29.当人に 聞くのが一番 突撃ね
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※ 連続投稿終了寸前ですが、今週は都合により投稿時間が一定しません
その日の夜。私は泊まっている部屋の天窓を、椅子に上って静かに開けた。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
そして浮遊の魔法によって、私はするすると上昇し、天窓を抜けていく。
天窓を通り抜ける寸前に、部屋に残る残り三人に向かって手を振ったところ、クリスだけは手を振り返してくれていた。
外から見られないように部屋の明かりは消しているから、夜目が利くクリスはともかく、他の二人には私の姿は見えてないみたい。ちなみに、私自身は事前に唱えた"夜目"の魔法の効果で、昼間のように見えているんだけどね。
空中に飛び上がった私は、鞄から愛用の杖を取りだし、それに跨がった。
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
なるべく小声で魔法を唱え、杖の目の前に生み出した重力子によって飛行を開始する。監視者の視界に入らない方向を選びつつ、緩やかに高度を上げていき、目的地である城館を目指していった。
今日は下弦の月。それなりに明るいとは言え、濃紺色の外套を羽織っている私を地上から確認する事はできないだろう。
私は飛びながら、マリアとクリスが昼間に得てきた情報に思いを馳せていた。
◇ ◇ ◇
マリアは正義を司る至高神の神殿に赴き、前領主の死についての情報を仕入れていた。
前領主は、近郊に馬車で外出した際に何者かの襲撃を受け、護衛の兵士共々死亡したらしい。重傷を負いながらも唯一生還した執事の証言によると、突然グレーターデーモンが襲ってきたと言うことだった。
確かに、被害者は"炎の息吹"などの高度な攻撃魔法と、武器による攻撃を受けており、その証言を裏付けていた。
ただ、近隣でそれ以前もそれ以降もグレーターデーモンの目撃情報はなく、それを呼び出せるようなハイレベルな術士の見当も付いていなかった。
従って捜査としては事実上頓挫しており、新たにグレーターデーモンが目撃されるまでは動きようが無い、との事だった。
余談だけど、この街の至高神神殿はマリアが言っていた通りに、それはもう立派なものだったらしく、彼女は身振り手振りを交えて興奮気味に語っていた。時間があれば見に行ってみようかな?
クリスはクリスで、この街の盗賊ギルドに挨拶に行っていたという。勿論、彼女は盗賊ではないんだけど、フライブルクの盗賊ギルドマスターの娘として、そして、自分で言うのも何だけど、"フライブルクの魔女"のパーティメンバーとして、一目置かれた扱いになっているんだそうだ。
そこで聞いた情報によると、前領主の殺害に関しては、盗賊ギルドは事件には関わっておらず、その犯人にも心当たりは無いとの事だった。
現領主の"誘拐"事件に関しても同様で、盗賊ギルドは手引きしていないし、犯人とされているメイドについても、盗賊ギルドとは全く縁が無い庶民だそうだ。
「正直、本当に誘拐だったのかどうか疑わしいが、領主かメイドのどちらかに聞かないと分からん。どの道、ウチはどちらでも構わんわけだし」
とは、この街の盗賊ギルドマスターの言葉。クリスはその流れで、領主とメイドの居場所に関する情報を仕入れてくれていた。
メイドは城館の地下牢で拘束されているとの事だったけど、流石の私も気付かれずに接触できる方法は思いつかなかった。
でも領主は、城館にある塔で軟禁されているんだと言う。これなら誰にも気付かれずに接触できそうだ。と、言う訳で、私は、領主に対して直撃取材を試みようと心に決めたのだった。
――なんて考えている間に、城館が近づいてきた。
「一番高い塔の、更に最上階の部屋、だったっけ」
私は重力子を操作して、目標となる部屋に近づいていった。別に戦時というわけでもないから、城館は暗闇の中ひっそりと佇んでいる。見回りの兵士の姿なども特に見えていない。
◇ ◇ ◇
その部屋の窓はなんと、高級品の窓ガラスがはめ込まれていた。もっとも、製造上の都合による歪みのため、中の様子をそのまま見る事はできない。ただ、光は通すから、部屋の中が薄ら明るい事は良く見えていた。
私は窓の目の前で停止し、静かに聞き耳を立ててみる。
「うん、よく分かんない」
盗賊じゃないからね。
窓は閉じられていて、中から掛け金が掛けられているようだ。割っちゃったら大きな音が出てしまうし、かと言って"静寂"を掛けてもらうためにシルフィーを呼び出したら、なにしろ輝く精霊なだけに、暗闇の中では無茶苦茶目立ってしまうだろう。
と、なれば。
「"マナよ、ここに閉じし錠を解き放つ力となれ"――解錠」
なるべく小さな声で魔法を唱えると、窓の中からカチャンと言う金属音が鳴った。私はゆっくりと窓を引いて、中の部屋を覗き見る。
そこは結構広い部屋で、壁際には大きな天蓋付きのベッドが備え付けられていた。脇の机の上にはオイルランプが置かれ、小さな光を放っている。
見たところ、少なくとも起きている人影は見当たらなかった。私は"浮遊"を操作し、ゆっくりと室内に降り立つ。ベッドの方を見ると、十歳前くらいの男の子が寝ている姿が目に映った。現領主の少年だ!
