20.親分を 倒した後に アジトもね
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荷馬車の商人の護衛中、私たちは盗賊達の襲撃を受ける。しかし、私たちは彼らを一蹴し、残るは親分のみとなっていた。その親分は、顔をしかめて首を二三度振りながら、ゆっくりと腰の幅広剣を抜き放つ。
「この僅かな時間で、あっさりと全滅……か。訳が分からねえ」
「降伏勧告なんかしないからね。あんたはここで死になさい」
情報収集用の捕虜は確保しているし、連れて帰っても死罪は間違いないからね。
「じゃ、クリス、最後よろしく」
「ほいほい」
クリスは右手に持った短剣を一度振るって余計な血を落とすと、再び親分に向かって構え、攻撃の体勢を取った。
そしてじりじりと近づいていき、ボスの幅広剣の間合いに入る直前に、「しっ」と言う気合いの声と共に姿を消す。
「――流石に見せすぎなんだよおっ!」
クリスが跳ぶ方向を読んだのか、背後に向かって幅広剣を振り回す親分。流石に親分をやっているだけに、手下共よりは剣筋が鋭そうだ。
ぎいんっ!
出現したクリスの短剣と、親分の幅広剣が衝突し、火花を出しながらイヤな音を立てている。
「うわっちゃっちゃっ!」
クリスは弾かれた勢いのまま、軽くバックジャンプして距離を取る。
「ええ仕事するやん。これで、どうや?」
もう一度姿を消したクリス。親分は再び幅広剣を振り回すが――
「なっ!?」
クリスが姿を現したのは、親分の直上、つまり空中だった。
彼女自身は逆立ちした状態で出現し、そのままボスの頭を両手で突いて、倒立状態のまま一瞬静止する。そして次の瞬間、クリスは長い脚を大きく曲げて、音も無くボスの背後に降り立ったのだった。
「して、やられたか。ふん、見事なもんだ」
諦めたのか、抵抗せずに背後のクリスに向かってぽつりと呟く親分。
「おおきに。ほな――」
背中側から親分に密着したクリスは、左手を親分の喉に回すと、まさぐるようにゆっくりと撫で回している。
「さいなら」
そう告げた瞬間、右手の短剣で親分の喉笛は切り裂かれたのだった。
◇ ◇ ◇
ま、そんな感じで、クリスによる八面六臂の大活躍だったんだけど……
「こう、ばーっと跳んでな? 後ろに回ってずばばーって感じに、うちが全員倒して回ったわけなんよね。最後の親分だけは、まあ、ちーっとばかり手強かったけど、それでも、びゅん、ひょい、ざくーって感じで」
クリスの説明だとこんな風になってしまっていた。聴衆の皆は、状況が理解できずに頭を抱えてしまっている。
「流石のツッコミ君も、これにはツッコミようがないようね!」
「いやいやいやいや、ツッコもうにも、何が何だかサッパリわからんぞ。ばーっと跳んで、後ろに回る? そんなのあり得るのか?」
いつの間にやらこちらを向いていたエリック君に水を向けてみたが、流石に頭を抱えたままだった。
と、しばし考え込んでいたルディさんが、ようやく顔を上げた。
「クリスティン君が言っているのは、マナを使った"技"の事かな?」
ルディさんの発言に、観客の反応は分かれていた。若手は首をひねったままなのに対し、中堅以上の、特に戦士系の人達は驚きの顔を見せている。
「流派によって奥義とか秘技とか色々言われているが、剣技を極めたその先を目指した時に、自らのマナを使用して肉体の限界を突破する技が存在する。クリスティン君はその域に至っていると言うことなのか」
「いやまあ、剣技って言う意味でしたら、うちはまだまだナンですけどね。でもまぁ、"技"に関しては師匠が身近にいたもんで」
流石に、苦笑して頭を掻くクリス。あ、ちなみに、マナを使った"技"の師匠役は私だったりする。護身用に習っていた武術の方で、弱い体力を補うのと、無駄に多いマナを有効利用するために先行して教えて貰ったのを、更に皆に伝授したって感じかな。
