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トワイライト  作者: 小町翔平
3/9

第二章   久澄 マルコ

おはようございます。

お目にとめていただけただけでうれしいです。

最後まで読んでいただけたらもっとうれしいです。

それでは、どうぞ。

            第二章   久澄 マルコ




 鼻歌で歌うのは大好きな北島大三郎、ザブちゃん。いいネ。大好きヨ。車を走らせて、孝雄さんの家に一直線だヨ。

 昨日、電話、あったヨ。

 お孫さんが彼氏なんて連れて会いに来るから、ワタシのところでご飯食べさせたいんだけど、って。

 二つ返事でオッケーヨ。当たり前だヨ。

 田んぼが見える坂道を上っていって、道なりに緩やかにカーブして、いつもの道ヨ。

 ワタシは浮かれてたヨ。

 気持ちが嬉しいじゃなイ。

 孫にワタシの店でご飯食べさせたいって思ってもらえるノ。

 ハンドルを握りながら、孝雄さんのお孫さんは、どんな人かなって考えて、女の子に決まってるって、思い出したヨ。

 一回会ってるから。

 ワタシ、ドジ。

 でも孝雄さんのお孫さんなら絶対いい子ヨ。

 会わなくたって分かるヨ。

 さあ着いた、着いた。

 バックで入るヨ。


「はじめまして。かりんと言います。おじいちゃんがお世話になってます」


 玄関から三人出てきて、とっても可愛い女の子になってたヨ。

 でもデレデレしてる暇なんてなかったヨ。


「いやいや、お世話になってるの、ワタシのほうヨ。孝雄さんはワタシの命の恩人ヨ。これ、大げさじゃないヨ」


 ワタシ、慌てて否定したヨ。

 ワタシ、孝雄さんにいっぱいいっぱい優しくしてもらってて、お世話なんて、そんなこと認めたらワタシすごく失礼な恩知らずになっちゃうヨ。


「かりん、マルコさんとは、一回会ってるよ」

「え、そうなの?」

「うん。おばあちゃんのお葬式のとき、マルコさんと会ってるんだよ」

「小さかったから、忘れてても仕方ないヨ。さ、立ち話もなんだから、車に乗って」


 ワタシはもちろん運転席に、孝雄さんが助手席に座って、セカンドシートにかりんさんとかりんさんの彼氏が座ったノ。

 十人乗りのワゴンだからまだゆったりヨ。

 シートベルトを締めて、いざ、走りだそうってときに、孝雄さんが言ったヨ。


「ああ、ちゃんと紹介してないね。こういうのはきちんとしないとね。こちら、マルコさん。おじいちゃんの友達。マルコさん、女の子がおらの孫、かりん。そして隣がかりんの彼氏、大翔君。ふたりとも大学三年生。マルコさんとこのご飯、美味しいんだよ」


 美味しいって言われたこともうれしかったけど、友達って紹介してもらえたことのほうがもっとうれしくて、泣きそうになったヨ。

 

それをごまかすため、だけじゃないけど、なんかもううれしくなっちゃって、気がついたら、

「ワタシと孝雄さんはもう三十年の付き合いになるんだヨ」

 と話しだしていたんだヨ。


 三十年ですか。

 運転中だから振り返って顔を見ることはできなかったけど、声で驚いてるって分かったヨ。

 うん、三十年、かりんさんが生まれるずっと前からの付き合いヨ、孝雄さんの家で一緒に住んでたこともあるのヨ、それが二十年くらい前になるカナ、十年くらい一緒に住んだんだヨ、楽しかったヨ。

