32.正体を 当ててはみたけど 大物が
新刊3本同時投稿中です。下部にバナーを貼ってありますのでぜひご覧下さい。
他2本は30話で一旦打ち止めですが、本作はあと数話続きます。
※ 連続投稿終了寸前ですが、今週は都合により投稿時間が一定しません
ワレンティアの中央広場に設けられた公開処刑場において、私は黒幕であろう執事を失脚させる事に成功していた。
しかし、がっくり膝をついた彼を連行しようとした兵士が、彼の両腕を取ったとき。彼が両腕を大きく振るうと、兵士達は空高く飛ばされてしまう。
僅かな滞空時間の後、二人の兵士は石畳の地面に叩きつけられてしまった。なんとか立ち上がろうともがいているが、傷は深く起き上がる事も難しそうだ。
そして広場は、ひとときの静寂に満ちていた。伯爵夫人と市民達は成り行きを呆然と見守り、騎士に兵士達は倒れた二人を助けようとしている数人を除き、戸惑いがちに執事に向かって剣を向けている。
執事はゆっくりと立ち上がると、身体についた土埃を優雅に落としていた。
「まったく、参りましたね」
私は彼の正体を掴むべく、彼の風貌、仕草を観察していた。
確か、この"執事"は長年伯爵に仕えていたと言っていたよね。精神支配とかで本人の身体をそのまま使っていたのであれば、今の馬鹿力の説明にはならない。身体強化ならそれも可能だけど、そんなのを掛けていたような気配は見えなかった。
超人的な力を持つナニカが化けていたとしても、記憶をコピーでもしておかないとバレてしまうだろう。そして、記憶をコピーできるような存在は限られている。
頭の中でモンスターリストを絞り込んでいる間にも、彼は余裕たっぷりに独りごちていた。
「人間共の法を破らず、法に護られるような形で事を進めていたつもりでしたが。こんな横車は反則じゃないですかね?」
「あなた、何者?」
眉をひそめながら放った私の質問に、含み笑いをしながら慇懃無礼に返答する。
「見ての通り、ワレンティア伯の忠実な執事、ブラウリオと申します。お嬢さん」
うーん、まだ絞り込みはできていない。正体がなんでもいいから、とりあえず殴ってみようかな?
なんて乱暴な事を考え始めたその時、私の背後から、声高らかな詠唱が聞こえてきた。マリアだ!
「"偉大なる至高神よ、汝が使徒に霊気を見抜く力をその御力によって与えたまえ"――霊気識別!」
「むむむっ、汝は邪悪なり……というよりアニーさん、そいつは魔族、です!」
魔族! その瞬間、私は条件を満たす唯一の存在に気がついた。
それはデーモンの中でもネームドと呼ばれる程の強大な力を持ち、他人の知識、経験、そして外見を喰らって自らのモノにできる。その魔族の名は……
「ありがと、マリア。あなた、ネームドデーモン、ドッペルゲンガーね」
「ご名答。いかにも、オリアス侯の下で子爵を務めております、ドッペルゲンガー・クリストフと申します」
正体があっさりばれたからか、執事は少しだけ驚いた表情を見せるも、やはり余裕たっぷりに優雅に礼を示してきている。
さて、当たった、のはいいんだけど、まずい、これは凄くまずい。ドッペルゲンガーと言えば、モンスターレートは12。A級の最上位、ほぼS級並みの強さだ。私達だけでも彼だけなら倒せるとは思うけど、魔族の得意技、お仲間召喚が待っているのは間違いない。
「目的は……って、聞くまでもないわね。この街を影ながら支配したかった、と。破壊じゃなかったの?」
ともかく、引き延ばすために会話を続ける事にした。もちろん、内心焦っている事はおくびにも出さない。
「私を召喚した人間の依頼でしてね。派手にやるのではなく、なるべく長期間人間共の中に潜んで、なるべく多くの、そして高位の魔族を召喚する土台が欲しかったそうで」
「召喚した? そいつはどこへ?」
私は答えながら左手をそっと後ろに回し、背後の領主の少年に向かって立ち去るようにハンドサインを送る。気配しか分からないが、じりじりと遠ざかっているようなので通じているようだ。
「ここにいますよ? この肉体として、ね」
執事は自らの身体を指差している。なるほど、召喚者が自身の肉体に憑依させた、と言うことか。私が関わったフライブルクの邪教集団みたいな事をしたかったのかも知れない。伯爵が殺されたのが半年前で、フライブルクで魔族が湧き始めたのもその頃だから、件の集団そのものか、その分派だったのかも知れないけど。
「ま、それもこれで終わりですね。あとは我々の本道、せいぜい派手に暴れさせていただきましょう」
「あら、私達を相手に、自由に暴れられるつもり?」
「確かに、お嬢さんの魔法は強力です。憑依体と言えども、バフォメット公爵閣下すら倒せる程に、ね」