「それにしても……結構消費量は大きいから、普通は3~4回も使ったらマナ切れに陥るものだが、大した物だな」
「あははははははは……」
再び、笑って誤魔化すクリス。実はこれも裏技を使ってしまっている。確かにルディさんが言う通り、どちらかと言えばマナ容量は少ない方に入るクリスの場合、この技が使えるのは2回か、頑張っても3回止まりだ。今回はその上限を突破してみるテストを行ったのだ。使用したのは、マナトランスファーとマナレシーバーと言う二つの魔導具。マナトランスファーを装備した私から、マナレシーバーを装備したクリスにマナを送り込み、彼女の上限を超えた機動を可能にしたというわけだ。
ま、そんな話をルディさんにだけならともかく、不特定多数にわざわざ打ち明けたりはしないけどね。とりあえず、話を変えてしまおう。
「ともあれ、襲いかかってきた盗賊どもは、これで一掃する事ができました」
「そういえば、一人残したんだったな?」
「ええ、逃してやる事を条件に、アジトの場所を聞き出して、ついでに留守居役を騙して奇襲する手伝いをして貰いました」
私の返答に、ルディさんは少し意外そうな顔を見せた。
「逃がした、のかね?」
「アジトが奇襲で無く強襲になったとして、捕虜を人質として持ち出されると厄介ですからね。盗賊一人を野に放つのもシャクですが、仕方ないでしょう」
悪党との約束は守る必要ないと言う考え方もあるけど、流石に自分から言い出した約束は、ね。
「私たちを捕虜としてアジトに連れて行き、本隊はまだ街道で見張ってるって体にしました。ま、居残りはたったの2人だったので、すぐ片付きましたけど。捕虜も無事でしたし」
「そうか。まあ、捕虜が無事だったのは良かった。――それにしても、見事なもんだな。しっかりアジトからの荷物奪還と捕虜解放までやってのけるとは」
笑みを浮かべながら誉めてくれているルディさんに、私は肩をすくめて返しておく。
「依頼人さんが寄り道を快諾してくれたからですよ」
私たちの依頼は、商人を護衛する事だから、アジト襲撃は越権行為だ。でも、捕まえた盗賊によると、他に馬車や荷馬車が拿捕されていて、捕虜や物資がアジトに残っているとの事だったので、私たちの進言でアジトも襲撃する事を決めたのだった。
『私はまだ無名の商人ですからね。こうやって他の商人に名が売れると、今後の商売もやりやすくなるって物ですから』
とまあ、こんな感じでお互いの利益が一致したため、今回の依頼はオマケも含めて大成功に終わったのだった。
◇ ◇ ◇
なお、今回使った、魔導具を使用してクリスのマナの上限を破らせる方法については、二つの理由から、緊急時のみに限る事になった。
無制限なマナ使用に慣れてしまうと、この魔導具が使えない時にうっかり同じ事をやったらマナ不足でぶっ倒れてしまう事が一つ。
そしてこの"技"は、使ったら使った分だけ、肉体に負担が掛かってしまう事がもう一つの理由だった。
つまり、結局クリスは、その日の晩から極度の筋肉痛で丸一日ベッドの上から動けなくなっちゃった、と言う訳で。
「あかぁん、あちこち痛くて動かれへん……マリやん、魔法で治してくれへん?」
「筋肉痛は、筋肉が成長する為に必要なものですから! 治しちゃったら筋肉が喜びませんよ、勿体ない!」
「まあ、ご飯は酒場から持って来てあげるから、今日は諦めて寝てなさいな」
「そんな殺生なぁ!? シャイラはん、何とかならへん!?」
クリスの悲鳴に、シャイラさんはしれっと返事をする。マリアほどじゃないけど、シャイラさんも充分脳筋なんだよねぇ。
「うむ、我が師匠秘伝の湿布を張ってあげよう。これで明日にはスッキリさ」
「うう、遊びに行きたかったのに……」
ま、その湿布のお陰か、クリスは翌日には普通に動けるようになりましたとさ。
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