6.納得は してくれたけど 魔女とはね
(リアルタイム読者様向け)以降は毎日1話ずつ昼過ぎに更新予定です。
王都近郊の山が吹っ飛んだという報を受けて、騎士隊長のクレアさんが"歌う鷲獅子亭"に訪れて来ていた。
ベガス村の依頼を受けた冒険者を探していると言う彼女の問いに、私は皆の注目を浴びながら、控えめに手を挙げる。
「あ、はい、わたしたちです」
「あなた達が……? 悪いけど、詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」
騎士隊長さんは、手を挙げたのが年若い女の子パーティと言う事に驚きの色を示しつつ、ニーナさんに声を掛けた。
「――個室を使っていい?」
「はい、今は空いていますから結構ですよ」
「ありがとう。それじゃ、個室でお話、伺えますか?」
奥の方に向かいかけた騎士隊長さんに対して、私は声を掛ける。
「あの、ちょうど今、ここでその話をしていた所なんですよ。後で説明し直すのも二度手間なので、ここでやっちゃいません?」
騎士隊長さんは一瞬思案したが、すぐに肯いて了承してくれたのだった。
「――あなたが構わないのなら、それでも」
◇ ◇ ◇
私たちはカウンターにほど近いテーブルに移り、最初から話し始めた。私の対面に座った騎士隊長さんと他のテーブルに座っている人達は、私の話にじっと耳をそばだてている。
「――なるほどね。遺跡の奥、おそらく最近まで封印されていたと思われる書斎に、ローブを着た骸骨がいた、と」
「そして、彼が唱えた防御魔法は、パーティメンバーの魔術師――ここにはいませんが――が放った"雷撃"を完全に弾きました。通常知られている防御魔法で、ここまで強力なものは聞いた事がありません」
騎士隊長さんは顎の下に手をやり、少し首を傾げている。
「私は魔法の事はよくは分かりませんが……少なくとも、それが単なるスケルトンなどではなかった、と?」
「はい。肉体があったり、逆に、霊体しかなかったりすれば、魔法を使う不死の者は複数存在します。でも、骸骨の状態で知能があり、しかも、高度な魔法を使うモンスターは、かなり限られますね。――私は、彼を不死の王だと判断しました」
不死の王の名前を聞いた騎士隊長さんは、片方の眉をぴくりと上げた。
「不死の王? 確か、伝説級の魔術師が魔法によって、自らを不死の者に変化させた怪物……?」
「その通りです。高レベルの魔法を、強大な魔力を以て行使し、接近戦ではエナジードレインまで使いこなす、下手なドラゴンよりも危険な怪物です」
「なるほど。では、不死の王が現れたのだとして……」
騎士隊長さんは、そこまで話すと椅子に座り直して、肘をついて両手を口の前で組んだ。
「――あなた達は、それを、どうやって倒したのかしら?」
私は、肩をすくめながら回答する。
「幸運な事に、彼は私たちをナメてくれていました。私たちは急ぎ洞窟の外まで撤退しましたが、彼は私たちをゆっくり歩いて追いかけて来て、私たちに先制攻撃の余裕を与えてくれました。そして――私の魔法で、彼を倒す事ができたと言う訳です」
「と、言う事は、不死の王は攻撃魔法を一度も使わなかった?」
「はい、幸いにも。彼が一発でも攻撃魔法を使っていると、私たちはそれで確実に全滅していたでしょう。彼と違って、私たちはそこまで有効な防御呪文は持っていませんから」
騎士隊長さんは、少しの間考えた後、ゆっくりと口を開く。
「つまり――あなたが、山を吹き飛ばした? 不死の王ではなくて?」
あれ? 不死の王が吹き飛ばしたと思ってたんだ。とりあえず、返事代わりに軽く微笑んでおく。
「あなたは一体、何者?」
改めて問われると、少し困ってしまう。私は、眉をひそめて少し困った顔をしながら、答え始めた。
「何者だ、と言われても、何と答えればいいのか……地方から出てきて、初めて冒険の旅に出た、新米冒険者ですよ?」
騎士隊長さんの口が開いて、何か言おうとしている所にかぶせるように、私は言葉を続ける。
「ただ、こう噂されているようですけどね」
「「"フライブルクに一人の魔術師あり。彼の者、杖に乗りて宙を舞い、光を放ちて山をも砕く……人はそれを魔女と呼ばん"」」
私の事を謳っている詩を述べる私の声に、もう一人別の声がハモっていた。驚いた私が見回すと、戸口に見知った顔を見つけた。――エマさんだ!
ちなみにエマさんの横には、戦士のリアムさんも立っていて、私に向かって笑みを浮かべながら手を振っていた。
「エマさん!」
「話に熱が入っていたところだったから、邪魔しないようにこっそり入ってきたんだけど、丁度いいタイミングだったかしら?」
私が声を掛けると、戸口に立っていたエマさんとリアムさんは、私たちのテーブルの方に歩み寄ってきた。
◇ ◇ ◇
「お久しぶり、クレア。この子達の冒険には、私たちも付き添っていたの。この子が言っている事は本当よ」
そしてエマさんは、一枚の羊皮紙を懐から取り出して、騎士隊長さんの前に広げて置いた。――あれ、騎士隊長さんを呼び捨てなんだ。知り合いなのかな?
「これは、不死の王に対する、うちの賢者の鑑定結果と、山の破壊が不可抗力であった事を示す上申書。もちろん、うちのクランマスターのサイン入り。民間のクランといえども、うちの規模だったらそれなりに箔はついているはずよね?」
騎士隊長さんはその羊皮紙を取り上げると、素早く目を走らせた。
「久しぶりね、エマ。――ええ、そうね。これがあれば、報告書もすんなり通ると思うわ」
「そして、この子の正体。これで分かったわよね?」
騎士隊長さんは羊皮紙に落としていた視線を私に移し、少し時間を置いてから回答した。
「ええ。――フライブルクの魔女、ね。そうであれば、山の被害は気にすることないわよ? 国が負うことになってるから」
国が被害の責任を負うと言うのは予想外の返答だったらしく、エマさんは困惑した声を上げる。
「どういうこと?」
騎士隊長さんは口の端を僅かに緩めて苦笑交じりに返答する。
「"魔女は世俗の権威に従うことなく、我等はただ伏して過ぎ去るのを待つのみ"――『フライブルクの魔女』がもたらした被害は、はぐれドラゴンや竜巻のような天災扱いとして、国庫で処理する事になったのよ」
「――!」
エマさんは目を見開いてこちらを見て、絞り出すような声を出したのだった。
「つくづく、あなた、人外魔境ね」