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本の中の少女は白の夢を見る  作者: ぶちの野良猫
12/25

歩の友人

 いつも会社に行く時に起きなければいけない時間に目が覚めてしまう。二度寝しようにも眠れる様子はなく、ベッドでゴロゴロしながらスマホのメールを確認してみる。メルマガばかりかと思っていると友人からのメール。

仕事が終わってからでいいので、顔を出してくれないか?と。

友人からの呼び出しは良い話だった試しはないんだけれど、行かないわけにはいかないだろうな。

ベッドから体を起こし、インストコーヒーを手に丸テーブルの横に置かれた椅子へ座り、昨日の本の続きを読み始める。

読んでいた本が読み終わるかと言う頃に、頭の中に咲の声が聞こえてきた。

<おはよう。お休みなのにもう起きていたんだ>

おかしな夢を見ちゃってね。起きたくなかったけど目が覚めたから起きたってやつかな。咲は?

<私は遊んでもらってた。たぶん歩のお父さんだと思うんだけど、日本刀で色々斬っていたりしてたんだ。歩のお父さん、ニコニコしながらそんな物も斬れないのかって言うから、ムキになって斬ってたんだ。私、物心ついた頃には父さんがいなくて、父さんが生きていたらこんな笑顔で遊んんでくれたのかな?って>

その場面ってもしかして、親父が稽古と称して無理難題言って自分を困らせている場面では?あの親父はなぜか自分に対してだけ意地が悪かったからなぁ。

<何か言った?>

深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。って誰かが言っていたっけ。

<どうしたの?歩?一人でぶつぶつ>

いや、なんでもない。気にしないでいいよ。

<変なの。で、今日はどうするの?このまま読書でもするの?>

友達の所に行こうと思う。よく分からないが、きて欲しいと連絡が来ていたから。

<歩にもちゃんと友達いたんだ。私、一人もいないと思っていた>

なんだか傷つくな。たしかに友達はすくないが、いないわけじゃないからな。

 さっきまでコーヒーを飲んでいたカップをシンクに置くと、動きやすい服装に着替え外へ。朝食などいつもとったことはないのだが、なぜかお腹が空いている感じがして和食が食べられそうな店で朝食を食べる。味噌汁にご飯、生卵に海苔と焼き鮭。どこでもありそうな和食だったが、やたらと美味しく感じられた。直接食べていない咲もなぜかやっぱり朝食はこれだよねと喜んでいた。

 鉄道に揺られること30分。眠気と闘いながら目的の駅ホームで下車し駅を出る。秋葉原駅と書かれたそのビル1階の窓には、前面に渡って可愛い女の子のイラストが並び、それをスマホで写真におさめている人がいる。

咲が何て言うアニメのキャラクター?と聞いてきたが歩にはさっぱり分からず、なんだろうねと答えることしかできなかった。

そんなかわいいキャラクターを横目に西に向かって500メートルほど歩くと、車の往来が激しく通りへと出る。

大通りを北に向かって歩くとやっと電気街らしく見たこともない部品を売っている店や蛍光灯ばかりが並ぶ店、ゴミなのかお宝なのか素人が見ただけでは分からないようなものを売る店が、しばらく軒を連ねている。小さな店からいきなり大型店ばかりが続いたかと思うと、今度はあたり一面、見える範囲の看板や建物の壁にかわいい女の子のイラストが溢れ出してきた。秋葉原でもアニメショップが集中する一角だ。そんな一角の交差点を西に向かい大通りを横断し、

車が1台走れるくらいの道を進む。周りの風景は先ほどのキャラクターが溢れている街並みと変わらないのだが、キャラクターがやたらと胸を強調したものや、露出の多い服を着た女性の物へと変わって来る。

咲が、ここってもしかするとと言うので、詳しくは言わなかったが、歩は心の中で頷いて見せた。

何本目かの人しか通れないような道に歩が足を踏み入れると、そこはもう大人の世界だった。看板にはかわいいキャラクターが描かれているのだが、お店の名前はどう見ても風俗店。歩の友達ってこんな場所にいる人?そう思うと咲は男の人ってやっぱりそうなんだと言う。何がそうなんだ?と薄暗い場所にある複合ビルのエレベーターで3階へと上がると、到着音の合図で開いた扉の先は、たくさんのフィギュアがショーケースの中に並んだ部屋だった。

店の名前はもうもう。店は色々なポーズをした人形のような立体模型、一般的にフィギュアと呼ばれる物を専門に販売しており、量産品から名のある1点物までそのラインナップは多岐に渡っていた。

