ススキみたいな植物に触れていると、一本道をこちらに向かって誰かがゆっくりと歩いて来る。全身白い服装に身を包んだその人物は、フードで頭まで隠していたが、目も口も、そして耳がないのがはっきりとわかった。まだ道のりになれないのか、時折躓いて転びながらもようやく歩のもとに辿りついた。君が案内してくれるのですか?そう声をかけるが、どうしていいかわからず二人とも困惑してしまう。道が変わっていないだろうし、自分が連れて行けばいいか。歩はその人物の手を繋ぐとゆっくりと一本道を歩き出す。案内に来た人は最初何が起きたかわからず戸惑っていたが、歩の意図を理解したのか一緒に歩いてゆく。案内人とは初めて出会ったはずなのに、どこかで触れたことのある感覚がする。もしかして母さん?そんなはずはないよね。ここは死後の世界じゃないし。

 咲の記憶の中と相違なく、ススキのような草原のを抜けると丘の上に建物が見えて来る。ゆっくりと案内人と坂道を上って行くと教会が姿を現す。それは咲の記憶と違い小さな建物。子供の頃に見た近所の教会、その形にそっくりの建物だった。これはきっと自分の中にある教会のイメージを反映して具現化しているに違いない。

 教会の扉を開けて中に入る。入ってすぐ、両脇に控えていた門番がいきなり棒を二人に突きつけてきた。

「案内者がガイドされてどうする」「お前は神の手先としても役に立たなかったのに、案内もろくに出来ないとは。価値のないやつよのう」

いきなりいじめのような発言が発せられる。案内人には聞こえないはずだが、異常な雰囲気に繋いだ手が震えている。

「やめてください。あなたたちにそれを言う権利はないはずです。この人の管理者ではないのですから」

「何だと!」「舐めやがって、やろうっていうのか」願いを

二人の門番は持っていた棒を振り上げ、今にも歩達を殴り掛かろうかという格好をとる。

「自分は剣持直哉の息子です。お分かりですよね、それでも自分と戦いますか?」

門番が親父と戦ったなんて話はもちろん聞いたこともない。ただ、親父の性格からして、こんな高圧的な態度をする奴はきっと打ち倒しているはず。今の自分はきっと勝てないだろうから、ここははったりで攻撃するしかない。

 門番の二人を歩が睨み返すと、二人はたじろぎ後退りをし始める。通してもらいますから。案内者の手を引き中央奥にある祭壇に向かって歩いてゆく。祭壇の前には神と呼ばれる人物だろうか、子供のような従者を共ないこちらを笑いながら見ている。

「ようこそ、神の本の世界へ。あなたの願い、この私が叶えてさしあげましょう」

咲の記憶のまま、テンプレートのように同じ言葉で話しかけて来る。この神と名乗る人物はいったい何百年と同じ言葉を言って、人々を本の世界に追いやったのだろうか。

「その案内人がよほど気に入ったようだね。だが、その者は契約違反者なんでね、甘やかさないでいただきたい。使役者をうまく操作できない上に、敵対する相手組織の本を破壊する事もできなかったとんでもない落第者だからね。見せしめの意味も含めて案内人をさせているんだから、手は貸さないで欲しい。あなたも、願いを叶えてあげるまではお客さんだが、願いが叶った後はこちらの駒になって働いてもらうから、くれぐれもその者のようにならないように。さて、詳しい話はこの者が別室で話をしてくれるから、質問があれば聞くといい」

横にいた子供のような人物が、こっちだと自分から向かって右方向に指を刺す。歩は手を広げて突き出すと、説明はいいですと断る。

「自分は他の使役者の人から説明を受けています。ですからこのまま願いを叶えてもらって大丈夫です」

彼の本を持ってきてくれと、神と呼ばれる物が従者に言いつける。従者は先ほど指差していた先にある部屋に向かって走ってゆく。

 静かな教会内にいきなり音楽が流れた。この聞き覚えのある音楽、これって自分のスマホの着信音じゃないか。音を聞きつけた門番が駆け寄って来るなり、音の出所である案内人に向かって棒を突きつけた。胸を押さえ、音楽の鳴っているであろうスマホを取られまいとうずくまって丸くなる案内人。

「俗世間の物を持ち込んでいるその者に罰を与えよ」

神と呼ばれし者が案内人に向かって指を差す。棒を突きつけていた門番二人が、棒を振りかぶり今にも叩きつけようと構えた。

「やめてください。彼女はもうここからいなくなるんですから、そんな事をする必要はないでしょ」

案内人を守るように両手を広げ立ちはだかる歩。神と呼ばれし者が急に笑い出す。

「そこまでこやつを守りたいとは、愛の力というやつか?良いだろう、やめてやれ」

門番二人は振り上げた棒を下ろすと、杖のように持ち直した。そこへ本を手に持った従者の子供が走ってやって来る。これ、あんたの本ね。と、本を手渡してくれた。大きさの割には重さは感じなかった。