 古い付き合いなんですね。

 かりんさんの相槌が心地よくて、ワタシ、エンジンかかったヨ。


「かりんさん、ワタシ、何人に見えますカ? どこの国の人に見えますカ?」

「え? ううんと、どこだろう」

「ヒント。アジアの下のほう」

「……タイ?」

「当たり。ワタシ、元はタイの人。タイで小さいレストランやってる家に生まれたヨ。だからお父さんとお母さんの手伝いして、料理やったり、皿なんて百万枚は洗ったヨ。子どもの頃からずっと。それが当たり前。貧乏だったけど、学校にも行けたし、お父さんもお母さんも大好きだったし、料理作って食べてもらえて、美味しい、って言ってもらえるのがうれしくて、貧乏で毎日大変だったけど、楽しかったヨ」


 ちょっと大げさに言っちゃったヨ。

 日本人の平均と比べたらたしかに貧乏だけど、そんなに貧乏でもなかったヨ。


「お父さん、料理上手。お母さん、料理上手。うちのレストランはタイ料理だけじゃなくて、日本の料理も作るようになったヨ。お客さん、いっぱい。お金、儲かる。でも、お父さんがこう言ったノ。マルコ、お父さん、日本料理作ってるけど、これ、本物の日本料理じゃないヨ、日本のお米、日本の野菜、もっと美味しい、タイ米じゃ、日本の本場の味、再現できない、そういう意味で、これ、日本料理とは言えない、いつかお金貯めて日本行って、美味しい日本の料理、和食って言うんだよ、食べに行こうネ。

 そのときワタシ何歳だったかなあ。日本人って働き者で頭よくてお金持ちなだけじゃないんだって、一目どころか十目くらい置いたヨ。ワタシ、一目置くって言葉、知ってるヨ。日本に来て三十年も経つんだからネ」


 可愛らしいのと軽やかな若々しい笑い声が、短かったけれど聞こえてきて、ワタシ、もっとスピードアップ。

 これ、話の話ネ。


「小学校行って、中学校行って、高校生になって、その間ずっと働いたヨ。お父さんとお母さんはワタシにいっぱい勉強していい大学行ってほしいって思ってたみたいだけど、ワタシは家のお店、継ぐつもりだったから、お父さんとお母さんにちょっと、申し訳なかったヨ。もちろん、勉強もしたヨ。手抜きなんてしないで勉強して、学年で十二番目になったこともあるのヨ。

 洗ったお皿は一千万枚を超えたヨ。大学に行くか、後を継ぐか、ワタシ悩んだヨ、高校生の三年間は特に、ネ。進路を決めるタイムリミットが一日一日迫ってきて、ワタシ、禿げるくらい悩んだヨ。これ、カツラ。嘘ヨ」


 様子を窺ったら、さっきよりももっとウケた。

 ワタシ、手ごたえを感じて、続けたヨ。


「でも、高校生になっても、まだ日本に行けるほど、お金貯まらなかったヨ。いや、お金は貯まってたのかもしれないけど、大学の学費とか考えて、もっと貯めてからって、ワタシのお父さんとお母さん、考えてたのかもしれないネ。ワタシにお金の心配をさせない人だったから。お父さんもお母さんも。

 学校に進路の希望を書けって言われて、ワタシ、書けなかったよ。お父さんとお母さんの気持ち、分かる。でも、自分の気持ちと、違う。

 ワタシ、店の手伝いして、家に帰ってから、お父さんとお母さんに言ったヨ。言うのいっぱいの勇気、必要だったヨ。こう言ったヨ。お父さん、お母さん、ワタシ、大学行かない、店の手伝いして、一流のコックさんになりたいって。二人ともがっかりするって思った。自分のお父さんとお母さんがっかりさせるの、悪いこと。ワタシ、ドキドキした。

 でもお父さんが言ったヨ、マルコがそう言うなら、大学に行かなくてもいい、でも、一流のコックになるのも、大変な道だぞ、途中で挫折してもだれかを責めたりなんてできない、自分で責任をとらなきゃいけない厳しい道だぞ、それが働くってことなんだぞ、って。お父さんのあんなに真剣な目を見たのはたぶん初めてだったヨ。そしたらお母さんが、でもどうしても辛くなったなら、いつでもお父さんとお母さんを頼りにしていいんだからね、って言ってくれて、ワタシ、わんわん泣いたヨ。本当は大学に行ってほしかったはずなのに、ワタシの夢、応援してくれたんだヨ。ありがとうって、ありがとうって言ったヨ」


