31.大逆転 魔女が来たりて お説教
新刊3本同時投稿中です。下部にバナーを貼ってありますのでぜひご覧下さい。
他2本は30話で一旦打ち止めですが、本作はあと数話続きます。
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※ 連続投稿終了寸前ですが、今週は都合により投稿時間が一定しません
「これは凄い景色ですね!」
私は塔に軟禁されていた領主の少年を連れて、ワレンティア上空に飛び上がっていた。私の後ろでは、領主の少年が興奮気味に周りを見渡している。
城館の兵士達は私たちに追いつけていないようだけど、街の人々は私たちを目撃して口々に驚きの声を上げていた。
「他の魔術師じゃ余りできないみたいだからね。まあ、今のうちに味わっておきなさいな」
現在、"浮遊"を二人分、そして"重力子"の都合3つの魔法を同時に維持している状況だ。私は研究の結果、複数の魔術を同時に維持する技術を手に入れているんだけど、これができる人は他は余りいない、と思う。ただ、いかな私でも、三つより上になると流石に注意が必要になり、うっかりすると途切れる魔法が出かねない。推進力を担う"重力子"はともかく、"浮遊"が切れると落ちちゃうからね。気をつけなきゃ。
「さ、短い旅はそろそろお終い。準備はいい?」
「は、はい!」
城館から公開裁判が行われている中央広場は、それほど距離がある訳では無かった。既に私たちはその上空に到着し、5~6階の建物くらいの高さの空中で静止していた。
地上には絞首刑台と、その脇には少女が入れられた檻が一つ置いてあり、一段高くなった場所に貴賓席が作られていた。その周囲にはある程度の広さをもって垣根が作られ、その外には数百人の市民が既に集っている。市民達は私たちを見上げて口々に叫んでいて、兵士達は貴賓席の領主代行を護るべく、その周囲を固めて私たちを睨みつけていた。
私は跨いでいた杖から降りて手に持つと、一つの魔法の詠唱を開始した。
「"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減」
私と領主の分、二人に対して効果を及ばした後、私は"浮遊"の効果を終了させた。その次の瞬間、私たちは地面に向けて落下を開始する。
「わわわわっ、お、落ちるっ!?」
「大丈夫。でも、ちゃんと足から落ちてね?」
慌てる領主の少年。私は彼に軽く声を掛けただけで、あとは自分の着地体勢に入っている。
そして私たちは軽い音と共に石畳の上に着地した。少年は慌てていたのかやや不格好に、それでもきちんと着地できている。私はもちろん、ひらりと華麗に、ね!
「え……? 痛く、ない?」
「"重力軽減"で体重を減らしたからね。机の上から飛び降りる程度の衝撃になっている筈よ」
私は驚いている領主に一声掛けてから、彼をかばうように前に立った。さあ、ここから上手くやらないと、それこそ犯罪者になってしまう!
そこで私は一世一代の舞台に上がったつもりで、傲岸不遜な"魔女"を演じてみる事にした。
◇ ◇ ◇
「さて――」
まずは冷ややかな目線で回りを見渡す。おずおずと私たちを包囲した兵士達を一瞥すると、彼らは更に後ずさっていった。
「ありもしない罪で公開処刑を行う悲劇の広場は、こちらで良かったかしら?」
「魔女様!? なぜここに。それにレアンデルまで」
一段高い貴賓席に座る領主代行の夫人は、驚きの声を上げている。脇に控える執事は、無言ではあるが、僅かに顔をしかめているようだ。
「さっき言った通りよ。その娘は領主誘拐なんかしていなかった。でしょ?」
私は領主の少年に発言を促した。彼はそれに応じて、大きな声で訴えかけてくれている。
「その通りだ! ボクが彼女にお願いして、連れ出して貰ったんだ! ボクは誘拐なんかされていない!」
「一つ補足しておきましょう。この領主殿は塔に軟禁されていた。これまでは自由に市中に出入りできていたらしいのに、ね」
私達の発言を聞いて、広場に詰めかけていた群衆からどよめきが沸き起こった。
「あ……でも……わたくしは……この子のために……」
群衆を見て覿面に狼狽える領主代行。それを見た執事がすっと前に出てきた。
