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本の中の少女は白の夢を見る  作者: ぶちの野良猫
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歩の願いは・・・

 病院から電車に乗った歩は浅草橋で下車をしていた。向かった先は近くの携帯ショップでも、実の店でもなく、父の友人が経営する書店だった。古めかしい引き戸。それを荷物を持った右手で開けにくそうに開けると店内へ。時間帯もあると思うのだが、店内には小学生がやたらと多い気がした。歩は本棚と本棚の間の通路を奥へと進むと、レジカウンター内に座り、難しそうな本を読むスーツ姿の老紳士に声をかけた。

 「こんにちは、剣持です」

老人が本から目を上げ、こちらを見る。

「もう、退院しても大丈夫なのかい?」

「おかげさまで、経過観察は必要みたいですが、3ヶ月もすれば治るそうです」

老紳士は本をカウンターに置きながら、命に関わる怪我でなくて良かったよ、と言う。これはたぶん咲のおかげだろう。咲が回復の魔法とやらをかけてくれなかったら、自分は出血多量で亡くなっていたかもしれない。

「あのう、この怪我の事、あの病院に入院していた事、なぜご存知なんでしょう?」

老紳士は表情ひとつ変えず言う。しばらく前から監視をさせてもらっていたからね。と。

それはあのオタク風の服装をしていた人たちの事だろうか?あの人たちは異世界出版社から出入りしていたと聞いた。普通、監視を頼むなら探偵を雇うと思うのだが。何かがおかしい

「もしかして、あのオタク風の服装をした人達の事でしょうか?」

「いいだろ、あの服装。東京という街に馴染んでいると思わないか?あの服装ならどこにいても違和感ないだろ」

今時、あのような服装をしたオタクはいないと思う。逆に浮いて目立っているような気がする。

「あの人たちは、異世界出版社から出入りしていると聞きました。あの会社はどんな会社なんですか?」

「あの会社か、あいつは私が神の本や、それに関わってしまった者たちを管理するために作った会社だよ」

神の本と言う聞き慣れない言葉にも驚いたが、会社を作ったというのにはもっと驚いた。自分が知っているおじさんは、街の小さな本屋を営む個人商店の店主。対する出版社は年商1億の優良企業。簡単に作ったと言うには規模が大き過ぎる気がする。

「おじさんは何者なんですか?」

「歩君の親父の知友であり、下町のにある本屋の親父だよ。表の顔はね」

誰にも表の顔があれば裏の顔もあるものだが、おじさんのその言い方には、聞いてはいけない事を聞いてしまったねと言っている気がした。

「裏の顔は、ビブリオフィリー日本支部、最高責任者。世界各地に支部は存在し、会員数は約8千万人。日本では役800人が所属し活動している。活動内容は神の本の捜索、そしてその本の手先になりし者たちの殲滅」

殲滅。つまり皆殺し。そこまでしなければいけない神の本とは。老紳士が話を続ける。

「歩君は願いを叶えてくれる赤い本、青い本と呼んでいたようだが、正式名称は神の本。赤、青。」

それでインターネットで検索をしても、本屋で聞き込みをしても、知らないと言われてしまったわけか。

「始まりは今から300年ほど前のイギリス。19世紀最大の書籍収集家、トーマス・フイリップ男爵によって発見された一冊の写本からだった。その写本には神の住む場所に連れって行ってくれる本があると記され、本の具体的な特徴と、その神はどんな願いも絶対に叶えてくれると記されておった。男爵は面白がって神の本を見つけ出すと、早速部下に本の中の神に会いに行かせたが、一人、二人、三人・・・そして四人。誰一人帰って来なかった。何だこの本は。男爵は本を封印すると、2度とこの本の事は口にするまいと思ったらしい。それから3ヶ月後、見知らぬ男性が男爵を訪ねてきた。その男性は自分は男爵の部下だった者だと名乗り、他人が知り得ない事柄を語って見せた。その男性によると、その神は願いを叶える代わりに、敵対する神が生み出した同じような立場の人達を始末しろ。そのために力のある身体と特殊能力を授けようと言われたと。部下が以前と同じ姿でないのは、待ち伏せしていた本に入って来た男の体を借りてここにきたからだと言った。にわかに信じられず、どうしたものかと思っている矢先、通り魔事件を犯した男が、本を読もうと開いたら、中にいた男に体を乗っ取られ、気がついたら逮捕されていたと。それが一人や二人ではないから調べてくれと警察より依頼があった。これはと思った伯爵が調べていくと、それはやはり神の本に願った者のしわざであった。報告書を出した男爵の元に今度は政府より通達が下った。そのような風紀を乱す本を殲滅せよと。それが我ら組織の始まりであり、神の本との長い戦いの始まりだった」

