3.スケルトン? まさかまさかの 不死の王
洞窟の奥で見つけた人工の廊下、その突き当たりの扉を調べていたクリス。そんな彼女に扉の中から声が掛けられたが、それは金属が軋むような精神を逆立てる声だった。
『盗賊か? 罠なぞ無い。扉を開けたまえ』
気配を察知された事に、驚いた顔をするクリス。確かに、彼女はほとんど無音で行動していた筈なのに!
(私が"雷撃"を放ちます。前に行きますよ)
エマさんが私に囁いてから慎重に廊下に進入して、踊り場の反対側ですぐに隠れられるように待機する。部屋の中の誰かさんの攻撃魔法を警戒し、皆は洞窟に待機のままだ。
クリスがこちらを見て、開けていいかと言う素振りをするので、私は彼女に開けるようジェスチャーをした。彼女はそれに従って、ゆっくりとドアノブを回して扉を内側に開いていった。
――部屋の中は広い書斎のようになっており、壁に大量の書物が積み上がった本棚が見える。そして、豪華な机と椅子があり、そこに座っているのは……ローブを着た骸骨だった。禍々しいオーラを放っており、目の奥にはちらちらと赤い光が見えている。
『使えぬゴブリンばかりで困っていた所だ。人間ならば我の僕として最適だな』
と言い放ち、骸骨はゆらりと立ち上がった。
私は、特徴から可能性のあるモンスターを必死で洗い出す。
「知恵と意志があって、肉体が無くて骨だけで、他者をゾンビに変えられて、この禍々しいオーラ……スケルトンじゃない。食屍鬼でもない、吸血鬼でもなさそう。――まさか、まさか、"不死の王"!?」
"不死の王"――極めて高レベルの魔術師が、自分自身に不死となる魔法をかけて転生した存在。永遠の生命から来る人智を越えた魔法の知識と、強大な魔力による強力無比な魔法を駆使する、ドラゴン並かそれ以上に危険な存在だ。
エマさんはその声を聞いて、即座に"雷撃"の詠唱を開始する。クリスは詠唱を聞いて、巻き込まれないように慌ててこちらに戻ってきた。
「"マナよ、天空の怒り、稲妻となりて我が前の者どもを討ち倒せ"――」
その詠唱中に、骸骨は喋りながら詠唱無しで魔法を発動させた。
『いきなり攻撃とは、下賎の輩はやる事も下品だな――絶対防御』
「雷撃!」
エマさんが解き放った稲妻は、骸骨――不死の王――の防御魔法に阻まれ、あっさりと四散する。相当の大物でも一撃で屠れる魔法、それを完全に封じる事ができる!?
それを見た瞬間、私は全力で叫ぶしかなかった。
「撤退ッ!」
その声を聞いたパーティ全員、全力で入り口に向かって走り始める。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
私は横にした魔術師の杖に腰掛けて、口早に"浮遊"と"重力子"を唱えて飛行開始。シルフィにはいったん退場を命じておく。
飛ぶ私を見たエマさんが目をむいている。まあ、一般的に"飛ぶ"ような魔法は知られていないからね。
「え、なにそれ? 飛んでるの!?」
「話は後! まずは全力で外に出てください!」
そして、全力疾走中のシャイラさんの横につけて、これからの指示を行う。
「あいつが外に出ようとした瞬間に山ごと吹っ飛ばすよ。なので悪いけど先に行くね。ちゃんと逃げてね!」
「ああ、分かった!」
私は全力で加速して洞窟を駆け抜ける。出せる限りの全速で飛んでいるため、左右の壁が凄い勢いで通り過ぎている。自然洞窟だからほぼ一本道だけど、完全に一直線では無いため、目まぐるしく変わっていく上下左右のカーブに合わせて機動を合わせないと墜落してしまう。
◇ ◇ ◇
しばらく飛ぶ内に、遙か先の方に丸く光る明かりが見えてきた。出口だ! 明かりはみるみるうちに大きくなり、私は飛んでいる勢いそのままに空中に飛び出してゆく。
暗いところからいきなり外に出たから 私は数回目をしばたたいて目を慣らせていった。ドリフト気味に方向を転換、洞窟から少し離れた空中に静止する。そして、跨がっていた杖から降りて、その杖を鞄にしまい込んだ。
結構な距離を全力で移動したが、走ったわけでは無くて魔法の力で飛んでいたので、息は乱れていない。私は洞窟の入り口を見据えて、軽く息をついて集中すると、一つ目の魔法の詠唱を開始した。
「"ここに在りしマナの力よ、その力、呼び出しに応じ、我が眼前にその姿を現せ"――魔力励起環」
私の目の前に、身長を超えそうな大きさの魔法陣が形成される。そして、そこに形成された薬室に向かって、周辺にあまねく存在する魔力が流れ込み始めた。蛍火のような光の瞬きがわき起こり、次第に集まってきている。
"励起環"の稼働を確認した私は、二段階目の魔法の詠唱を開始した。
「"ここに集いしマナの力よ、その力、共に響き、共に奏で、その鎖に連なる理の力を高めよ"――魔力共鳴環」
最初のものと同規模の魔法陣が、魔力が集中しつつある薬室を挟み込むように形成される。"共鳴環"の効果により、蓄積された魔力が相乗的に増幅し始める。
ここで、洞窟から他のパーティメンバーが駆けだしてきた。魔術師のエマさんは、私が巨大な魔法陣と共に魔力を充填している姿を見て、目を見開いてそのまま固まってしまっていたが、リアムさんに手を引きずられて行っていた。
フライブルク組の3人は、この魔法を知っているから特に驚くことは無く、素早く私の後ろに回り込み、地面に伏せて衝撃に備える姿勢を取っていた。そして神官のマリアが"守護"を展開、飛んでくるであろう破片などに備えている。
「薬室内圧力上昇。エネルギー充填70%、80%、90%……」
目の前で魔法陣に挟まれた空間は、魔力を基本とした純エネルギーで溢れんばかりに満たされていた。目の前に太陽が現れたように、目も眩むような強烈な光を放っている。
そしてついに私は、最後の魔法の詠唱を開始する。
「"ここに高まりしマナの力よ、その力、在るべき場所に留め、在るべき場所に流れ、在るべき場所に放たん"――魔力誘導環」
今度は二つの魔法陣の間、手前側の"励起環"寄りに、三つ目の魔法陣が出現した。これは、充填された高エネルギーが勝手に自己崩壊を起こし、過早爆発を起こすのを防ぐため、光球の形状を維持する事を目的とした魔法陣だ。
「エネルギー充填120%、発射点に到達。――発射10秒前。9、8、7、……」







