近代以降における獣人種観の変遷と現代における課題 ー主に『運命の番』によるー
処女作です。
さて、本日は『近代以降の獣人種観の変遷と現代における課題』ということで講演を行うわけですが、まず最初に、それ以前の獣人についてざっと語りたいと思います。
中世においてその強力な身体能力や独自の文化などから、神の敵、悪魔の手先とされることもあった獣人種ですが、戦士としての優秀さもあり、実際には国で重用され、貴族となった者も多数いました。さらに、宗教改革により偏見が少なくなると、獣人種の国王も出て来るようになりました。こうした動きは創作の世界でも同様で、獣人種の貴族、中でも騎士を主人公とした物語は数多く創られました。そしてその物語の中では、彼らの言う『運命の番』はまさしく運命の恋として美しく語られるものでした。
こうして理想化された獣人種と『運命の番』、そのイメージは、近代に入り大きく変化していくことになります。
そのきっかけは一編の小説でした。その主人公となるのは、とある街で幼い頃から共に育ってきた一組の男女です。彼らは相思相愛で結婚も間近でした。ところが、とある獣人種の貴族が突然その片割れの女性を『運命の番』として奪い去ってしまいます。こうして引き離された彼等ですが、それでも諦めずに思い合い、二十年の時を経て獣人種の手から逃がれ結ばれることになります。
実際の人物達をモデルにしたこの小説は当時のベストセラーとなりました。もちろんこのような出来事はこれ以前にもありましたし、それが語られることもありました。けれども近代より前の時代では、それをおおっぴらに批判することは不可能でした。ですが、この小説が出版される頃になると、人権の尊重が語られるようになってきました。そして、折からの革命の空気もあり、一方的に恋人を奪っていく獣人種に、横暴な貴族のイメージが重なり大きく話題となったのです。
こうして、獣人種と『運命の番』のイメージは悪化していきました。なにしろ、『運命の番』の『運命』として美化されていた生涯その相手だけを愛し続けるという一途さも、その為なら相手の気持ちも無視してでもという悪質さがあるということが周知の事実になったのです。
さらに時代が経つと『運命の番』のイメージはますます悪くなりました。それは一生愛し続けるのはあくまで『運命の番』であって最初に愛した相手ではないという事実から来たものでした。
自ら決めた相手を愛し、自らの幸せよりも相手の幸せを選ぶ事のできる普人種に対して、他に愛する相手がいても『運命の番』と出会ってしまえばそれまでの相手を捨ててしまい、相手の心を無視しても『運命の番』を手に入れなければおかしくなってしまう獣人種。さらに、かつては他人種に優越したその身体能力も、兵器の進化によりその意味が薄くなっていきました。そしてついには、獣人種は自らの本能に支配されて理性を捨ててしまう劣等種として、差別、排除の対象となってしまいました。その結果、獣人種は百年程の間に大きく人数を減らすことになったのです。
次に獣人種に対する認識が大きく変わったのは、大分現代に近づいた頃でした。それはある医学者の研究によるものでした。その医学者は貧しい家に生まれ、当時地位の低かった獣人種と子供の頃から親しくしていました。
そして、その獣人種たちの中に一人の優れた人物がいました。彼は、被差別階級の出身でありながら偏見にも負けず、独学で勉強を行い、ついには博士号を取ったほどの人物でした。穏やかで理知的、妻にも恵まれ円満な家庭を築いて来た彼でしたが、ある時『運命の番』と出会ってしまいました。ですが、彼は驚くべき精神力で『運命の番』への思いを抑えて今まで通りの生活を送っていきました。しかし、それは彼の心身に大きな負担をかけるものでした。彼はみるみる憔悴していき、一年も経たずに亡くなりました。
この出来事が、医学者に影響を与えました。その医学者から見て、その獣人種はとても、それこそ人類全体からみても上位だと思えるような優れた人物でした。獣人種だから本能に勝てないのではない。彼が耐えられないのであれば、他のどんな人物でも耐えられない。これはそういう状態なのだと、その医学者は考えたのです。
彼はそれから研究を続け、『運命の番』とは、個人の理性の強さとは関係がない、獣人種における病気なのだと結論づけました。そして、その治療に生涯を捧げました。
現代では、この『運命の番』は病気である。そして獣人種はこの病気に罹る可能性があるだけで、きちんと理性を持った人類の一人種であるという考え方が一般的になっています。また、『運命の番』に関しても、まだ根本的な治療はできないものの、緩和薬を服薬し続けることで、強い執着を無くし単なる好感程度に抑えられるようになっています。
ですが、そのせいもあってか最近では、『運命の番』を単なる個性としてあまく見る方も現れてきています。
ですので、はっきり言いますが『運命の番』はそのようなあまいものではありません。緩和薬の服用が無ければ傷害や誘拐監禁、殺人事件が起こってもおかしくないものなのです。ですから、緩和薬は絶対に必要ですし、更には根本的な治療を達成する為の研究が必要なのです。そしてその為に皆様のご厚意をも求めております。私達は、獣人種の為、これからも世間の理解を求め、このことを訴えていく所存です。
本日は、獣人種問題の講演に来ていただき、誠にありがとうございました。
なお、寄附金の受付は、この後玄関ロビーにて行います。どうぞ宜しくお願いいたします。
亜人種保護協会
『運命の番』ものを見て、あまりにも簡単にその存在が肯定されるのに立腹して書いた、はずだったのに、書き出しが難しくて講演ということにしたらよくわからないものに。