30.塔の上 領主を助けに わたし飛ぶ
新刊3本同時投稿中です。下部にバナーを貼ってありますのでぜひご覧下さい。
他2本は30話で一旦打ち止めですが、本作はもう少し続きます。
※ 連続投稿終了寸前ですが、今週は都合により投稿時間が一定しません
領主の少年と話をした二日後の朝。私はワレンティアから少し離れた村の宿屋の一室で、机の上に置いた緑色に光る水晶とにらめっこしていた。
ちなみにこの村に来ているのは私だけで、他の三人は街にとんぼ返りしている。
こうなったのは二日前の晩の、領主の少年との会話に原因があった。
「アニーさまがこの街を離れるとその翌日にも、メイドのアマンダは誘拐事件の首謀者として公開処刑される、と聞いています」
「なんでわたしが関係するんだろう?」
首を傾げる私に、聡明そうな少年は肩をすくめて答える。
「デタラメな力を持って制御できない存在が、街中にいる状態で事を起こしたくなかったのでしょう。公開処刑は市民に対する効果的な手段ではありますが、それだけにリスクもあります。気まぐれで介入されたら厄介ですからね。私が彼でも、そうすると思いますよ」
ぐむむ、確かに、言わんとしている事は分からないでもない。市民の目の前で公開で行う以上、場の雰囲気を支配する事ができれば、ひっくり返す事は充分可能だ。私自身、フライブルクの魔族事件で公開裁判をひっくり返した事があるし。
……被告は私自身だったんだけどね!
「分かったわ。明日にもワレンティアを離れてあげる。それで、その公開処刑が行われる寸前に、あなたを連れて会場に乗り込めばいいのね」
「その通りです! 牢屋から連れ出される前では手が出せませんし、逆に間に合わなかった場合はもちろん……。タイミングが重要です」
確かにその通りだ。牢屋で拘束されている状態では、いくら私でも騎士達を皆殺しにする覚悟でないと救出できない。相手が盗賊とかなら遠慮無しだけど、彼らは任務に服しているだけだからね。領主を連れて行ったとしても、未成年の現在、指揮権は代行にあるから、命令して排除する事もできない。と言うか、それができたら最初から軟禁されてないよね。
「大丈夫。完璧なタイミングで送り届けるわよ」
自信たっぷりな私の返答を聞いて、少年は顔を輝かせて肯いた。ただ、その直後に表情を曇らせる。
「問題は、いつ処刑が行われるかです。明日に発たれたして、明後日には行われるとは思うのですが、確証までは」
「公開処刑だから、市中には公表されるはずよね?」
「はい、そのはずです。ただ、一度街を出て戻られたのでは、露見する可能性があるのでは?」
「大丈夫! ちゃんと考えはあるんだから。大船に乗った気で居なさいな」
と、私は少年に対して私は大見得を切ったのだった。
◇ ◇ ◇
で、そのタイミングを知るためのタネが、この水晶だった。
丁度そのとき、水晶が光り、そこから声が聞こえてきた。
『おるかぁ?』
「その声は、クリス? はいはい、ちゃんと居るわよ」
『お? おるなぁ。聞こえる聞こえる。大したモンやね』
実はこの水晶は、離れた場所でも会話が出来る、通信水晶と呼ばれる魔導具。クリス達に片割れを持ってワレンティアに戻ってもらい、状況を確認して貰っていたのだ。
「容量減るから無駄話は無しで。今日、公開処刑はありそう?」
リチャードさんお手製なんだけど、魔力が自然回復するような仕組みは持っていない、使い切りの代物なので、長時間通信は禁物なのだ。
『うん、さっき高札見てきたんやけどな、今日の昼四つに中央広場で公開処刑やて』
「了解。きっちり時間通りに向かうわね。クリス達は念のため――」
『観客席、やね。へいへい』
「お願いね。会話終了!」
と、通話を終えた私は、通信水晶を鞄の中にしまい込んだ。
さて、今は昼三つ頃。移動時間のことを考えると、今からチェックアウトして、村を出てから飛んで行けば丁度良い頃合いかな?
