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本の中の少女は白の夢を見る  作者: ぶちの野良猫
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白い天井を見つめながら

 白い天井、天井のレールから下がった白いカーテンが風で揺れている。外から聞こえて来るのは救急車の音。硬いベッドに寝ているせいか体のあちこちが痛い、特に切り落ちされた左腕が痛む。幻肢痛とかってやつなのだろうか?体を起こして切り落とされた左腕を見てみる。肩のすぐ下から肘までギプスで固定された腕が天井から吊られている。切られたはずの肘から先もきちんとある。切り落とされた腕を繋いでくれた?それなら指なんて動くはずもないのに、普通に動く。じゃんけんだってできそうだ。死んだわけじゃなかったんだ。しかし切り落とされたはずなのに、何でくっついているんだろう。しばらくぼうっとカーテンを眺めつつ、どうしてこうなったか考えていると、巡回の看護師がやってきた。目、覚めましたか?と声をかけてくれる。今日は何日ですかと聞くと、どうやら自分は丸一日以上眠っていたらしい。状況は横骨折、真横にまっすぐ折れていたらしい。詳しくは後で先生が往診に来るとの事だった。動いても良いようにギプスを肩から下げる形にしてもらうと、ベッドの横にあるテレビ台の下、貴重品を入れてあるロッカーの鍵を渡される。入院時の所持品はここに入れてあるとのことだった。看護師が去った後、ロッカーを開け、荷物を取り出すと、ベッドに広げてみる。会社帰りだったので、仕事の書類の入ったカバン、財布に名刺入れ、種類の違う3冊の本。スマホがどこを探しても見つからない。逃げている最中に落としてしまったのだろうか?3冊の本を1冊手に取ってみる。漫画本サイズの真っ白な本、内容を見ようにも全てのページまでもが白紙。これは黒の衣装を着込んでいた彼女の体から飛び出してきたあの本だ。次の本を手に取る。絵本のような大きさの本。こちらもまた真っ白な本。ただ本の内容を読めないようにするためなのか、針金がグルグルに巻き付いている。これも使役者の本だとしたら誰のなのだろうか。次の本は青年誌のような大きさの本。こちらは見たことのない雑誌の名前だが、見た事があるような漫画が表紙を飾る。ページを一枚めくると文字が自分の周りをぐるぐると回り始める。やばいと慌てて本を閉じベッドに投げつける。この本はまだ生きている。吸い込まれたらまた大変な事になってしまう。何でこんなものがここに。ベッドに放り出した本の隙間から1枚の紙が顔を出していることに気がつく。慎重にその紙を引き抜くと何か書かれている。

“退院したらお店においで。安藤静也“

この名前は親父の友人で、書店の店主。やはり最終的にはあの人が何かを知っている。

 ベッドに広げた荷物を眺めていると友人の実がやってきた。時間は午前10時を少しすぎた所だった。

「良かった、目が覚めたんだ」

カーテンを少し開けて覗いた実が、起きていた歩を見て嬉しそうに入って来る。どうして自分が入院していたのを知っているんだろう、あの状況で知らせる人もいないはずだが。入ってきた実はベッドの上に散らかっている本を、お前でも漫画読むんだ、そう言って青年誌の形をした本をいきなり手に取ると、ペラペラとめくり始める。危ない。慌てて歩はその手から本をはたき落とす。目を丸くしたまま身動き一つしない実。短時間だから取り込まれてはいないと思うが、早く片付けておかないと誰か本当に使役されかねない。ベッドの荷物を全てロッカーに片付けると、ベッドに腰掛けた。

「なんか、おかしな物が見えた。オレ、もしかして夢見てる?」

「現実だよ。椅子、テレビの横にあるから。それにしては良くわかったな、自分が入院してるって。お得意のネット検索とかで?」

折りたたみの椅子を広げ、どかりと座ると、電話があったと言う。

「歩が出て行った30分くらい後かなぁ?お店の電話に、友達が襲われ重症だからすぐ来てくれ、って。電話があった後からやたら救急車やらパトカーがうるさくてさ、まさかと思って慌てて駆けつけたら、規制線は貼られていて近づけないし、状況はわからないし。そしたら歩を付けていたオタクみたいな服装をした人が、歩はこの病院に行ったからって教えてくれたってわけよ」