「一つ聞いてもいいですか?何でもかなえてくれるのですよね。本の中の神にこんな事はやめろと、願ったらいいのではないですか?」

「うむ。それがどういうわけかうまくいかなくてのう、組織が誕生した頃から数多の人が挑戦するも、帰ってきた者すらおらず。一説には、願いは一人一回限り。神を消そうとする意思を持つ者は排除されると言われておる」

結局のところ何も解決策はないって事か。おじさんが本に関わっている事はわかったが、親父はも関わっていたって事か?いや、関わっていても、いなくてもいいが、親父が別人だったという事の方を今の自分は知りたい。

「親父のことを教えてください。生い立ちとか、お袋との出会いとか、知らない事が多いので」

「生い立ちねぇ。詳しくは聞いておらぬが、児童養護施設で育ったとは聞いておる。中学卒業後、施設を飛び出し各地の道場に住み込みで働き、その後は用心棒みたいな事をしていたらしい。私と出会ったのは君の父が22歳の時。ビブリオフィリーの会員として地方の書店を探索していた帰りに、使役者に追われるって事があって、その時に使役者を倒してくれたのが君の父だった。彼とはお礼にと誘った飲み屋で意気投合してな、私が未知の力を持つ人に困っていると言うと。強いやつと出会えるなら、あんたの用心棒してやるよ。って、強引にね。しかしながら、二人のコンビはなかなか相性が良くってね、私の情報を元に相手を特定し、彼がその相手を追い詰め倒し本に戻す。日本で1番のハンターと呼ばれるまでにはそう時間はかからなかったんだよ」

嬉しそうにおじさんは歩みに微笑んだ。そんな事をしていて、お金にはなったのだろうか?

「協会が高値で使役者のいる本は買い取ってくれるからね。数ヶ月に1冊くらいしか見つけられない人でも生活できた時代に、月に10冊は見つけていたからね、かなり裕福だったと思うがね」

「使役者の入った本は、協会に買い取られた後どうなるんですか?」

「職員2名以上が立会いのもと、焼却施設での廃棄。誰かが本を開いたら乗っ取りにあうかもだからね。そんな事を聞いてどうする?」

歩は右手に持っていた袋をカウンターの上に置き、中から3冊の本を取り出して見せた。

「ほう。一冊は君が倒した男の本。もう一冊の真っ白な本は、私の部下の使役者の本だね。あれほど特殊な力を使いすぎるなと注意しておいたんだがな。もう一冊は封印されした本?これはいったい?」

咲の事はやはり知られてはいないようだった。全身黒い服の女性にはおかしな感じがすると言われていたが、そこまでだったのだろう。

「それは自分を使役しようとしたのですが、なぜか失敗してしまい、頭の中に同居することになってしまった女性の本です。自分を助けるために力を使いきり、本に自ら帰って行きました。なぜ封印されたかは分かりません」

おじさんは初めてそんな本を見たらしく、しばってある針金みたいなものを引っ張って見たり、指で弾いてみたりしている。

「何かおかしな光が歩君の中から見えるとは報告を受けていたが、使役者が支配できないならまだしも、本人が意識を保ちながら使役者も同時に存在していたなんて、聞いた事がないが」

「そうですか。やっぱりレアなケースだったんですね。あのう、この本はやっぱり協会に渡されて、焼却処分なんでしょうか?」

おじさんは突然顔見知りの小学生3人に声をかけると、お客が来たら頼むよと店番を任せると、歩に着いて来るように言う。店の奥の扉からさらに住居部分を奥へと進み、中庭のような場所に大きな蔵が見えて来る。入り口にかかった和鍵を開錠すると、厚く重そうな扉を開く。白い床の室内。天井まで伸びた本棚には8割ほどの本が埋まり、蔵にありがちなカビ臭く、薄暗いといったい感じは全くしない。むしろ乾いているという感じすらする。湿度調整されている?

