18.強敵も 二の太刀要らずは 乙女の誉れ
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荷馬車の商人さんの護衛中、私たちはDランク上位のモンスター、ブリッジトロルに遭遇していた。マリアとクリスは依頼人についていてもらい、私とシャイラさんの二人でトロルが陣取っている橋に歩みを進めていた。
「Ποιος είσαι?」
私たちを見つけたトロルは、首を傾げながら、たどたどしい声でこちらに声を掛けて来た。
「そこの狼藉者よ! おとなしく道を空ければよし。さもなくば斬って捨てる!」
私の前に立ったシャイラさんは、それに対して鋭い口調で言い放つ。うーん、確かトロルは巨人語を喋っていたと思うけど、あいにく私は習得していないから、何を喋っているかさっぱり分からない。
「Αν με επιτεθείς、θα σε σκοτώσω」
トロルの方も、こちらの言葉は理解していないと思うけど、シャイラさんの語気から敵対しようとしているのは理解したようだ。私たちに向かってなにやら口にすると、わずかに腰をかがめて臨戦態勢に移ったようだった。
「我が名はシャイラ・シャンカー。推して参る!」
それに応じてシャイラさんは、しゃらりと涼やかな音を立てて腰の刀を抜き放つ。陽光に照らされた刀身は、濡れたような光を放っていた。そして彼女は、両手で構えた刀を斜めに構えながら、最初はゆっくりと、次第に加速をつけながらトロルに向かって突進していった。
「"マナよ、全てを灼く酸の雲となりて我が前に現れよ"――」
私はその背中を視界に捕らえながら、小声で魔法の詠唱を開始しておく。
「はあああああああっ!」
トロルまであと10mほどまで近づいたとき。シャイラさんは気合いの声と共に、体が反り返らんばかりに刀を振り上げたかと思うと、最後の踏み切りを自らのマナの力で一気に加速して、跳躍していった。
トロルは両手の長い爪でシャイラさんを切り裂こうと振り回すが――次の瞬間、跳躍を終えたシャイラさんは、トロルの目前で着地し、膝をついた姿勢で静止していた。彼女の刀もまた、地面まで切り裂かんばかりに完全に振り切られている。
トロルの方を見ると、シャイラさんを目の前にして、両手を上に振り上げた姿勢で固まってしまっていた。
そしてシャイラさんは、トロルには目もくれずにゆっくりと立ち上がると、私たちの方に振り向いた。
「お、おい、トロルは後ろだぞ!?」
角から顔を出しながら声を掛けてきているおっさん戦士には気にも留めず、一度、刀を払った後に、ゆっくりと鞘に納めていく。
最後に、カチンと刀が完全に鞘に収まると、それを合図のように、トロルの上半身はずるりと斜めに滑り始め、そのまま地面に落ちていった。下半身の方は、遅ればせながら血を吹き出しつつ、そのままゆっくりと倒れ伏していく。
「ば、馬鹿な……一撃で!?」
呆然と呟いたおっさんは、はっと気がついたかのように慌てて私に向かって声を張り上げた。
「いかん! 早く焼かんと、こいつは回復してしまうぞ!」
そう、トロルは馬鹿みたいな回復能力を持っていて、火で焼くか、酸で灼かない限り、どんなに手ひどいダメージを受けても修復してしまうのだ。なので、私は準備しておいた魔法を成立させる。
「分かってますよぉ。 ――酸の雲!」
次の瞬間、トロルを中心に乳白色の強酸性の雲がわき起こった。そしてそれは、しばらく揺蕩った後、自然の風で吹き散らかされていく。遺されたトロルを見ると、酸によって焼けただれており、もはや完全に息絶えたようだった。
「はい、これで大丈夫。ミッションコンプリート!」
私は軽い口調で告げると、歩み寄ってきたシャイラさんとハイタッチを交わし、晴れた初夏の空にパシンといい音を響き渡らせたのだった。
◇ ◇ ◇
「ま、そんな感じで、トロルを倒したわけです。その後、冒険者やら商人さんやらに名前やら所属やらを聞かれて大変でしたけど。ともあれ、イレルダじゃ、予定外のトロル討伐報酬も貰っちゃったし、ハッピーハッピーですね!」
と、そこまで喋ったところで、私はツッコミくんの方に視線をやった。
「今回はツッコミなしですか?」
「な……っ! い、いや、目撃者もいて討伐報酬も貰ったと言うことなら、疑う余地はないだろ!?」
ツッコミくんは私の逆ツッコミに一瞬驚いた顔を見せたが、口を尖らせて文句を言うと、そのままぷいとテーブルの方に向き直ってしまった。
うーん、それはそれで、いじりがいがなくて、つまんないな。
仕方ないからルディさんの方を見ると、丁度、シャイラさんに話しかけているところだった。
「トロルを一刀両断とは、驚いたな。見事な物だ」
「お褒めにあずかり、恐縮です。ただ、これは、私の力だけではなく、師匠より頂いたこの刀があってこそ」
軽く頭を下げてから、腰の鞘をぽんと叩くシャイラさん。
「ふむ。――見せて貰って良いか?」
「どうぞ」
シャイラさんから鞘ごと刀を受け取ったルディさんは、
「ほう、極東の島国、ヒノモトの刀か」
ぽつりと呟きながら、鯉口を切った後に、僅かに刀を抜き、鋭いまなざしでその刃文を確認する。
「ふむ……これは……いや、まさか」
かちゃりと刀を鞘に戻した後、鋭いまなざしは崩さずに、シャイラさんに低い声で問う。
「この刀の銘は知っているかね?」
「確か、村正、とか」
「やはり、な。ヒノモトでは天下の名刀と名高いと聞く。シャイラ君であれば、よもや疎かに扱う事はないと思うが、大事にするといい」
ルディさんは、シャイラさんに刀を返しながら、ようやく頬を緩めている。
「流派もヒノモトの物を?」
「私は元々別流派でしたが、師匠よりヒノモトのジゲン流を教わりました」
「なるほど、ヒノモトの剣術にヒノモトの名刀か。さすがに今日ここで、と言う訳にはいかんが、ぜひ一度、手合わせしてみたいものだな」
ルディさんの唐突な申し出に、シャイラさんは一瞬目を見開いたが、すぐに微笑みを浮かべて返答した。
「私と……ですか? 私でお相手が勤まるか分かりかねますが……ぜひ、いずれ」
「ああ、楽しみにしておこう」
快諾したシャイラさんを見て、ふと周りの冒険者達の反応を見てみると、やはり彼女に視線が集中している。
「おいおい、あの女の子、ルディさんに認められたぞ?」
「手合わせしてみたいとまで言わせるとは、驚いたな」
「お前がルディさんと手合わせするチャンスがあったらどうする?」
「無理無理、一刀で斬り伏せられるよ」
王様も、冒険者時代は剣豪で知られていた人物だし、よほど剣術が好きなんだろうね。シャイラさんも、久しぶりに格上と手合わせできる機会ができたようで、また成長できるかも。
――でも、どこでやるんだろう? 王城で、王様状態のルディさんと一介の冒険者が手合わせ、なんてのはあり得ないよねぇ?
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