「軟禁とは不適切な物言いではないかと存じます。確かに以前は街中に出かけておいででした。しかしそれは以前の話、領主となった今は、邸内に留まっていただくのは当然の事ではないかと」
しれっと言い放ち、群衆へ視線を走らせる。
「それに、統治者である夫人の意に反して、領主様を街の外へまで連れ出したのですから、それはまさしく、誘拐でございます」
執事の反論に、どよめきのボリュームが少し落ちてきたようだ。正直、あっちの方が正論で、私はノリと勢いだけで横車を押さなきゃならない。なので私は、突破口を夫人に見いだす事にした。
「理屈ではそうね。でも、このやりとりそのものが、現状の異常さを示しているわ」
私は冷たい表情を保ったまま、夫人に視線をやった。目が合った彼女は、びくっと震えて顔を伏せてしまう。
「フロレンティナ・デ・ワレンティア伯爵夫人。あなたの立場には同情します。突然伯爵を亡くし、ご子息が一人前になるまで、自分一人でこの巨大な都市の差配を任されたのですから」
なるべく優しげな声で語りかけると、夫人はおずおずと顔を上げて来始めた。
「分からない事もあるでしょうし、決めかねる事もあるでしょう。あなたを支える家臣達に相談するのは構いません。そのための家臣達ですから」
ついには上目遣いですがるように私を見つめている。なんだかねぇ、この人は? この無責任さ、シャイラさんに任せたら延々とお説教タイムになりそうだ。
「――でも、他人に決断を任せてはいけません」
あ、また顔を伏せちゃった。でも、ここはしっかりと言い聞かせないと。
「権利を委譲するのであれば、適切な人間に相談する必要があるでしょうね。そこで、レアンデル君には何か案があるようですよ?」
と、領主の少年、レアンデル君を前に出す。夫人も息子の名前を聞いて再び顔を上げ、驚きの表情で彼を見つめているようだ。
「レアンデル君。そもそも今回、君は誰に会いに行こうとしていたのかな?」
「はい、最初は大伯父のイスビリア侯を頼ろうと考えていましたが、陸路では難しいと判断しました」
イスビリア侯は、この国南部を領する大貴族だ。後ろ盾としては百点満点なんだけど、行くのに陸路で一ヶ月くらいかかるから、子供二人じゃとても無理ね。
「なので、王都の叔母様を頼るつもりでした。領地は持っておりませんが、子爵位をお持ちの方ですから、適切な助言は得られるはずです」
「だ、そうです」
王都なら、海路二日間だからね。私が邪魔しなかったら問題無く辿り着いていた事だろう。
私の声に、夫人は一気に明るい顔になって、顔を上げた。
「そ、それで、この問題は解決するんですか?」
「私はその人の人となりを知らないから、保証はできないけどね。でも、今よりは良くなるんじゃないかな?」
「わかりました。魔女様のお言葉通りにいたします」
あっさり同意し、頭を下げる夫人。市民達はどよめいているが、まあ、少なくとも反対の声は上がっていないようだ。
ただ、夫人の脇に控えていた執事が血相を変えて夫人に食ってかかっている。ま、そりゃそうだ。自分のクビが懸かっている訳だからね。
「夫人、それでは私は!? 私は一切、違法な行為は行っておりませんが」
夫人は何も答えず、怯えているばかり。このまま押し切られても困るので、私が介入することにした。
「あんたの失策は、やるべき事をやらなかった事。夫人を実務能力無しと判断したのであれば、あんたが仕切るのではなく、誰かに委譲するよう手配すべきだったのよ」
「ぐ……」
言葉に詰まったところで、追い打ちとして領主君から別れの言葉を掛けて貰う。
「ブラウリオさん。長年我が家に仕えて頂き、ありがとうございました。あなたを君側の奸として処罰したくはありません。長年の貢献を鑑み、このまま退去していただくようお願いします」
ついにがっくりと膝をつく執事。彼を連行すべく、鎧姿の兵士が二人、左右から挟んで彼の両腕を取った。
「く……くくくくくく……」
と、彼は顔を伏せたまま低く笑い始めた。
そして次の瞬間。
彼が両腕を大きく振るうと、兵士達は空高く飛ばされたのだった。
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