マルコさんのご両親、優しい人ですね、かりんさんが言ってくれたヨ。

ワタシ、心の底から同意したヨ。


「それでワタシが高校を卒業するとき、家族三人で憧れの日本旅行ヨ。初めての飛行機。緊張でお腹ゴロゴロヨ。今はタイでも海外旅行なんて、そんなには珍しくなくなったけれど、あの頃は贅沢だったヨ。ワタシの友達に、日本にはまだサムライがいるんだって、失礼なことしたら刀で斬られるぞって嘘つかれて、でもワタシ鵜呑みにしたヨ。日本は不思議の国だったからネ。

 東京、花の都。本物のサムライはいなかったけど、初めて食べたお寿司は美味しかったヨ。外国人に定番の観光名所、いっぱい見て回った。舞妓さんの日本舞踊、そのときは日本舞踊なんて言葉知らなかったけど、きれいな踊りだったヨ。天ぷらも食べた。豚汁も、お父さん作ったのとは全然違うネ、全然ヨ。でも一番驚いたのは、なんだと思う? かりんさん」

「何だろう? 東京タワーの高さとか?」

「違う、違う。お米。日本のお米、世界一。これお世辞じゃないヨ。感動した。なんでタイ米とこんなに違うのって。甘くて、粒立ってて真っ白で。タイに帰ってからも、ご飯食べるたびに、日本のお米の味思い出して、日本のお米で料理作りたいって、それワタシの夢になったヨ」

「それで日本に来たんですか?」

「うん。でもそのときワタシ奥さんいて子ども二人いて、そのときばかりはワタシのお父さんとお母さん、いい顔しなかったヨ。奥さんも子ども二人もいて、日本行きたいって、心配になるの当たり前。ワタシ、一念発起ヨ。タイの日本語学校二年通って、お金も貯めて、一年経って、やっと認めてくれた。奥さんと子ども二人は職が決まるまでタイに離れ離れ。家族のためにも頑張んなきゃいけないって思ったヨ。

 それで、お米って言ったら新潟でしょ。東京は物価が高すぎるけど、新潟ならって思ったし、新潟行ってホテル泊まって、でももちろんいきなり自分のお店はオープンできるわけないからって、履歴書書いて、新潟の町中歩き回ったヨ。どうなったと思う? かりんさん」

「その言い方だと、駄目だったんですか?」

かりんさんは勘のいい人。その通り。

「そう。どこのお店でも、今、バイトはいらないからって。ワタシ、タイから来た、日本語大丈夫、一生懸命働く。どこも駄目。門前払い。タイでレストランやってたって言ったら、じゃあタイに帰りなって、冷たかったヨ。悲しかったけど、ワタシ馬鹿だったんだなあって、こりゃもう駄目だって、お金なくなる前にタイに帰ろうかって、でも最後にもうひと踏ん張りって、新潟が駄目なら福島にって電車に乗ったヨ。

 ワタシ、疲れてた。とてもとても疲れてた。だから、公園でコンビニ弁当食べてたら、お金入った大切な鞄、公園に忘れて駅まで歩いてきちゃったノ。馬鹿でショ? 

 でもそれでよかったノ。ワタシ慌てて交番行った。事情話した。警察官さん、にっこり笑った。その鞄ってこの鞄って、さっきすれ違った人が届けてくれたんだよって。ワタシ慌てて外に飛び出して、大声ですみませーんって。もう分かるでしょ。その人が、孝雄さん。交番に戻ってお礼言って、警察官さんが、でもなんで大金持って福島にって訊くから事情話したら、孝雄さん、じゃあうちに来なっせって。孝雄さんは優しい。本当に本当に優しい。命の恩人」


