7.魔女ならば 木偶人形って なによそれ!?
私、フライブルクの魔女がもたらした被害は、天災扱いとして国庫で処理する事になったと言う話を聞いた私は、頭を掻いて苦笑いするしか無かった。
「あはははは……」
私自身、そんな布告が出ているなんて知らなかったし。いよいよはぐれドラゴン扱いか……
と、ここで私はエマさん達が城門で別行動を取った理由に気がついた。私が不死の王と交戦した事を語ると、間違いなく騎士団に連絡が行く。私の証言が虚構と判断されるか、または、信じてくれたとしても、山を吹っ飛ばした責任を問われる可能性は充分ある。その対策として、この書類を準備してくれていたんだろう。
それに気付いた私は、エマさんとリアムさんに深々と頭を下げた。
「エマさんにリアムさん。わざわざありがとうございました。このために別行動を取ったんですね」
「さすがに、新米パーティが不死の王に遭遇して、しかも倒してしまうなんて話、騎士団に通すのが難しいと思ったからね。――まあ、これがなくても解決していたみたいだが」
肩をすくめるリアムさん。でも、私がはぐれドラゴン扱いされているなんて事は普通なら想定している方がおかしいだろう。普通なら、少なくとも詰所に連行されて朝まで事情聴取なんて事になっていた筈なんだから。
「いえ、本当に心遣いありがとうございました」
と、私と仲間達は、改めてエマさんとリアムさんに頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、この件はこれで終わりね」
と言いながら、騎士隊長さんは席を立つ。
「今日の所は、これで失礼させて貰うわ。あなたと……あなたのお友達の話も、是非聞いてみたいのだけれど、一刻も早く報告書を上げなきゃならなくて。――また非番の時にでも、ぜひお話を聞かせて貰えるかしら?」
「はい、構いませんよ」
「ありがとう。それでは、ね」
騎士隊長さんは、私たちに向かって軽く挨拶の手振りをした後に、カツカツと鋭い足音を立てながら酒場から出ていった。騎士隊長さんの馬であろう、蹄が石畳を叩く音が遠ざかっていった後、私はカウンターに立つニーナさんのところに歩み寄って行く。
「あの、ニーナさん」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
私が声を掛けると、なぜかニーナさんはびくっとして後ずさっていた。えーと、怯えてる?
「どうかしました?」
「そ、その、魔女様に対して、Gランク冒険者なんて扱いをしてしまって……お願いですから、木偶人形に変えるのは止めて下さぁいっ!」
まるでその場で土下座しかねない勢いで謝り倒すニーナさん。あらら、カウンターの後ろに隠れちゃった。まあ、それはさおき……木偶人形って、なに?
「木偶人形って、どういう事ですか?」
私の質問に、カウンターの下からニーナさんの声だけが聞こえてくる。
「その……フライブルクの魔女様に逆らうと、木偶人形に変えられてオモチャ屋に売り飛ばされるって」
「ええー……?」
なんだかひどく誤解されているような状況に、ちょっと頭が痛くなってきた私は、眉間に指をやって揉みほぐす。気分を落ち着かせるために、二、三度深呼吸をした後に、私はニーナさんに対して口を開いた。
「そんな変な事はしませんから、大丈夫ですよ。誰から聞いたんです? そんな与太話」
ニーナさん、隠れていたカウンターから、少しだけ顔を出してきた。
「たまに酒場に来る吟遊詩人さんとか、旅の冒険者さんからの噂話で聞いたんですけど……」
「噂話ねぇ……良かったら、『フライブルクの魔女』について、ニーナさんが聞いている話を教えて頂けませんか?」」
私の声に、ニーナさんはおずおずと立ち上がってきた。
「えーと、私が聞いた話では――」
◇ ◇ ◇
ニーナさんが語った『フライブルクの魔女』に関する噂は、なかなかにして豪快な物だった。
曰く、杖に乗って空を飛ぶ。光を放って山も砕く。――うん、まあ、ここまでは私も知ってた。仕方ないよね、目立つのは。空を飛ぶ方法は他に使う人居ないし。山を砕くような魔法だって伝説でしか聞いた事ない。
でも、噂話にはまだ続きがあった。
曰く、年若い女性に見えるが、その齢は優に数百年を越えている。反抗する人間を木偶人形に変えてオモチャ屋に売り飛ばす。古今東西の魔術について熟知している。フライブルク近郊の巨大な老木の家に住んでいて、怪しげな釜をかき混ぜている。首を切っても死なずに勝手に復活する。魔法少女に変身して人知れず悪を抹殺して回っている。魔神すら従える事が可能で、逆らった魔神を一撃で葬り去った。等々。
――まあ、虚実ないまぜって感じ? 流石に100%嘘は少ないんだけど、たちが悪い事に途中まで本当で、後から尾ひれが付いている物が多い気がする。
例えば木偶人形の件は、心当たりがないでもなかったりするのよね。スリを働いた人間を懲らしめる時に、"幻覚"を使ってそいつの右手を木偶人形のように変えた事があったから。「次やったら、今度は全身変えて、オモチャ屋に売り飛ばすぞ!」ってね。その話に尾ひれがついたんだろうなぁ。
ちなみに説明の間は、シャイラさんは「ふむ、なるほど」と興味深そうに、クリスは「えらい事になっとるなぁ」みたいな感じでニヤニヤしながら、そしてマリアは「そうだったんですね! 知りませんでした!」と、割と真に受けた感じで聞いていた。いや、マリアは私の事、知ってるよね? 少しは疑おうよ……
そして、私はどうしていたかと言うと。
「まーじかー……」
色々尾ひれの付いた衝撃的な噂の内容に、カウンターにべったり顎をついて倒れ伏したのだった。