ずっとつけて来ていたのは知っていたが、戦闘になってしまった直後から姿を見なかったから、てっきり逃げてしまったかと思っていたが、警察とかに電話してくれてたのか。実は話を続ける。

「それにしても、危ないことにはならないって言っていたのに、襲われてるし、重症の怪我を負ってるし。何をやっているんだか」

呆れ顔の実。そう言いつつ、この様子だと昨日も様子を見に来てくれたのだろう。入院の手続きもしてくれたかもしれない。

「これは予定外だったからね。巻き込まれたと言うか、相手の願いがそうだったから、戦わざるおえない状況になってしまったみたいな」

「巻き込まれたって言っても、どうせ本がらみなんだろ?」

「まあね。相手が本に願ったのが、自分を倒せる力と勝負を挑めるようにしてもらう、みたいなことだったらしいからね」

歩に勝負を挑むって、そんな無謀な奴は誰なんだよ。と実が言った。

「実は覚えてないかなぁ。矢島誠とかってやつ」

矢島?そう言って実はしばらく天井を見つめていたが、何か思い出したようで一人で頷き始めた。

「はい、はい、はい。高校の剣道大会の、歩がなりすまし出場した試合で3秒で負けっちゃたあいつ。めちゃくちゃ弱いくせにやたらとマウント取ってきたあいつね」

「絶対優勝すると思っていたのに簡単に負けてしまうし、勝ったそいつは実は部に所属もしてない素人だった。それが矢島にとってはよほどショックだったらしい」

「そんなのは逆恨みじゃないか」

実がそう言うのもわかる。だけれども、恨みを買う時なんてそんな些細なことからなのかもしれない。自分は大したことないと思っていた事も、本人にしてみれば重要な事だったりすることがあるんだと。

「まあ、歩ならどんな奴が来てもきっと勝っちゃうんだろうけどね」

無責任に実は笑いながら言うが、自分は格闘家でもないし、アスリートでもない。ちょっと武術ができるってだけの人間。強くもないし、どちらかって言えば臆病な方だ。今回だって左腕を切り落とされ死ぬ寸前だった。

「それは買いかぶりすぎだよ。今回はたまたま親父のお守りがあったから勝てただけだからね」

「謙遜しっちゃって。お守りったって実力がなきゃ運も引き寄せられないからね」

実はなんか勘違いしている。お守りと言っても神社仏閣にあるような神の宿る縁起物などではない。

「お守りって言っても、実の想像してるのじゃないからね。恐ろしい武器。そう液体状のLSDが入った小瓶だよ」

「ちょっと待って、それって合成麻薬とかって言われてる違法薬物だよな!持っていたら逮捕されてしまうやつだよな?」

各国によっても扱いは違うものの、概ねどの国でも所持、使用が禁止される危険な薬物。もちろん日本で持っていたら逮捕されてしまう。少量の使用で幻覚作用を強く引き起こす事が知られており、古来より術師が不思議な現象を見せるのに使用していた事が知られている。

「逮捕されちゃうかな?まあ、使用の痕跡はほとんど残らないみたいだから、大丈夫でしょ」

「大丈夫って、使用した相手は中毒とかになるんじゃないの?」

「それくらいならならないよ、何せ体験済みだからね」

実が目を丸くして言う。体験済みって?。歩が答える。親父がね自分に使用して効果を確かめたからね。歩の親父らしいなと、破天荒な歩の父のことを知っている実が言った。

「歩を襲ったやつ、結局どうなっちゃうんだろな」

「ずいぶんと人を傷つけたり、殺しもしてそうな感じだったからね、死刑もありうるかもだね。本当の体の持ち主は、乗っ取られて使役されていただけで、たぶん記憶に残ってすらいないんだろうけどね」