 おじいちゃん、かっこいい。かりんさんに言われて、孝雄さん、耳真っ赤ヨ。


「それがきっかけ。ワタシの家族も呼んできなって、いいヨって。もちろんワタシ、それはさすがにできないって断ったヨ。でも孝雄さん、家族が離れ離れなのは可哀そうだ、うちは農家だから、マルコさんの仕事が見つかるまで、農業を手伝ってもらうっていう条件では、どうかな? って。日本人は真面目で優しいって、ワタシ新潟でそんなの嘘だって思ったけど、いるところにはいるんだって、感動したヨ。

 孝雄さんのお米で料理作れる、その上、日本のお米を作る技術、身に着く。これ、一石二鳥ネ。日本でやっていけそうだって、お父さんとお母さんにやっと報告できる。奥さんと子どもにも寂しい思いさせないで済む。こんなうれしいことないヨ。それが三十年前」


 そんなことあったんだ。感慨深げにかりんさんは言ったヨ。

この様子だと、孝雄さんは話してないんだネ。

ワタシはあのときのことを、今でもありありと思い出せるヨ。

だって本当に、後光が差して見えたんだから。大げさじゃないヨ。


「それからワタシは孝雄さんちに家族ともどもお世話になって、午前は農業、午後から夜はアルバイト。働き口も孝雄さんが見つけてきてくれたんだヨ。ワタシがあんなに頑張っても駄目だったのに、孝雄さんの知り合いの知り合いが雇ってくれるって。ありがたいことだヨ、本当に。

 でもワタシがタイで作ってた日本料理、まったく通用しなかったのヨ。味付けから何から、一から勉強し直し。うれしかったヨ、それ、いいこと。ワタシ、一流のコックさんになりたかったんだから。ワタシの奥さんは奥さんで、小百合さんから料理から何から教わって、小百合さんは孝雄さんの奥さんネ、ワタシと奥さんの競争ヨ、どっちが先に上手な和食、覚えるか。小百合さんも教え上手だったからネ」

「昨日、お墓参り行ったとき、お墓、きれいだったでしょ。あれ、マルコさんの家族がやってくれてるんだよ」

「そうなんですか」

「お世話になったせめてもの恩返しヨ。でもまだまだ返し足りないネ」


 信号のない道で横断しようとしているおばあさんに道を譲って、また車を走らせたヨ。

おばあさん、ありがとうって、頭下げて行ってくれたヨ。

うれしいネ。


「ワタシだけじゃなくて、奥さんも子どももお世話になりっぱなし。十年っていう長い長い時間があっという間に過ぎたよ。あ、孝雄さん、私と奥さんのバイトで稼いだお金から生活費、出すって言っても、いらない、受け取れない、の一点張り。ワタシ、困った。奥さんずるい。子ども連れて部屋借りるしかないネ、言った。子ども、ワタシの子ども、孝雄さんと小百合さん、大好き。よくなついてたから、小百合さんが孝雄さんに、受け取りましょうって言って、孝雄さん、折れた。

 二人には子どもの面倒も、ワタシの面倒も本当によく見てもらった。十年経って、つまりは二十年前になって、孝雄さんとワタシ、農業半分こ。共同経営になったヨ」

「二十年前って言ったらおらは六十歳だったからなあ。でも失敗したって思ったんだよ。今から見たら、六十歳なんてヤングマンだよ。若者だよ、本当に」


 マルコさんが働いてたお店で、マルコさんが副料理長になったのもその頃だよね。

孝雄さんに相槌を打って、またワタシ、話の続きを話したヨ。


「お店の、アルバイトから正社員になってまた出世して、奥さんと話したヨ。孝雄さんにこれ以上甘えるノ、よくないって。だって孝雄さん、家の手伝い、農業の手伝いの分のお給料だって、ワタシにお金くれてたんだヨ、ずっと。だからそのお金には手をつけないでおいて、いつか自分のお店だすときの資金にしようって、ずっと貯金したヨ。それがワタシたちの夢だったからネ」