私はハンガーに掛けてあったローブでは無く、鞄から取り出した魔術師の帽子と外套を取り出して身に纏った。
この村では、私のトレードマークである、魔術師の帽子と外套を身につけずに、地味なフード付きローブで通していたんだよね。うっかり身元がばれて、割と近場で待機しているのが伝わるとマズイから。
自分で言うのもなんだけど、なにせ地味な顔立ちだから、これらがないと本当にその辺の田舎の女子のようで、本当に目立たないと思う。
まあ、年若い女子が一人旅している時点で、ちょっと普通では無いんだけど。
ともあれ、私はチェックアウトを済ませ、村を出て人気の無い草原に歩いて行き、程よい所で杖に跨がった。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
"浮遊"を唱えてふわりと浮かぶ。
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
そして"重力子"を唱え、私は颯爽とワレンティアに向けて飛び立っていったのだった。
◇ ◇ ◇
飛びながら高度を上げた私は、馬の全力疾走ほどのスピードでそのまま城壁上空を通過した。晴天の昼日中だ、私の姿は街の人々に目撃され、騒ぎが始まっている。口々に私の方を指差したりしているようだ。
フライブルクじゃ日常茶飯事だったけど、この街の人達にしたら初見だろうから、さぞかし物珍しいだろうね。
「領主の塔はあれね、っと」
私は領主が軟禁されている塔に向かってまっしぐらに進んでいる。私が領主の元に向かっている事を感づかれて、彼を先に押さえられたらかなり厳しい。いくら何でも、任務に服しているだけの騎士達を張り飛ばす訳にはいかないし。この作戦のキモは、領主を無事に確保する事にあるのだ。
できれば安全に停止するために早めに減速をかけたいんだけど、一刻も早く到着するためにはそういう訳にはいかない。私はギリギリまで全速飛行を続ける事にした。
街の上空を飛んでいるうちに、いよいよ目指す塔が近づいてきた。そろそろ制動をかけないと、私自身が塔に激突してしまう!
「シルフィ、出ておいで! 私に向かって全力で風を吹き付けて!」
出現したシルフィが肯いた直後、これまでの自然な向かい風に倍する、嵐のような物凄い風がぶわっと吹き付けてきた。私は右手は杖を握ったまま、左手を挙げて外套を広げ、なるべく空気抵抗を受けるように仕向ける。
「こっのおおおおおおおっ!」
塔の白い壁がもの凄い勢いで迫ってくる。最大限に減速をかけているが、まだ十分に速度は落ちていない。
私は一気に杖を引き上げて身体を引き、両足を壁の方に向けた。
そして次の瞬間、どんっ、と両足を壁に打ち付けてなんとか停止する事ができた。怪我まではしてないと思うけど、結構な高さから飛び降りたような衝撃で凄く痛い。
「く~~~~っ!」
私が痛みに耐えているところで、すぐ側にある窓がガチャリと開けられた。
「凄い音がしましたよ。大丈夫ですか?」
領主の少年が、少しあきれた顔で私の方を見つめている。私は無言で笑みを浮かべながらサムアップで応え、そして地面の方に視線を向けた。
「……! …………!!」
上からでは何を言っているのか聞き取れないけど、兵士達がなにやら叫びながら塔に向かって殺到しているところだった。すぐにもこの部屋まで上がってきそうだ。足止めしないと!
私は部屋に飛び込むと、バリケードに使えそうな家具を物色した。よし、あのごつい本棚が良さそうだ。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
私は僅かに浮かせて移動しやすくした本棚を押して、扉の前に移動させた。浮遊を解除し、どしんと言う重厚な音を立てて本棚が着地する。
「さ、いくよ。ここに立って」
窓の方を向き、部屋の中央で二人、杖に跨がった格好になった。
そして私は自分自身と領主に向けて"浮遊"を唱えた。魔法の効果を得て、二人ともふわりと浮き上がる。
「腰でも掴んでてね」
「は、はい、失礼します」
領主の手がおずおずと私の腰に添えられた。
背後では、ドアノブをガチャガチャ回す音に引き続いて、扉に向かって体当たりするようなガンガン言う音が始まっていた。やれやれ、もうやって来たようだ。
私が口早に"重力子"を唱えると、推進力を得た私たちは窓に向かって前進を開始する。
「それじゃ、いっくよぉ!」
と、私は領主を連れて窓から飛び出していったのだった。
ちなみに、飛行速度は時速60km程度です。
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