「領主さん?」
「ん……」
しばらくは目を覚まさなかった領主だったけど、ついに目を開いて私の顔を見た。そして驚きの余り、大きく目を見開いている。
私は人差し指を口の前に立てて、静かにするようにジェスチャーでお願いをした。とりあえず納得してくれたのか、大声を出すような事はしないでくれている。
ただ彼は、私に向かって囁きかけてきた。
「ボクを、殺しに来たのか?」
「まさか、とんでもない!」
今度は私は目を見開く番だった。
「わたしの名前はアニー。アニー・フェイ。フライブルクの魔女、と言った方が分かりやすいかな?」
自分から魔女なんて名乗りたくはないけど、とりあえず説明するには手っ取り早い。少年は少しの間考える素振りをした後、私に向かって起き上がる許可を求めてきた。
「起き上がっても?」
私が肯くと、彼は上半身を起こし、私に向かって仰々しく礼を行った。
「我が牢獄にようこそ。して、魔女殿が私にどのようなご用件ですか?」
小さいのにしっかりした受け答えだねぇ。さて、まず、"誘拐"の事について聞いてみるか。
「昼間の船の件だけど。あなたは王都なりに直訴に向かおうとしていた、と言う理解でいい、のかな?」
「仰るとおりです。あそこまで行けば間違いなく成功と確信していましたが、世の中、絶対はありませんね」
歳に見合わぬ表情で首を振る少年。まさか、転生者とか言うんじゃないだろうね? そんな存在がこの世界にあるのかどうか知らないけど。
「やっぱりそうかぁ……」
顔をしかめて頭を掻く私に、彼は小首を傾げている。
「魔女殿はそれを確認しに?」
「アニーでいいよ」
と言いながら、私は言葉を続ける。
「わたしの勘違いで人生変えちゃったわけだからね。せめてこの状況から抜け出せるように、フォローしに来たのよね」
私の言葉に、きょとんとした顔をする少年。
「それは……ありがとうございます。でも、どうやって?」
「実は、まだ思いついてない」
カクンと頭を傾ける私。少年は少し困った顔をしていた。
「頼りない領主代行も、どう見ても黒幕の執事も、違法行為はしてないよね? で、あれば、単純に殴るわけには行かないからね。それとも、君を連れて脱出しようか?」
「あれでも母ですので、殴っていただいては困ります。それに、巻き込んでしまったメイドのアマンダを残して、ボクだけ脱出する訳にはいきませんよ。――ふむ」
しばし苦笑した少年であったが、腕を組んで考え始めていた。なにやらぶつぶつと呟いている。
「母はあてにならない。あの執事は尻尾を見せていない。でも、ここでボクは切り札を手に入れた。陛下のお墨付きとその実力を生かせば……」
そして、ついに考えがまとまったらしく、少年は姿勢を改めて私の目をはっきりと見つめ、口を開いたのだった。
「では、アニーさま。一つお願いがあります」
窓ガラスはまだ庶民の手には届いていません。クラウン法によるものなので、直径10cm程度の円形が限界です。無職転生エンディングのロンデル窓がそれですね。
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