 じゃあ、夢が叶ったってことですね? かりんさんが訊くから、うなずいたよ。


「でも、すぐには無理だったヨ。ワタシがお店出すのは、それからまた十年後。だってワタシ、そのときには、実質、料理長になっちゃってたノ。ワタシ辞めたら、お店潰れちゃうって言われて、それじゃあ辞められないヨ。店長にもいっぱいお世話になってるから。

 だからって嫌々じゃなかったヨ。子どもの学費、大変。お金、いくらあってもいい。それよりもなによりもワタシ、タイにいた頃から料理作るの楽しかった。孝雄さんの田んぼで採れたお米に野菜、優先的に仕入れさせてもらって、お客さん、みんなニコニコ。みんな笑顔。そのうちにワタシの子ども、どんどん大人になって、上の子が孝雄さんの田んぼの手伝い上手になったのも、本格的に料理の勉強したいって言いだしたのも、その頃」


 マルコさんのお子さんも料理の道を目指したんですか。

かりんさんは、そういうのって素敵ですね、って笑ってくれたんだヨ。


「そしてとうとう夢だった自分のお店が持てたノ。それが十年前。うれしかったヨ。ワタシのお店、十年経っても潰れてないヨ」

「美味しいって評判なんだよ」


 そう言われるとお腹減っちゃう。

信号待ちで振り向いてかりんさんに、もうすぐ着くよって目を合わせたら、微笑んでたヨ。

隣の彼氏も笑顔だったヨ。


「日本に来て三十年。かりんさん、ヒロトさん、ワタシ、何人に見える?」

「え、タイ人じゃないんですか?」

「うん、違うの。ワタシ、日本人。帰化したの。久澄マルコ。ワタシの名字、孝雄さんに考えてもらったヨ。大恩人だからネ。大好きな久澄村からとってもらったノ。いい名字でしょ」

「はい、いい名字です。そんなに日本、気に入ってくださったんですか。テレビで日本好きの外国人の番組ってときどき見ますけど、実際に会えると、けっこううれしいですね」


 ワタシ、一拍置いてから続きを始めたヨ。


「ワタシがお店開く頃に、孝雄さん、農業やめた。だからワタシ、田んぼと畑借りて、奥さんと子どもでお米と野菜作るの、跡を引き継ぐことにしたノ」

「おらは年金と土地のレンタル代で、悠々自適の生活だあ」

「だから今は、田んぼの仕事は、ワタシ、マルコの子どもたちが主になってやってるヨ。ワタシは料理の仕事は夜がメイン。ディナータイムをメインに仕事してるヨ。心配した? 大丈夫。ワタシいなくても、家族がいるから。お店のお米と野菜は、自家製だヨ。朝、畑で採れた新鮮な野菜でご飯作るノ。美味しくないわけないヨ。孝雄さん印のお米と野菜だヨ」


 肉類は? ヒロトさんが言ったよ。


「フフフ、そう来ると思ったよ。お肉は孝雄さんの知り合いを紹介してもらったノ。久澄村は畜産業もやってるヨ。牛、豚、鳥、どれも美味しいヨ。もしも孝雄さんに出会えなかったら、そう思うと身の毛もよだつってやつヨ」


 ヒロトさんが、そんな言葉も知ってるんだって吹き出したヨ。

 そんな話をしているうちに到着ヨ。ワタシのお店、『キッチンマルコ』に。


「さあさあ、みんな待ってるヨ。急ぐ急ぐ」


 自動ドアの向こうにはワタシの家族、みんなじゃないけど、いるのヨ。

かりんさん絶対びっくりすると思ったヨ。思った通りになって、ワタシ上機嫌。


「かりんさん、ワタシの家族、ちゃんと紹介したい。でもこんなにお客さん、うれしい悲鳴ヨ。後で時間作って必ずちゃんと紹介するヨ。さあさあ、こっち、特等席」


 ワタシのお店の奥の座敷に通すためにワタシ案内するときに、厨房から奥さんが顔を出してワタシに言ったヨ。


「お父さん、あんたまさか車の中でもそんなに喋ったんじゃないノ?」

「うん。喋ったヨ。いけない?」

 そしたら奥さん、ため息ついて

「お父さん、孝雄さんはお孫さんと久しぶりに会ったのヨ。今度いつ会えるか分からないんだヨ。孝雄さんがお孫さんと話す時間、一緒にいる時間、とっても貴重ヨ。それをお父さんがベラベラ喋って無駄にしてどうするノ。喋らせてあげなさいヨ」

