本の中には別の世界があった その1
「これがA機材を使用した場合の金額になります。こちらがB機材を使用した場合の金額になります。
当社としましては、B機材を使用した場合のほうがメンテナンスも少なく、長い期間使用できるので
B機材での施工をお勧めしております」
「ネットで見たんだけど、A機材は値段が安い割には壊れる事も少ないって評価が書いてあったが?」
自分の目の前にはガラス張りのテーブルを挟んで、背広を着た偉そうに背もたれに寄りかかる男性と、作業着に身を包み、偉そうに座る男性の横で背中を丸めて座る男性二人の姿。
昨今、インターネットで検索をしてみれば、どんな商品であっても値段や評価がすぐに出てきてしまう。
その値段では出せるはずはないのに。その評価は誰がしたの?と思うことはあっても、お客にそんな話は通用はしない。今回もA機材は確かに壊れにくいのだが、メンテナンスがやたらと大変で、部品交換も頻繁に起きると現場からの苦情があがっており、自分としたらお勧めはしたくないのだが。たぶんこの工場長もそれをわかっているのだろうが、ワンマンな社長には言えないのであろう。
「あのう社長」工場長がもじもじしながら言う。
「なんだ、俺は忙しいんだ、A機材でいいな。営業さんそういうことで」
そう言うだけ言うと、そうそうに社長室へと戻っていってしまった。
「すみません」工場長が汗を拭いながら頭をさげる。
「よくあることですから」
営業に訪れていた工場を後にする。
駅に向かいながら時間を見ようとスマホを取り出してみる。時間は午後4時43分。会社に帰ると終業時間をすぎてしまうから、今日は直接帰宅だろうか。会社にいる上司に電話をかける。かけなくても普通は問題ないのだろうが、この上司。心配性でちょっと連絡を怠ると鬼のように出るまで電話をかけてくるから、こちらから先に先にをいつもこころかけてはいた。
「お疲れ様です。剣持です。はいA機材で契約ができましたので...」
電話をしながら横目に景色を見ると、道を挟んで向かいの正面に本屋さんがあるのが目に入る。
無類の本好きである彼は、本屋というだけで少年のように何もかも投げ出し、走って店に飛び込みたい衝動にかられる。そんなことはいけないと、冷静に電話対応を終わらせると
ウキウキする心を抑えエレベータへ。
複合ビルの3階にその本屋はあった。
古くなった本の匂いがする。新しい本の匂いも好きだが、古い本もまた悪くない。
特に活字の本が好きな彼は、とりあえず活字コーナーをうろうろ。最近の買い方はタイトル買い。気になったタイトルを見つけては片っ端からから手に取る。
異世界転生小説か。最近は流行っているみたいだし、読んでみるのも悪くないか。
たまたま手に取った一冊の異世界転生小説。
どんな内容なのだろうかと適当なページをパラパラと開いて見る。
挿絵があるページで手が止まり、そのページを少し読んでみる。
途中からだろうが夢中になって読み進めてしまう。読み進めようとページをめくろうとした瞬間、風も吹いていないのにページが勝手にバラバラとめくれ始める。
どこから風が吹いて来ているのかと周りを見渡すと、無数の文字が自分の周りを飛んでいる。
違う。これは自分が文字という筒の中をぐるぐると回っているのだと。
小さい遊園地の、ぐるぐると回転する遠心力で、無重力みたいなのを体験できる乗り物みたいに、胃がどこかに置いて行かれるようで、だんだんと気分が悪くなってくる。
気持ち悪い。ぐっと耐えていると景色はいつしか本屋ではなく屋外に。
赤いレンガ作りの建物が立ち並び。床には石畳。馬車が横を通り抜けてゆく。
ここは海外か?ヨーロッパの街並みにしては何かが違う。
「ようこそ異世界へ。ここははじめてですか?」
見たこともない帽子を被った、小さな男の子が話しかけてくる。
民族衣装でもきているのだろうか?服装もみたことがなく、表現が難しい。
「君の名前は?いきなりそのあいさつは失礼だと思うし、
異世界だなんて大人をからかわない方がいい」つかもうと
「そんなぁ。冷たいことを言わないで、こっちに来てあそぼ」
男の子がいきなり腕をつかもうとしてくる。
剣持は体をさっと引くと、つかまれないように後ろに下がった。
この世の中、知らない子供と話しているだけでも変質者扱いされてしまうと言うのに、なにかされたと叫ばれでもしたら、大人の立場なんて弱いものだ。
「やめてもらえるかね」そう、強い口調で言うと電気が消えたように真っ暗になり、再び明るくなったと思うと、景色は今までいた本屋の本棚の前、本を手に握ったまま立っていた。
今のは何だったのだろうか?白昼夢?いや、知らない世界に行きたいなどと言う願望を空想するような人間ではないのだが。本の読みすぎ?異世界転生小説は手に取るのすら初めてなのだが。
よくある疲れているとか言うやつとか。
手に持っていた本を元あった棚の、本と本の間にそっと置く。
