5.酒場にて 冒険譚が 疑われ
初めての冒険から無事生還した私たちは、冒険者の宿「歌う鷲獅子亭」でエール酒を片手に報告がてらの冒険談を語っていた。
で、無事に解決したところまで話は進んだんだけど……なぜか、酒場の中は静まりかえってしまい、近くのテーブル席に座っていた戦士にツッコまれたりしていたのだった。
「いやいやいやいやいや! おかしいだろ!?」
「――え、どこが?」
私は、首を傾げる。私より三つ四つくらい年上……つまり、二十歳そこそこに見える戦士の男性は、ついに私の方を向いて立ち上がった。
「全部だよ、全部! なんで初仕事のゴブリン退治で、古代竜並の強さの不死の王が出てくるんだよ!」
「なんで出てくるって言われても……出てきちゃったんだもん、仕方ないでしょ?」
私は肩をすくめた後に言葉を続ける。
「まあ、なにしろ初仕事ですから? ただのスケルトンを見間違えたのかもしれませんけど?」
「ふ、ふん! ほら見ろ!」
なぜか偉そうに威張る戦士さん。
「ちなみにそいつは、同行者が使った"電撃"を、完全に弾くような防御魔法を使ったんですけどね」
「ふーん……?」
残念ながら、魔法に詳しくない戦士さんには、これが意味する事が分からなかったようだ。
ただ、他のテーブルに座る魔術師達は、見事に顔色を変えている。"電撃"は、中堅冒険者にとっては、本当にヤバい敵が出た時に使う、最後の切り札に近い魔法。そりゃまあ、上級冒険者にとっては、数ある攻撃魔法の一つにはなってしまうんだけど……いずれにせよ、それがノーダメージなんて事は、普通はあり得ないからね。
「ま、まあ……百歩譲って、不死の王が本当だったとしても。なんで初冒険でそんなのを倒せてるんだよっ!」
「わたしは……ほら」
私は顎の下に人差し指を立てて、考え込む素振りを見せる。
「ほら?」
「強いから」
しれっと言い放った私の言葉に、戦士さんは頭を抱えた。まあ、私の格好、魔術師の帽子に外套は魔術師っぽくはあるんだけど、あとは亜麻のシャツに毛糸のキルトスカートだからねぇ。せいぜい普通の女の子が魔術師のコスプレしているようにしか見えないかも。
ちなみに、カウンター席の二つ隣りで聞いていた斥候のクリスは、私の返事を聞いてぷっと吹き出したりしている。ちらっと彼女の方を見ると「アニさん、遊んではるなぁ」みたいな顔をして、ニヤニヤしながら私の方を見詰めていた。
「な、なんだそりゃ!? じゃ、じゃあ、証拠とか戦利品は!?」
「戦利品……ねぇ」
私は遠い目をする。
「ぜーんぶ、見事に、吹き飛ばしちゃったのよね……山ごと」
「や、や、山ごとぉ!? そんな、デタラメ……」
「まあ、証拠、ないからね。王都からじゃ、吹き飛んだ部分の山は見えないし。デタラメでも何でも結構結構コケコッコーよ」
肩をすくめる私に、また呆然とする戦士さん。
と、その時、私の後ろから声が掛けられた。
「あ、アニーさん?」
振り向くと、ようやく立ち直ったらしい冒険者組合の受付嬢兼、酒場の看板娘であるニーナさん――二十代前半のしっかりした金髪美人さん――が、眉間にしわを寄せながら、私に話しかけて来た。
「その、最初の冒険が成功して舞い上がるのは分かるんですが、王都の冒険者組合って、民営ながら、公的な責任もある程度負わされている組合なんです」
「はい、そんな感じに聞きましたね」
「なので、大物のモンスターが出たら、騎士団に報告する義務があるんですよ。そこで虚偽報告をしてしまうと、最悪、罰せられるんですが、本当に本当なんですね?」
念を押すニーナさんに、私は力強く肯く。
「ええ、間違いありません」
「分かりました。では、詰所に連絡しますから、騎士団の方に改めて報告をお願いできますか?」
ニーナさんはそう告げると、下働きの男の子に声を掛けて、騎士団の詰め所から誰か呼んでくるようにお願いしたのだった。
◇ ◇ ◇
その男の子が扉から出ようとした時、外から入ってきた人にぶつかりそうになってしまう。
「うわっ!」
「あら、失礼」
酒場に入ってきたのは、白く輝くプレートメイルを着た、栗色の髪を持つ若い女性だった。王城で見た事があるような鎧だから、騎士団員、かな?
ニーナさんが彼女の顔を見ると、意外そうな顔をしながら声を掛けている。
「あら、クレアさんじゃないですか? 騎士隊長さんが、冒険者の酒場に何かご用ですか?」
「ちょっと急ぎの用があったのよ。そちらも取り込み中、かしら?」
「あ、はい、ちょっと大物と遭遇した話が出ていまして。丁度、詰め所の方に連絡しようとしていた所だったんです」
へえ、若い女の人なのに、騎士隊長さんなんだ。
年上の分、柔らかさは感じるけど、きりっとした雰囲気が、シャイラさんに通ずるものがあるかも。と思ってシャイラさんの方を見ると、彼女も興味深そうな表情で騎士隊長さんを眺めていた。もっとも、顔とかを見ているわけではなくて、剣士の性なのか、装備や足の運びなんかを見ているようだけど。
「ふぅん。ま、それは後で聞かせて貰うわね。悪いけど、こちらの用事を先に済まさせて貰うわ」
騎士隊長さんは、酒場の中を大股に突っ切ってカウンターまで歩いてきて、懐から取り出した羊皮紙をカウンターの上にバンと置いた。そして、テーブル席の方を向いて凜とした声を上げる。
「昨日、強力な魔法か、それに類した攻撃によって王都近郊の山が消し飛んだと言う報告がありました。村長に話を聞いたところ、この"歌う鷲獅子亭"で紹介された冒険者が関係しているとの事ですが……この中に、ベガス村の依頼を受けた者はいますか?」
それを聞いた酒場の全員、一瞬硬直した後に、ぎぎぎと顔を動かして私の方を見詰めて来た。その様子を見た騎士隊長さんは、訝しげに私の方に視線を向ける。
「ん?」
私は皆の注目を浴びながら、騎士隊長さんに向かって小さく手を挙げざるを得なかったのだった。
「あ、はい、わたしたちです」