12.おっさんよ この紹介状が 目に入らぬか
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不死の王、ヴィルヘルム・フォン・ホーエンハイムの情報を探るべく、魔術師ギルドを訪れた私。事務室のイヤミなおっさんに対して、こんな事もあろうかと用意していた紹介状を、カウンターの上にびしりと置いたのだった。
「紹介状を用意してきました」
再び私の方に視線を上げたおっさんは、カウンターの上の紹介状をつまみ、つまらなさそうに眺めながらぷらぷらと差し上げる。
「紹介状? ここは国家機密級の魔法を扱う最先端研究施設なんだがね」
うん、まあ、そうだろうね。だからこそ私はあの人にお願いしたわけで。
「その辺の貴族や商人どもの紹介状なんぞ通用――」
おっさんは何気ない様子で裏面の署名者を確認し、そこでぴしりと固まった。
「な、こ、これは……」
ようやくこちらのターンが回ってきたようだ。私は挑発的に腕を組んで下目遣いにおっさんを見下ろした。
「これなら不足はありませんね?」
おっさんはバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。
「は、そ、それはもう! 大変失礼いたしました!」
そして、突然の大声に驚いている事務の女の子に鋭い声で指示を出した。
「きみ、学長室にこれを! 紹介状を携えたお嬢様がお見えになられたとお伝えするように。大至急だぞ!」
「は、はい!」
女の子はおっさんから紹介状を受け取ると、裏口を抜けて駆けだしていった。
◇ ◇ ◇
「ただいま学長に連絡を取っております。こちらでお待ちになりますか?」
突然、丁寧な言動になったおっさんは、事務室の中の応接用ソファーを指して私に声を掛けてきた。
「いえ、結構。こちらで待たせて貰います」
私はおっさんには構わず、売店の方に歩を進めていった。まあ、こんな感じで手の平をくるっくる回すような人は、故郷のフライブルクにも結構いたしね。そんなのに目くじら立てても仕方ないし、わざわざ告げ口して恨みを買ってもしょうもない。
「い、いらっしゃいませ」
売店には、平服を着た二十歳前くらいの女の子が立っていた。もしかしたら、ギルドの学生のバイトなのかも? 私とおっさんのやりとりを見ていたようで、かなり固い表情で出迎えてきた。まあ、どこのお偉いさんの関係者だか分かんないようなお客さんが来たら、扱いづらいだろうなぁ。
「時間つぶしの冷やかしだけだから、気にしないでねー」
「は、はぁ」
笑みを浮かべながら店員さんに向けて軽く手を振ってから、私は売られているものを眺め始めた。
「ふう~ん、なあるほど……」
店内で売られている品物は、大きく分けて三種類に別れているようだった。
一つはギルドで学んだり研究している学生や講師、研究者用の、筆記用具に実験材料の類。もう一つは観光客用と思われる、ちょっとした小物などの記念品。「王都魔術師ギルド」と彫られた木製のペン立てとかも置かれている。
そして最後は、冒険者用の魔法の道具類だ。魔法のスクロールに水薬に始まり、果ては魔法が付与された武具なども置いてあるようだ。もっとも、武具類は値段もかなり張るものばかりだから、店頭にはお品書きしか見せていないようだけどね。
「お待たせしました!」
おっと、学長室に向かっていた女の子が、息せき切って帰って来たようだ。私は売店での時間つぶしを中止して、再び受付の方に戻っていく。
「お嬢様、学長がお会いになるそうです。すぐにご案内致します」
揉み手をしそうな勢いでおっさんが出てきたが、私はぴしゃりと撥ねつける。
「いえ結構。あなたには受付の仕事があるでしょう? そちらの方で結構ですよ」
「は……はい。それでは、君。お嬢様を学長室に案内したまえ。くれぐれも失礼の無いように」
「そ、それでは、こちらへどうぞ」
私は事務室の女の子に先導されて、ゲートを抜けて外に出て行ったのだった。
◇ ◇ ◇
建物の外に出ると、そこは中庭のようになっていた。中心部にある大きめの建物、それがギルドの本体なんだろう。そちらに向かって真っ直ぐに舗装された道が延びている。
ちなみにそこに至る道筋には、寮らしき建物も見えていた。確か全寮制だもんね。セキュリティ上も、人の出入りは少ない方が安全だろうし。
外にすぐ出たところで、事務所の女の子は、私になにやら差し出してきた。
「お嬢様、申し訳ありませんが、こちらを身につけていただけるでしょうか?」
首からさげられる程度の長さの細い紐がつけられた、手の平の半分くらいの大きさの金属製のプレートだ。見ると魔晶石と共に魔法陣が刻み込まれていて、なにやら魔導具のように見える。
「これは?」
「ゲストカードです。事務室に戻ってこられるまでは、外さないようにお願いいたします。警備装置が作動してしまいますので」
まあ、大事な物がてんこ盛りだろうから、当然の措置かな。領主館でも似たような設備は有ったかなぁ。もっともウチの場合は、カードの有無ではなくて、家族か、そうでないかで識別していたけど。
「ありがとう。あ、それから……」
受け取ったカードを首から提げると、私は事務所の女の子に顔を向けた。
「一つだけ。紹介状はまあ、本物なんだけど、私自身は単なる冒険者に過ぎないから、そんなに緊張する必要はないですよ?」
そして、肩をすくめながら言葉を続ける。
「少なくとも、お嬢様じゃないから、それだけは勘弁してね。――そうね、アニーでいいよ」
不躾なおっさんにカチンと来たから紹介状を叩きつけただけで、普通のお姉さんから丁重な扱いを受けてしまうと、居心地が悪くて仕方ないからね。誤解は解いておこう。
「あ、はい、承知しました。アニー様、それではこちらですので」
少し堅さが抜けた女の子の後をついて、私はギルドの建物に向かっていったのだった。
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