「そいつはお前の本だ、願いがかねえば晴れてそいつがお前の住処だ。せいぜいいい人間をみつけるんだな。さあ、願いを唱えよ」

神と呼ばれし者が両手を高々と天に掲げ叫ぶ。歩は無言でうなずくと願いを静かに言う。

「自分は過去に遡ってすべての事柄を否定する」

神と呼ばれしものが、歩みの願いを聞きながらニヤニヤ顔で頷く。

「神の本の存在を、過去に遡って否定する事を自分は願いとします」

 願いを聞き届けたことを知らせる鐘が、教会内だけではなく、歩たちが存在しているだろうこの空間にも響きわたる。予想だにしていなかった願いに、神と呼ばれし者や門番、従者が焦り慌てふためく。鳴り止まない鐘の音。その音に共鳴するように、地面が揺れ、この広い空間を形作っていた天井が崩落し始める。何百キロとありそうなその塊は、教会の天井を突き破り、室内へと降り注ぐ。真っ先に逃げ出した門番と案内人だが、逃がさないとばかりに、大きな塊が次々と3人の上にと落ちてゆく。

 突然、うずくまっていた案内人が光始め、ゆっくり浮かんでゆく。びっくりしてなのか、別れを迎えていることを予感しての行動なのか、案内人が歩に手を伸ばす。歩はその手を力強く握り返すと、笑顔を向けた。歩は、咲が姿を見せなくなってから全く笑えなくなっていたのに、意識しなくても笑顔になっていた自分に少し驚いていた。

 もっと遡れば、親父が行方不明になったあの日から、心から笑顔になんてなれた事なんてなかった気がする。咲といたあの時以外は。

「今までありがとう。短い時間だったけど、咲といたあの時間は1番楽しい時間だったかもしれない。咲がいるべき場所に戻ったら、もっともっと楽しい時間、過ごして欲しい。さようなら。また会えたら、横浜のコーヒーショップのフラッペ、一緒に食べよう」

 歩がてを離すと、案内人は光の球に姿を変え、遥か彼方へ飛んで行った。これで咲の魂は新しい人生を送れるだろう。

「お前は長い歴史の中で存在していたこのワシと言う神を否定したんだ、過去を変えれば当然、奴が存在した事も変わってしまうと言うことになるんだぞ」

逃げずにその場に留まっていた神と呼ばれし者が、歩に負け惜しみのような言葉を吐き捨てる。

「世界線というのをご存知ですか?まあ、あなたが生まれた時代にタイムトラベルなんて言葉自体なかったでしょうから、知らないとは思いますが、この世の中は無数の世界線と言う物で形作られているんです。それはたとえAと言う線を消したとしても、歴史という流れの辻褄が合うようにちゃんと修正されるという事実。たとえあなたがいなくなっても、咲は生まれるし、ちゃんと生きて行くという事。ただその過程であなたがいなければ不幸になる事はないんですよ」

「お前はどうなんだ。この神と言う存在に命を救われた、お前は生きていると言うのか」

「さあ、どうなんでしょうね、生きているかもしれないですし、海で溺れて死ぬという歴史はそのままかもですから、生きていないかもですね」

「それなのになぜそう願う。この本は何重にも防衛策を施し、神の存在を否定する願いを持つ者は入る事すらできないはずなのに、なぜにお前は」

「人間は心変わりしやすい生き物なんです。本に入る時は真剣に咲を助ける事だけを思っていました。でも、案内人になって現れた咲に気がついた時思ったんです。咲はそれを望んでいたのかって。咲は自分の幸せなんて望んんでなかった、ただいつも周りの事を思っていた。それがわかった時、自分の願いはこれになったんです」

「愚かな。これから先、助かるかもし・・・」

黙れと言わんばかりに、神と呼ばれし者の上にも容赦なく空間の壊れた天井の塊が落ちて来る。この空間に一人残されてしまった歩は、手頃な塊の上に腰を下ろす。

 こう言う場面になった時って、親父だったりお袋が助けに来てくれる、なんて物語に良くありそうな設定だけど、これは物語じゃないからそんな事はないよね。おじさんが実は・・・なんてないか。さてと助けも咲のように光に包まれてなんて展開もなそうだし、どうしようかな。

歩は教会の天井に開いた穴から、壊れてゆく空間を見つめた。


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