「ここにある本は全部、彼が集めた使役者のいる本だよ。その数、約1千800冊。そのすべてを一人で集めたんだから、君の父の凄さがわかるだろ」

おじさんは自分の事のように誇らしげに言った。

「協会には持って行かなかったのですか?それに親父一人でっておじさんとコンビを組んでいたんですよね?」

「本の中にはまだ生きている人がいるんだから、いつか助けられる時まで保管して欲しいってのが、彼の願いだったからね、私の所に来たものは全てこうして保管している。コンビを解消したのは出会ってしまったからなんだ。神の本に。その本は旧家の蔵にあると情報を得た私たちは、早速その旧家に出向くと一人の若い女性が対応してくれた。門構えのある立派な旧家だった。普通なら神の本などと聞けば門前払いも当たり前なんだが、彼女はこちらの話を良く聞いてくれ、蔵の中を快く見せてくれた。彼女は一人でこの旧家と先祖の土地を守っているといい、おかしな客を見分けるのは慣れていたらしい。せっかくなのでと蔵の整理がてらの捜索は1週間に及び、ついに神の本、赤、をみつけ出した。念願だった本を見つけ出したはずなのに、嬉しさより虚しさが先行してしまい、引退しようと歩君の父に伝えた。歩君の父もしばらくはこの仕事からは離れたいと思っていたらしく、神の本は私が預かっておくという事で、そこで二人は別れた。それからの私は、豊富な資金と協会の人脈で、洋書を輸入販売する会社を立ち上げ、新たな仕事に就いた。彼から連絡が来たのは別れてから1年後だった。結婚することになったからと、また本を狩る職業に戻るから本を買い取ってくれと。結婚も驚いたが、好戦的な者ばかりでなく、静かに生きている使役者も狩らないといけない事に、疑問を持っていた彼が急に狩るとはなぜだと思っていると、結婚相手の女性に、あなたが正しく狩って、本に戻った者が心配事がないように後処理をしてあげなさいと。そんな理解のある相手は誰だと聞くと、神の本の所有していたあの旧家の彼女だと言う」

あんな適当親父が、どこであの優しい毋と知り合い結婚したかと思っていたが、本繋がりだったとは。突然何日も家にいないと思えば、怪我をして帰って来たり。家にいると思えば仕事にも行かず体ばかり鍛えている。母に寄生するヒモ親父かと思っていたが、まさかそんな事で稼いでいたとは。

「間も無くして歩君、君が誕生し、彼はますます本を集めへと邁進して行き、月に10冊なんて時もあったりして、かなり充実した日々を送っていたと思う。そんな時、あの事故が起こったんだ。歩君が3歳の時だったかな、海に落ちて溺れ意識不明で発見されるという。彼から電話があった時は驚いたよ、溺れたという事実もだが、神の本を貸してくれと。目的はもちろん歩君を助けるため。私は反対したんだがね。使役者になるという事は、ハンターから狙われると同時に使役者からも狙われるという事。それでもと言うので、私は彼を送り出した。歩君が回復してから3ヶ月くらいたったある日、見知らぬ男が訪ねてきた。ひょろっとしたその男、自分は剣持だと名乗った。そう、もうわかったと思うが、歩君の良く知っている父は、実は誰ともわからない人物であって、本当の彼が操っていたに過ぎない。そのことを知っているのは、私を含めて歩君の両親の3人のみ」

隠していたんですかと、歩がおじさんに詰め寄る。おじさんは困ったように答える。

「そうするしかなかったからね。妻をそして歩君を守るためにはね」

「誰なんですか?親父が体を借りていた人物って。ちゃんと謝りには行ったんですか?」

「ずっと探していたんだけどわからなくてね、最近になってようやくわかったんだ。名前は野島保。妻と娘の3人家族で長野県に住んでいたらしい。もちろん、彼の意思を継いですぐに謝りに行ったさ。でも、けんもほろろに追い返され