「乗っ取ったやつは逃げ得ってわけか。やってられないね」

「まあ、そうでもないさ。彼らも籠の鳥の中からは一生出られない。可哀想な運命なのだから。そう、そこにある青年誌。それの中にいるの矢島誠だから」

マジか。びっくりした実が立ち上がった勢いで椅子を倒し、大きな音を病室に響き渡らせる。しーという声がカーテンの向こう側にいる患者さんから聞こえて来る。すみません。と二人で謝ると、実は椅子に座り直し再び小さな声で話し始める。

「そんな危ない本、俺読んでしまったのかよ」

「少しなら大丈夫。まあ、最悪飲み込まれても、強く意識を保てば戻れるけどもね」

「戻れるって、普通にしてたら乗っ取られてちゃうだろ。そんな危ない本捨てられないのかよ」

「普通は乗っ取られるね、暴走してしまう事もあるみたいだけどね。捨てるっても誰かに拾われたら困るだろ?燃やすわけにもいかないしね。あてにしていた人物ももういないしな」

こんなにたくさんの本、どうしたらいいんだろう。持っているだけでも以前のように襲って来る人がいたりしそうだし、早急に何とかしないといけないよな。

「そう言えば咲ちゃんはどうした?」

歩は首を横に振る。咲はたぶんもう戻る事はない。針金でグルグルに巻かれた白紙の本、あれは多分咲の本だろう。どうして針金で巻かれているのかはわからないが、もう一冊の本の持ち主が、魔法の使い過ぎで復活できないと言うような話をしていた事から、白紙の本と言うのはこの世に戻れないことを示していることは間違いなさそうだ。

「そっか。野島咲って調べていたらこんな記事を見つけてね、まだ歩の中にいるのならって思ったんだけどね」

実はインターネットに出ていた記事を印刷したものを歩に渡した。

 10年目の真実と題された記事には、駅前でチラシを配る女性の写真が出ている。今から10年前の9月23日深夜11時過ぎ、野島咲(当時13歳)は自分の部屋から忽然と姿を消した。最初に異変に気がついたのは、当時、咲さんの母親と同居していた婚約者の日向秋人。直前、トイレから出てきたのを見たのを最後に、部屋からは出ていないと言う。当時は神隠しと騒がれ、3人が出席しての記者会見が何度もおこなわれた。捜査が進むうち、日向秋人に小児性愛の疑いが浮上、連れ子とされた日向メイ(当時8歳)が誘拐された子供で、性的暴行を受けていた事がわかり、秋人容疑者は逮捕された。咲さんも性的暴行を加えて殺害してしまったため、隠したのではと当初は思われたが、証拠はなく、咲さんの行方不明との関連はないと判断された。では、咲さんはどこに消えてしまったのだろうか?存命ならば23歳になった彼女。母である野島志穂さんは、行方不明になった直後から駅前でチラシを配り続け、情報提供を今日も待ち続けている。

 実は店の準備があるからと帰って行った。退院するようなら連絡しろとと言い残して。ベッドの横になり、先ほど実のくれた記事を再度読み直していた。父を殺してくれと願った咲。消えて欲しかったのはきっと母にできた新しい父親のことだったのだろう。しかし結婚すらしておらず、結果的にその願いは、血のつながった本当の父を消してしまう事となる。それがどう自分の親父と繋がってくるのだろうか?咲が何を知り、どうして消えたいと思うようになったのか。何ともスッキリしなかった。

 午後11時30分くらいになると昼食が運ばれて来る。久々の食事でお腹が空いているはずなのに、あまり食べたい気持ちにならず、ほとんどの物を残してしまう。午後1時過ぎに看護師がやって来る。先生の診察があるから整形外科の受付に来るようにとの事。入院している3階の病室から1階へ降りると、整形外科の窓口で名前を伝える。

 レントゲンを撮り、先生の診察を受けると安静に過ごせばば3ヶ月で治るとのことで、経過観察に通院はあるものの本日退院を許可された。

 病室に戻り、ロッカーの荷物を袋にすべて入れると、病院を出る。退院を実に連絡しようと思ったが、スマホを紛失しているため連絡をとる手段がない。紛失したスマホを携帯電話会社で探してもらうべきか、直接、実の店に行って退院の報告をするべきか。迷いながらも歩は駅に向かって歩き出した。


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