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本の中の少女は白の夢を見る  作者: ぶちの野良猫
10/25

なにもない休日

 目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の中。ただいつもと違うのは、昨日の暴漢に襲われ、足の踏み場がないほどに散乱した本や棚の破片。

現実に戻ったんだよね。でも、頭の中で話しかけてくる咲の声はしてこないし。今までの事はすべて夢だった。これが現実?でも部屋は荒れているし、暴漢に襲われたのは現実で・・・

何が何だかわからなくなった。無性にシャワーを浴びたい衝動に駆られる。

とりあえずシャワーでも浴びてさっぱりしてから考えよう。

寝ぐせのひどい頭を掻くと、シャワーを浴びる。さっぱりしたためか、頭も体もシャッキとしてきた。

部屋でもかたずけをするか。

本をまとめ、棚の破片を拾い集め、掃除機をかけて、戻せる本は元の位置に戻したりする。

きれいになったのは作業を始めてから3時間ほどたったころだった。

<めちゃめちゃきれいになっているじゃん>

頭の中で女性の声が聞こえてくる。咲の声だ。やっぱり昨日までの出来事は夢じゃなかったんだ。

そうわかったと同時に、なぜかほっとしている自分がいた。

7時くらいからやっているから、今が10時って事は3時間くらいやってやっとって感じかな。

<へー!めちゃめちゃ頑張ていたんだ>

こんな場所でずっと生活するわけにもいかないしね。咲は今まで何を?

<うん。なんか夢をみてた。私ね、小さい頃に父を亡くしていて、父と遊んだ記憶がないはずなんだけど、父と遊んでいる夢を見ていたの。楽しかったな>

咲も夜は寝ているんだ。それにしては朝が遅い気が

<朝は弱いの!で、これからどうするの?まさか家にずっといるわけじゃないよね?>

そっか、もうこんな時間だしね、ご飯食べながら昨日読みたいって話していた本でも探しに行こうかと。

<昨日、調べたけどないって。でも探すの?>

あきらめが悪くてね、納得いくまで探さないとなんか気が済まない性格でね。

咲と会話しながら着替えを済ませた歩は、背負いカバンを手にやたらときれいになった扉から廊下へ。エレベーターで1階へ降りると大通りを横目に駅に向かって歩く。途中、大手コーヒーチェーン店に寄りコーヒーとパンを購入すると、窓際のカウンター席に座り、道を歩く人を眺めながら遅い朝食をとる。

<歩の朝食っていつもこんな感じなの?>

特に気にして朝食を取った事はないが、言われて見たらいつもこんな感じの朝食だった気がする。

うん。いつもこんな感じだね。

<そうなんだ。おいしい?>

おいしいかな?いつも食べているんだし。

<私はたまに食べるならだな。毎日は無理かも>

咲はどんな朝ごはんを食べていたの

<家はそんなに裕福じゃなかったからだけど、ご飯とお味噌汁、目玉焼き。漬物かな>

和食が多かったのかな?

<お母さんはすごい料理上手だったから、どんな料理も作ってくれたよ。私もよく一緒に作ったんだ>

そっか。

仲が良かった親子だったのだろうな。でも今は・・・

それ以上歩は話す言葉が見つからず。無言でパンを食べると、足早に駅を目指す。

とりあえず古本を探すなら神保町だな。最寄りの駅から15分ほど電車に乗り神保町駅で下車する。

書店街と言われるだけあって、駅を降りたとたんそこには無数の本屋が立ち並んでいた。

<すごい、本屋ばかりだ>

専門書を扱う店ばかりだけどね、探したい本の分野が分かっていればこれほどすごい町はないかな。

なれた様子で町を歩くと、ファンタジー小説に強い本屋を端から入ってみる。

探している本も見つつ、気になる本はないか見て歩く。自分より咲の方が本には飢えていたようで、これが最後の店だという頃には、咲の読みたいという本が背負いカバンにいっぱいになっていた。