<何これ!めちゃめっちゃきれい。これフィギュアだよね?初めて見た>

興奮気味な咲の声が聞こえて来る。

入り口に見えるのはね、店の奥に進むとね

そう店の奥へ進んで行くと、フィギュアは女性ばかりになり肌の露出も増え、見るからにアダルト色が強くなる。入り口付近には見当たらなかったお客が数名ショーケースを覗いている。

<やば。何これ?>

こう言う世界もあるって事だよ。

<気持ち悪いなぁ。夜な夜な眺めて何をするんだか>

あまりおかしな想像をしないようにしておこう。

<ねえねえ歩、あれなんだろう?>

150センチくらいの高さがあるだろうか、制服に身を包んだ少女らしきフィギュアが、おかしな杖を手にこちらにウインクをしながら立っている。それはレジ横のショーケースの中にあっては、他のフィギュアとは色合いが違って見えた。価格は非売品。よほど貴重なものなのだろうか?

<これって魔法少女マジカルリリカだよね。小学生の頃よく見てたなぁ>

「魔法少女マジカルリリカ?」

<そうそうこの杖を使って悪い奴らを倒すの>

「杖を使ってかぁ」

「そう合言葉はリリカルリリンカ。変身したら象より強いってね。お前がアニメに興味持つなんてどうした?活字命だったろ?」

カウンターの中から声をかけてきたその人物は、丸メガネがよく似合う天然パーマの細身の青年。歩の友人、田中実。アニメ好きが過ぎて、フィギュアを販売する店の店長にまでなってしまったが、それだけでは食べていけないのか、裏ではネット探偵なる物を名乗っていたりする。

「そうだな。アニメのことは」

「興味を持ったなら教えてやろう、この魔法少女はな」

「その話長くなるのか?何か自分に用事があって呼び出したんじゃなかったのか?」

「まったく、アニメのこととなると途端に興味がなくなるんだから。まあ中で話そうか」

そう、実はレジカウンター横の扉を開けて入って行く。お客がいるのにレジに居なくていいのか?と聞くと。冷やかし客ばかりで購入者はほとんどいないらしい。購入するならレジ前の呼び出しボタン、押してくれるだろと。

 実に続きレジ横の部屋に入ると、薄暗い部屋の奥の方でパソコンのモニターが不気味な色を放っている。何の部屋だろうと思っていると、不意に電気がつき周りの風景がはっきりと見えてくる。人一人通れる幅を残して段ボールが天井まで積まれた部屋の奥、無理矢理作られたようなスペースに先ほどみえたパソコンのモニターはあった。

<何、汚いこの部屋>

それはこの段ボールに対してではなく、実が座っている場所に対してだった。

足元にはお菓子の食べた後の袋などが散乱し、テーブルには雑誌やらフィギュアやら、足の踏み場などどこにあるのかすらわからなかった。まあそこに座ってと言われた椅子も物置きになっており、実が慌てて物をどかしてスペースを作ってくれる。両手いっぱいになった荷物からポスターらしきものがぽとりと落ちる。歩がそれを拾い上げ、どんなポスターかと広げてみると、異世界への道しるべとのタイトルとメインキャラクターなのだろう女性のイラストが。そのイラストの女性は咲にそっくりだった。

なんだこれは?

<これって、もしかして私?何で私が描かれているの>

驚いて実を見る。興味ある?それなら話しちゃおうかなとばかりに語り始める。

「今季話題のアニメ。異世界への道しるべ!元は小説家になろうサイトに掲載していた物語だったんだだけど、自費出版を機に同人誌にカバーされることが増え、話題が話題を呼んでついにアニメ化が決定したって言う変わった作品で、たしか小説も新刊として今度販売されるなんて聞いたな」

「このポスターに出ている女性って?」

「ヒロインの野島咲だな。なんでも皆が皆勝手にヒロイン像を作って漫画を作成していたらしいけど、今回は作者のイメージを聞いて制作したらしいよ。どうよ!かわいいキャラクターだろ?このキャラクターのおかげでアニメが放映前だって言うのに、かなり話題になっているらしいぜ。小説も発売前からすごいって聞いてる。ちょっとは興味でっちゃった?」

どう言う事だろう。顔が似てるって事はありえる話だが、名前まで同じになるなんて確率的にあり得ない。

<もしかして、私の事を知っている人かなぁ?誰だろう>

「実。この本を書いた作者に会って話をすることは出来ないか?もしなら家を調べてそこに行ってもいい。なんとかならないか」

「ちょっと待ってくれ。確かにそう言う商売を裏ではやっているから、住所を探せと言われたら出来なくはないけど、まさかこのキャラクターが気に入ったから会わせろとか言わないよな?」