よ。あなたも私をバカにするのかとね。娘も行方がわからなくなっているらしくてね、その手の話は飽き飽きだったらしい」

そうか。これで咲が言った言葉の意味が理解できた。すべては繋がっていたんだ。

「歩君が急に神の本に興味を持ったり、父の秘密を知った経緯は聞かないでおこう。その代わり、もうこの本には関わらないでほしい」

「まだおじさんは持っているんですよね?神の本。自分が急に本に興味を持ったのは、先ほどの封印された本の持ち主、彼女を助けたいと思ったからなんです」

「歩。言っている意味がわかっているのか?父が必死に守った命、それを捨ててまでそんな本の中の女性に使おうというのか?良く考えろ。使役者になればもう自分の体には戻れなくなるんだぞ。いつ消されてもおかしくないんだぞ。あの強かった彼ですら、消されたんだからな」

あれほど表情ひとつ変えなかったおじさんが、顔を真っ赤にして歩に迫って来る。今にも襟元を掴み掛かるかって勢いだ。

「誰かに倒されたって情報はあったんですか?協会に本は持ち込まれましたか?」

答えは返ってこない。当然だよね、ちゃんんと願いはかなったんだから。いくら探しても見つからないわけだ。興奮しているおじさんを横目に、ますます冷静になってゆく歩は続ける。

「自分を使役しようとして、頭の中で同居していた女性の名前は野島咲と言います。小さい頃に父が行方不明になり、母親と二人で必死に生きてきた女性です。中学の時に母親が再婚する事になったのですが、その父親がひどい男で、その場から逃げたい一心でなぜか手元に現れた神の本に願ってしまったんです。父を殺してくれと。父、つまり再婚相手ではなく、本当の父親。野島保さんであり、使役していた自分の親父の死。それを知った彼女は、自分を特殊な力で治療を限界まで施し、2度と出られない本の世界に自ら帰って行きました。もし、彼女の父親が、親父の入った本を開かなければ、親父が自分を助けるために神の本に願わねければ、自分が溺れなければ。遡って行けば、自分が彼女の家庭を壊した原因なんです。だから、自分が彼女を助けるのは当然なんです。神の本。ありますよね」

淡々と語る歩に影響され、だんだんと興奮が冷めてきたおじさんは。こうなってしまっては歩に何を言っても聞かないよな。頑固なところは親父譲りなのを知っているおじさんは、やれやれと言うようにかたをすくめると、突き当たりの壁まで歩いて行き、壁にある普通のコンセントに懐から取り出したカードをかざす。壁の一部がせり上がり、中からダイヤルが二つある金庫が現れる。そのダイヤルを手慣れた様子で合わせると、開いた金庫の中からは夢の中でみた見覚えのあるあのケースが姿を見せた。おじさんはそのケースを歩の目の前まで持って来ると、再び聞いてきた。

「本当にいいんんだね。戻って来れる保証はないんだぞ」

「もう決めた事ですから。後悔はありません」

そうか。とおじさんは言うと、持ってきたケースを水平に構えて、歩に向かって開いた。眩しいくらいに歩みを照らす赤い色。目を細めて見返す先には神の本と呼ばれる物がある。歩はその本に手を乗せると心で叫んだ。

自分の願い、叶えてくれ。

いっそう強い光が歩むを包むと、その光は部屋全体にまで広がったかと思うと、弾けるように歩みと共に消えてなくなった。蔵の中にはおじさんがケースを持って立っている以外、入ってきた時と変わらない状態の空気が流れていた。おじさんはケースを閉じると、金庫に戻し蔵を後にする。店に向かいながら思った。

因果はめぐるのだろうか。本の神に命を救われた者が、今度は神のための手先にと落ちてゆく。私が彼と出会わなければこんなことにならなかったのかも。

実は、すべての原因は私なのかもしれない。


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