<やっぱりないね>

寂しそうに咲かつぶやいた。

何度も店内の棚の本を丁寧に見返すが、シリーズの途中の本すら見つけることができなかった。

店内を何度も行き来しているうちに、店主が声をかけてきた。

「良い本は見つかりましたか?」

「いや、特には」

「それならいい本があるんですよ、これ」

そう、レジの脇の戸棚から1冊の本を取り出すと、見せびらかすように歩に掲げた。

単行本サイズの本。異世界への道しるべ。表紙にはそうかかれている。

「今話題の本。異世界への道しるべ。それの自費出版盤。正式出版の予定はあるが作者の都合で内容が変更になるため、二度と手に入らない今やマニア垂涎のこの本が、なんと9800円。市場に出せば2万とも3万とも。どうだい兄さんも購入して転売してみないかい」

「本は読むものですから」

歩は頭を下げると店を後にした。

<歩。本を転売するって?なにそれ?>

転売ね、買った物をさらに高値で売ることで、それを商売にしてる迷惑な人たちがいてね、あの店主も転売屋だろうな。困ったものだね、それで本を読めない人出てきてしまうのはね。

<転売に買われていなくても、探していた本はないけどね>

だよね。しかたがない。あまり頼りたくなかったのだけど。

そう歩はスマホをポケットから取り出すと、どこかに電話をかけはじめる。数回の呼び出し音の後、男性の声でもしもしと聞こえてくる。

「剣持です。母の葬儀の際はおせわになりました」

「あゆむか。久しぶりだなぁ。あの時以来だからもう2年くらいにになるか」

「はい。もう2年も過ぎてしまったのかという感じしかしないです。今日電話したのは探して欲しい本がありまして、吸血鬼ハンターという本が 全13巻で出ているのですが、本屋を探しても見つからなくて、もしあればと思って電話したのですが」

「あゆむにしては珍しい本を探しているじゃないか。わかった。店にはないが探して連絡するから」

「お手数をおかけします。はい。よろしくお願いいたします」

電話はそこで切れ。歩はスマホをポケットに再び入れた。

<歩の知り合い?>

親父の古くからの友人。親父が失踪したころから母や俺に何かと目をかけてくれた人でね、本人は都内で小さな書店をやってる。本にはやたら詳しくて、インターネットで調べても探せないような本もどこからか見つけてくれるから、どうしても欲しい本は頼んだりしているって感じかな。

<最初からその人に聞けば良かったんじゃないの?>

あまり頼りたくないんだよね。あの人には。そりゃ何かとお世話にはなったんだけどね。もう夕方だし帰ろうか。

<夕飯はどうするの?>

いつもコンビニかスーパーのお弁当ですませているけど?

<ずっと言い出せないでいたんだけど、味覚も歩と共用してるみたいで、せっかくご飯を食べるならおいしい物をたべたいなって。外食のおいしい食事をしたいってわけじゃないの、手造りした温かい食事を食べたいなって>

手造りねぇ。自分料理はほとんどしないからできるかどうか。

<私がちゃんと教えるから、ダメかな>

そう言われると断る理由も見つからない。家にはまったく調理器具がないというわけでもないので、とりあえず付き合ってみることにした。

わかった。スーパーに行けばいいのかな?

<うん。スーパーでいいよ>

スマホを取り出し検索をしてみる。ここから200メートルほど先に一番近いスーパーがあるようだ。

歩いて5分程度だな。スマホをポケットに戻し、スーパーを目指して歩く。

<いつも思うけどずいぶんと便利だよね。地図まで見られて場所まで探せて。私の時は紙の地図で、いっつも回転して見ていたな>

もしかして咲って方向音痴とか?