「!」

いくらなんでもそれはないだろうという顔をするが、実は話を続ける。

「そうだよな、気持ちはよくわかる、俺もそうだったから。あれは小学生の時だったか、好きになってしまったキャラクターがいて、その子はずっと実在すると思っていたからな」

「違うから。作者に会って話をしたいってのだから、どうしてこのキャラクターをイメージしたのか話を聞きたいだけだから」

「それはたまたまだろ。お前は昔から深く考えすぎることがあるからな」

「もし、その女の子が実在するとしたら?」

「実在するって、モデルがどこかにいるってことか?」

歩はここにいると頭を指さして見せる。ついに歩が壊れたと実が頭を抱えるようにして叫ぶが、歩はかまうことなく話を続ける。信じてもらえないだろうがと前置きしつつ、古本屋で本を開いたら本に吸い込まれた話からの今までの出来事を淡々と語って聞かせた。

 しばらく実は話の内容を整理できないようでいたが、突然歩に背を向けてパソコンに向かうと何かを入力し始める。

モニターが白や青の光を放って輝き始めると、文字や画像が川のように流れてきた。その光は水面に映る光のようにキラキラと輝いて見えた。

「お前の事だから、嘘を言うとは思えないけど、一応調べて見たら確かに古本屋で騒ぎがあったらしいな。アパートでの暴漢騒ぎも。ただ、赤い本、青い本の記述は何も出てこなかった。これはどう言う事だ?」

<わたしが本に願いを叶えてもらった時は出てきたよ>

「都市伝説にもなっていない話なのか?おい歩!その本はどこに行けば手に入る?俺にもそんな頭の中に嫁を飼いたい」

「嫁じゃない」<嫁じゃないし!>

二人して声を大にして言うが、もちろん実には歩の声しか聞こえてはいない。冗談だよと実はいうが歩はちょっと不機嫌そうになっている。自分の思っている事はみな筒抜けになってしまうし、静かにして欲しい場面でもずっと喋っているし、たまには一人にして欲しいと。良く言うよと咲が言い返す。こちらが話しかけても聞いてる雰囲気だしているし、聞いても何でもいいよってばかり言うし、いっつも本ばかり読んでいてるし。思い当たることばかりで言い返すこともできない。急にテンションが下がってしまった歩は椅子に座り込んで下を向いた。

「おいおい急にどうした?」

「ちょっとね、色々言われてしまってね」

「お前も大変だなぁ。わかった。そっちはなんとかしてみるよ」

実の、会ってどうするつもりだ?との真面目な質問に、咲を現実世界に戻す手掛かりを掴めないかなと。それを聞いた咲は、邪魔だから追い出したいって事!と。そうではないと弁解するのが大変だった。

<まだ出て行きませんからね>

しばらくはお付き合いしないといけないみたいである。

「そう言えばお願いってまだ聞いていなかったが」

「明日の話になるんだけど、限定フィギュアの抽選販売があるんだよね。その抽選に参加して欲しいんだ。詳しいアドレスは明日送るからさ、頼むよ」

またかと思いつつ、実ならたくさんの端末があるからどれか当たるだろ?と聞けば、いくら端末を持っていても当たらない人には当たらないらしい。その点、歩はいつもは外れたことがないと。毎回付き合わされるのも困ったものだ。

「転売目的じゃないんだよな?昨日も異世界への道しるべだったか、単行本を転売すれば儲かるからと勧められたが」

「嘘だろ?まだ出版社からは発売されていないはずだから、それはもしかして自費出版のじゃ!何で買わないかなぁ、売れば10万にはなるだろうに」

本は読むもの。転売目的なら抽選には応募しないからと釘を刺し、作者に会える方法を考えてもらうように頼むと、実の店を後にした。店を出た途端、スマホが音楽を奏で誰かから電話かかってきたと騒ぎ出す。咲が楽しそうにその音楽に合わせて歌を歌っている。しばらくは音楽を流していようかと思ったが、電話に出ないのも相手に悪いからと電話に出る。その電話の相手は、昨日どうしても見つけることができなかった本を頼んだ人からだった。もう全巻手に入ったからいつでもいいから取りにおいでと。咲はその話を聞いた途端、読みたいから取りに行こうと、すぐに行こうと。はいはいと返事を歩はすると、その人物のいる場所に向かって歩き出す。


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