私の挑発に乗ること無く、執事はすたすたと普通に歩みを進め、メイドが収監されている檻の前で立ち止まった。
「でも、この通り。人間を背にすれば、お優しいお嬢さんは、巻き込んで魔法を撃てないでしょう?」
確かに私は、いかなる被害に対する責任を免除されてる。でも、だからといって無意味に破壊するのは趣味じゃない。ましてや無実の人間相手なら、なおさらだ。
一瞬苦虫を噛み潰したような表情をしてしまった私に対して、執事はあくまで慇懃に再び一礼したのだった。
「さて、では、そろそろ始めましょうか」
◇ ◇ ◇
『Բերել!』
執事――ドッペルゲンガーは右手を空高く挙げ、魔族語で一言叫ぶと、赤黒い紋様環が空中に現れた。その紋様環が消えたとき、ドッペルゲンガーの手には、黒色に光る片手半剣が姿を現していた。
「愛用の剣でしてね。やはりこれでなければ」
彼の独り言には構わず、私は周囲を素早く見渡し、この広場にいる筈の私のパーティメンバー達の姿を探した。うん、垣根の向こう側ではあるけど皆最前列に陣取ってくれている。
「シャイラさん、マリア、クリス、みんな、こっちへ!」
「ああ!」「はい!」「はいなぁ」
私の声に応じ、シャイラさんは華麗に垣根を斬り飛ばし、マリアは派手に吹っ飛ばし、そしてクリスは軽やかに飛び越えて私の側にやって来る。
『Ծառաներս, պատասխանեք իմ կանչին և շուտով հայտնվեք այստեղ……』
その間にも、ドッペルゲンガーは長めの詠唱を始めていた。この隙を突くよりも、まずはこちらも戦闘準備を進めなければ! と、私は周囲を見渡して大きな声を上げた。
「騎士団の諸君は、伯爵夫人とご子息を保護して待避せよ! 兵士は市民の護衛。市民達は……逃げなさい!」
私の声に、金縛りから解かれたかのように慌てて動き出す人々。夫人はまだ固まっているが、領主君が手を引き、さらに騎士達に護衛されながら広場を立ち去ろうとしているようだ。市民達を見ると、慌てた様子で広場から四散し始めていた。幸いにも広場からは街路が多数延びており、人々は混乱することなく逃げられているように見える。
これで非武装の人達はなんとかなりそうだ。次いで私は、広場に残るもう一つの勢力、冒険者達に向かって声を掛けた。
「そして冒険者諸君、緊急クエスト発生! 参加可能な者は魔族掃討に協力して! 報酬はわたしが責任を持って領主殿に掛け合うから!」
ドッペルゲンガーの詠唱が続くなか、大小様々なサイズの紋様環が大量に連続的に出現、消失を繰り返しはじめていた。
紋様環が一つ現れ、そして消える度に、純白色の魔族が出現し、そして色づいて戦闘体勢を取り始めている。
◇ ◇ ◇
ドッペルゲンガーの詠唱が終わり、総ての紋様環が消え去った後。彼の周囲の空中には、人間の1.5倍ほどの巨体を持ち、深紅の肌を持ったグレーターデーモンが3体、それよりも小柄、と言っても人間よりはガタイの良いレッサーデーモンが10体ほど、人間の半分ほどの大きさの魔族、インプが数十体現れていた。全員蝙蝠の翼を持ち、様々な武器を手にしている。
ただ、私の声に応じて、複数パーティの合計で2、30人ほどの冒険者達が広場に集結してくれていた。
その中でも一番ベテランのように見えるパーティの、30歳前頃の男性の戦士が私に声を掛けてきた。
「Aランクパーティ、黄銅の戦車団のマーティンだ。高名な魔女殿と共に戦えるとは光栄だ!」
ちらっと彼らの方を見ると、人間戦士にエルフ弓手、人間魔術師、ドワーフ神官に小人族斥候とバランスの取れたパーティのようだった。Aランクの彼らなら充分対応できるだろう。
「あのドッペルゲンガーは、わたし達が責任を持って張り倒しますから、それ以外をなんとか皆さんでお願いできません?」
私の声に、戦士は少しクビを捻りながら周囲の冒険者を見渡したが、力強く肯いてくれた。
「ふむ、ま、この戦力ならなんとかなるだろう」
そして彼は、右手の剣を振り上げると、他の冒険者の面々に向かって威勢の良い声を張り上げた。
「いいか諸君! 我々はグレーターデーモンを主に受け持つ。Bランクがいたら手伝って欲しい。Cランク以下はそれ以外を頼む。無理するなよ!? 魔女殿に、ワレンティア冒険者の強さを見せてやれ!」
「「「おおおっ!」」」
冒険者達もそれに応じて景気よく声を張り上げる。うん、こっちはなんとかなりそうだ。
「さあ、始めるわよ!」『Սպանե՛ք բոլորին!』
私とドッペルゲンガーの掛け声と同時に、魔族達と冒険者達の戦いの火ぶたは切られたのだった。
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