 うんざり顔ヨ。ワタシ、言われるまで気がつかなかったヨ。

「ごめんネ。ごめんネ、孝雄さん」

「いいよお、マルコさん。気にしないで。ほら、マリーさんがこれ以上怒る前に厨房に戻って」


 そう、ワタシ六十歳。

 さっきの孝雄さんの真似じゃないけど、六十歳はヤングマンヨ。

 ワタシまだまだ子どもたちに料理長の座、渡すつもりないヨ。

……楽させてはもらってるんだけどネ。

 コックコートにコックブランシュ。

 これで気持ちが引き締まるノ。

 さっきのマルコとは別人……とは言い過ぎだけど、昔、奥さんが、料理してるときマルコ、ほれぼれするわって、うっとりしてたヨ。

 料理作るとき、ワタシ、真剣。

 娘がオーダーとってきて厨房に告げる。

 今回はワタシと奥さんが腕を振るうノ。

 孝雄さん、ワタシの料理を美味しいって言ってくれた。

 真心を込めて作れば、料理ってより美味しくなるノ。これ、お父さんとお母さんから教わったこと。今でも心の真ん中にあるヨ。

 出来上がった料理を息子が運んで、次のオーダーがあることに感謝する。

 料理作る。

 ランチタイムが忙しいの、うれしいこと。

 でもワタシ、ちょっと隙を見て孝雄さんのところに行ったヨ。

 ほかのお客さんには聞かれたらまずいことを言いにネ。


「かりんさん、ヒロトさん、どうだった? 美味しかった?」

「はい。とっても。このハンバーグの肉汁、すごいですね。こんな美味しいの、東京でも行列ができますよ」

「いや、ほんとその通りですよ、マルコさん。美味しいです」


 かりんさんとヒロトさんに褒められて、ワタシマルコ、六十歳、東京進出の夢も思い浮かんだんだヨ。


「ありがとうございます。美味しい、それ最高の誉め言葉。よろこんでもらえてよかったヨ。それでネ、孝雄さん」

「何だい、マルコさん」

「今日のご飯、お金いらない」

「ええ、駄目だあ、マルコさん。それは駄目だよ。ちゃんとお金払うよ。客として来たんだから」

「いやいやいや、いいの、孝雄さん。これワタシの気持ち。ワタシ孝雄さんにいっぱいいっぱいお世話になってる。これちょっとした恩返し。まだまだ返し足りないけど、孝雄さんのお孫さんと彼氏にワタシのご飯、ただでご馳走する。恩返し。大丈夫。孝雄さん、ワタシにカッコつけさせてヨ」

「いや、でも」

「いいノ、いいノ。孝雄さん」

「いいのかい? 悪いねえ」

「なあんにも悪いことないヨオ。気持ち、気持ち。ワタシ、料理を美味しいって言ってもらえてうれしい。ご馳走できてうれしい。みなさん、ただでご飯食べられて得。みんないい思い。みんな幸せ。ハッピーはいいこと。じゃあ帰るときに声かけてネ。ワタシ、送っていくから」