ちゃんと奥まで差し込もうと本から手を離した瞬間、横から奪い取るように本を持ち去る手。
びっくりして手が出てきた左方向を見ると、深くキャップを被った人物が、本の表紙がこちらに見えるように持ち、立っている。
「これはお前の本じゃないのか?」
黒いスニーカーに黒色の体のラインがわかるような服に身を包んだその人物は、背格好から男子中学生かとも思ったが、声の感じからして、成人の女性のようである。
「お前って。ここは本屋ですので、購入していない限り本屋さんの所有物だと思いますが」
「そうじゃねえよ、お前はこの本に...本当にこの本の事、わからないのか?」
「異世界転生小説ですよね。今日初めて読みました」
「なんでこんな奴が。ッチ。もういい。いいか、今後いっさいこの本には関わるな。触れるな。わかったな」
一向にかみ合わない会話を一方的にした女性はそのまま去っていった。
もしかして、自分が白昼夢見てしまったって事を言っているのだろうか?変な顔をしている所でも見られたのかな。などと考えながら、気になっていた異世界転生小説ものを2冊手に取ると
今日はこれを読んでみるか。と、夕飯の弁当を買いながら家に帰ることとした。
☆
元々、建付け調整がなっていないのかそもそも壊れているのか
重くて開けにくい玄関を開き室内へ入る。通路兼キッチンを通り抜け、突き当りの洋間へ
本棚には30冊くらいの本が並び、部屋の中心には椅子が一脚置かれた小さなテーブル
窓際にはベッド。荷物はあまり見当たらず殺風景な感じがする。
弁当が入った袋と本をテーブルの上に置くと、スーツから部屋着に着替え、夕飯を食べながら本を読む。本を読みながらご飯を食べるなんてマナーがなってないと叱られそうである。
初めて異世界転生小説、小説ではいきなり魔法陣が表れて、知らない世界に転送される
行った異世界では信じられない力を発揮して、大活躍する物語
さっき本を開いたら、いきなり知らない世界に入り込んだのは、もしかして異世界転生していたのだろうか?だとしたらちょっと失敗したかな。
今住んでいる時代に不満はないが、ちょっと知らない世界に転生とやらは魅力を感じる
ただ、この小説を読むと現代に戻ってくるのは不可能そうだし。
あの本は異世界への入り口で、彼女はその本を回収して歩いているとか?
スマホをバックから取り出すと、覚えていた本のタイトルを検索してみる
似たような名前の本は出てくるが、そんなタイトルの本はないらしい
検索を閉じると、ニュース速報が流れてくる。新宿で通り魔事件が発生、5人が死傷。
犯人は確保された模様。
気になって記事を見に行くと、ほんの少し前に事件が発生したようで、警官に取り押さえられている犯人の写真と記事がでてくる。
記事は横並びに刃物を振り回した男が、歩いている人に次々と襲い掛かったと。
映像を投稿するサイトにはすでにたくさんの映像が上がっており
おすすめに出てきた映像をついタップしてしまった。
公園内で一人の男性にやんちゃそうな男性3人が何か怒鳴っている
「おっさん、汚い服でうろうろするんじゃねえよ」
「げろ臭いんだよ」
「酔って吐いてこんなとこうろつくんじゃないっつうの」
口が開き、中身が出てしまいそうなかばんを背負った男性は、うつむいたまま反応もしない
「聞こえねのかよ、こんなところにいたら邪魔だから消えろっつうの」
「・・・・さまなんだから」
「だから、消えろって言ってるだろ」
男が思いっきりカバンの男を突き飛ばす。カバンからは荷物が散乱し男はその場にうずくまる
「まったく。これからここに取引相手が来るのによう、居座りやがって」
煙草に火をつけ談笑し始める3人。そこへバックを背負った男が、刃物を手に襲い掛かる
首から血しぶき、包丁?それにしては刀で切ったように鋭いな。
あっという間に男たちは抵抗する間もなく切られ倒れてゆく。
「ひいいいいいい」
画像を撮っている人の声だろうか、声とともに画像が震えだす
「俺は勇者なんだ、モンスターは倒さないと」
どこを見つめているかわからないほど一点を見つめたまま、バックを背負った男性が、画像を映している人に近づいてくる。画像撮影なんてやめて逃げればいいのに
そうは言ってもあまり近くなれば逃げる撮影者。
周りにも同じような撮影者がいて、切りつけられている様子が映る
紙袋を下げ、アニメキャラの帽子に、しわだらけのチェックのシャツの一人の男性が危険を顧みず、男を取り押さえようとタックルする。もみ合う二人。
周りもあわてて加勢して取り押さえると、男はおとなしくなった。
撮影者は興奮気味に何かを喋っていたが、映像はここで終わった。
刃物を持った男にタックルできるなんて、スポーツでもやっていた人だろうか?
人は見かけで判断したらいけないと、自分だったらどうしていただろう。
食べた弁当をかたずけ、シャワーを浴び、ベットに入ってもなお、本を読み続けた。