<なんでわかるの?>

なんとなくね。母も良く地図を回していたからね。

目的のスーパーはすぐに見つかった。小さな店ながら品ぞろえは豊富で、入り口にある総菜を見ただけで咲がはしゃいでしまい、そんなに食べられないというのに購入しろと騒ぎ、なだめるのに苦労をした。結局、総菜のサラダとデザート。合いびき肉、玉ねぎ、パン粉、牛乳、冷凍ポテト、お米5キロを購入。食品が品質が悪くならないようにと、急いでアパートに帰宅した。


 <調理器具ってどんなのがあるの?>

台所の前、帰宅早々に咲が調理器具が見たいという。

母がいたころは良くご飯を作ってくれていたため、一通りはそろっていると思うが。

シンクの下の戸棚、コンロ上の戸袋や引き出しを開けて見せてあげる。包丁まな板、大小の鍋に大き目なフライパン。ステンレスボールにざるやお玉、フライ返しやスライサー付きおろし金。一人暮らしの男性の家にしてはかなり揃っている方だとは思う。

<すごいね、とりあえずなんでも揃ってる感じだね。そしたらまずご飯を炊こう。それくらいはわかるよね?>

お米を専用の軽量カップで1合取り出し炊飯器の釜でお米を洗うと、規定量の水を入れ炊飯器のスイッチを入れる。

<そしたら玉ねぎをみじん切りにして・・・>

玉ねぎをまずは薄切りにするんだったか?と切る方向を怒られ、薄切りになっていないと怒られ、細かくしようと切れば切り方が均一でないと言われる。怒られて悔しいのか、玉ねぎのせいか既に涙目だ。

<次はその玉ねぎを炒める>

フライパンを熱して玉ねぎを炒める。また目が痛くなり涙目になる。しかし手を止めようものなら焦げると叱られる。

<平皿に移して冷ましてる間に、ひき肉を練る。練りながら牛乳を入れて、パン粉も入れて、塩コショウを入れたらまた混ぜて、冷めた玉ねぎも入れて練る>

ひき肉が粘ってきたし、すこし肉の色も変わってきた感じがする。

<それを3等分して、空気を抜きながら小判型にしたら、中央部を軽く押さえて焼く>

おう、焼くのね。

玉ねぎを炒めたフライパンを軽くふき取ると、油を軽く引いて温まったらまとめたお肉を焼く。焼き方もぼんやりしているとすぐに激がとぶ。

<ハンバーグ、できた。そしたら出てきたフライパンの油で冷凍のポテトを揚げて、それもハンバーグの横に乗せて完成。ご飯もよそったら夕飯にしよ>

テーブルに湯気のでる食事が並んでいる。いつ以来だろうかこんな食事は。

「いただきます」

<いただきまーす>

高い材料や、すごく手の込んだ料理でもない、家庭のハンバーグなのだが、どんな高級店よりもおいしく感じられた。

<おいしいでしょ。やっぱりこの味だよね>

味までも共有しているというだけあって、この味には満足だったのか声が弾んでいるように思えた。

結局、作ったハンバーグと買って来た総菜もデザートまで食べてしまった。残りのハンバーグを冷蔵庫に片付け、食器を洗い台所を綺麗に整頓する。シャワーを浴び、寝る用の服に着替えると、残っていた牛乳に砂糖を少し入れて温め、それをお供に今日買って来た本を手に取ると、ベッドに腰掛け読み始める。

<いつも寝る前はこんな感じに飲み物を飲むの?>

今回だけだよ、自分だけならね。

<そんなの気を使わなくていいのに>

本を読み始めると、横に咲がいて、1冊の絵本を一緒に読んでいるように思えた。

妹と一緒に読んでいるみたいだ。

<姉さんんとの間違いでしょ!閉じ込められていた期間を足せば、歩より年上なんだからね>

そこはこだわるところなのだろうか?そう歩は思った。

そろそろ寝ようか、時間も遅いし。続きは明日で。

<うん。お休み>

本にしおりを挟み、本を閉じると、電気を消して歩は眠りについた。

また、おかしな夢を見ないといいが。

もうおかしな夢の世界にはいきたくないと歩は思った。

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