 ありがとうね、マルコさん。

 孝雄さんに言われて、ワタシのほうこそ、ありがとうって頭、下げたヨ。

 日本人のこういうところ、ワタシ大好きネ。

 にっこりと笑いあって、ワタシ、計算する。

 孝雄さんたち、あと十分くらいで食べ終わる。

 ちょっと食休みの時間考えれば、十五分後には帰ると思う。

 それまでにあの料理作って、この料理作って、そうすれば奥さんも子どももちょっとは楽になる。

 でも、とワタシは思うノ。

 帰りの車で話したいこと、いっぱいあるノ。

 奥さんに言われて駄目って分かった。

 分かったけど、話したくて話したくて、ワタシ、身悶えしちゃうヨ。

 駄目って分かるけど、ごめん、マリー、ワタシやっぱり話したい。

 でも怒った奥さん、怖いんだよネ。

 角、生えるの、本当ヨ。

 それ考えると、ワタシ小さくなる。

 話すか止めるか、止めるか話すか。

 これ意外と重大な問題ネ。

 でも、答えは決まったよ。

 ワタシ、口、閉じる。

 孝雄さん、かりんさんと話す。

 孫だもんネ。

 それが一番いい。

 一番、いいノ。


               *


 湿っぽくなるのは嫌だったんです。

 だって僕、誰よりも先に泣くと思うから。

 東京の大学に合格して、これからのキャンパスライフを思えば胸が躍るんですけど、高校を卒業するにあたって、やっぱり別れはつきもので、うちの高校はそんなに進学校ってほどでもないから就職組もいて、僕の友達にもいて、なんだか、もちろんいつか必ずやってくると分かってはいても、実際にそのときになると、やっぱり僕はしんみりとしてしまうそんな性格だから、故郷の町に、友達に別れを告げるのはできれば先送りしたかったんです。


「見送りに行くよ」


 うれしいじゃないですか。

 ありがとうって言いましたよ。

 でも、正直に言えば断りたかった。

 さっきの理由で。

 福島の三月の空はとても青くて、僕は、早く来いよって声をかけられるまで、見上げていました。

 改札の近くにたむろして、新幹線の発車時刻五分前まで話をしました。

 集まってくれたのはクラスも一緒、部活も一緒の友達、男三人に女子五人。

 僕のために八人も。

 地元組が五人で、福島を離れるのは僕を含めて四人。

 三月は別れの季節なんだって実感せずにはいられない日が僕にも漏れなくやってくるって、ちょっと厳しいですね。

 そして時間が迫ってきて、じゃあって鞄を持ちました。


「みんなと高校三年間、部活やれて、クラスも一緒で楽しかった。ありがとう」

「……うん。頑張れよ。」

「うちらは就職組だけど、夏になったら帰ってくるんでしょ。そのときにまた会おうね」

「いつか東京案内してもらうからな」

「任せろ。大学生は一番遊べる時期って言う人もいるから、僕も精一杯楽しむよ」

「だっぺなんて言って嗤われるなよ」


 僕は笑ったんですけど、鼻の奥がつんとしました。

 でも泣くまいと、なんか気の利いた冗談でも言おうと思ったんですけど口を開いたら涙声で、それが可笑しくてみんな笑いました。

 結果オーライですね。


「何だって?」

「僕たちの友情は一生の絆だって、言いたかったんだよ」

「……これ、後で読んでよ」


 そう言って、少し厚めの手紙を差し出してきました。

 受け取って、改札を通って、僕は最後に振り返って手を振りました。

 新幹線に乗り込んで、きっとこれ読んだら泣くなあと思いました。

 でも誘惑には勝てずに読んで、案の定、泣きました。

 

 もしも今僕が死んで、神様に、あなたの一番の宝物はなんですか? って訊かれたら、友達ですって答えます。

 きっと、友達は誰にとっても宝だと、僕はそう思います。

 今、友達がいない人は、絶望せずに生きてください。

 死を選択しないでください。

真面目にひたむきに一生懸命に生きてる人が報われないなんて、そんなの悲しすぎるから。

 世界中のすべての人に優しくしたくなるような気分で、僕は手紙を仕舞いました。





どうでしたか? つまらないならつまらないでもいいです。

感想をいただけたらうれしいです。

次回を期待していただけたらもっとうれしいです。

では、また次回。

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