(解答編)だって今傍に居るのは
「――ふぅん」
私が事件の概要を語り終えたとき、お姉さんはなんだか不機嫌だった。こちらに背を向けて寝転がりながら、私が持ってきた紙でできた伸びる剣で遊んでいる。
「あのお姉さん、この謎何点?」
「うん」
ぴしゅる、と伸ばされた剣が、自重に耐え切れずに情けなく折れ曲がる。お姉さんはそれを丁寧に直すと、再び遊び始めた。大して楽しくなさそうに。
「浴衣似合ってるね。可愛いよ」
「ああうん、ありがと……」
「でもそれを見せるために来てくれた訳じゃないんだね」
「……あっ」
ま、まさか拗ねてる? 拗ねてるのかこの人? 大人のくせして……。
「それだったらね、1点でいいよ――従順な謎解きマシーンが教えてあげる」
「うわぁ……」
あまりに卑屈な態度を取られて、正直言うと若干引いた。けど、これは私も悪いかなとも思い直す。思い返してみれば、お姉さんは私の浴衣姿を大層楽しみにしていたのだ。買ってあげるねとか言ってたし、なんなら部屋のすみっこに京都の呉服屋から届いた箱が置いてある。ちょっと怖くて話題に出せないけど、たぶん私にぴったり合うサイズの何かだ。
「いやね、私と君は、謎解きのみで結びついていることが本当は正しいとは思ってるんだ。君が私といちゃいちゃしたい為に謎を持ち込むようになったら、そこで何かが崩れてしまう。けどね、私にも心があるということも、忘れないでいてほしいな。悪いお姉さんだって海が見たいし人を愛したいんだよ」
「な、なんかごめんね……?」
さてどうなだめようかと戸惑いつつも、私はなんだか嬉しくなっていた。それはきっとお姉さんの新しい一面を知れたから――そう考えて、あれ、と思う。
私ついさっき、お姉さんについて深く知ることを嫌がってた。
真反対なことを思っていたと思い出す、自己矛盾なさかさまデジャヴ。けど、お姉さんについて知りたいと思うのも知りたくないと思うのも、私の中で両立していた。
ただ、今は自分の心を精査するより目の前のお姉さんをなんとかすべきだ。このままじゃ謎解きしてくれそうにないし、そうでなくても可哀想だから。
ええと……。
「じゃあ正直なこと言うね。……私、お姉さんに浴衣見てもらいたかったよ。じゃなかったらさ、わざわざ夏祭り抜け出さないで、明日改めて来ればよかったじゃん」
「……ふむ」
「浴衣、明日には窓子ちゃんのとこに返さないといけないし。写真撮って見せてあげることもできたけど、やっぱ生で見たいかなって」
「……なるほどね」
お姉さんの口元に、余裕ありげな薄暗い笑みが戻ってきた。机の上に頬杖をついて、こちらの顔をじっと見てくる。
「それが本心かどうかはさておいて、随分と悪い台詞が言えるようになったじゃないか。いいよ、さっき言ったように1点で教えてあげよう。貯金分から払えるね、ラッキーだったね」
お姉さんはここでスマホを取り出して、一瞬だけ見て閉じた。視線の動きからして時間を確認したのかもしれない。基本的に私の家には門限が無いけど、だからといって遅すぎるのも危険だ。お姉さんは少しだけ早口になる。
「さて。まずはクジのラインナップを見直そうか。特等がゲーム機で一等がカセット、二等プラモ三等高級そば四等そうめん五等入浴剤……六等七等がグレードの違うお菓子で、八等が粗悪なおもちゃ。このうち三等以上を当てたらそれ以降引くことは許されず、三、四、五等が出やすいと」
「うん」
「ハズレ枠が出にくいことでお得感はあるけれど――四等と五等は、商品内容にはよるものの、100円で売れば赤字にはならない代物だ。まあそうめんの方は客目線、大抵の店で買うより安上がりにはなるけどね。一方、入浴剤は市販のものを買ったほうが安くつく。五等までくると十分ハズレ枠に入る訳だ」
スマホの画面を手早く操作するお姉さん。表示される商品の値段を個数で割ると、たしかに100円を割っている。けれど、別にぼったくりという訳じゃない。そして何より……。
「これ、三等以上が普通に出るのが一番の謎じゃない? そこからは絶対100円じゃ仕入れられないと思うんだけど」
「特等は出ていない。そして一位二位は、中古だろうね」
ぴしゅる、と、伸ばされた紙の剣が私の頬をかすめる。
「プラモは型落ちのものでも気付かれにくい。ゲームカセットについては、君がキリ――誰かと思ったら、なるほど、苗字から取っていただけか――に会う前のことを思い出してほしい。『マジニン』を当てたケイトちゃんは、中身も確認せず大喜びしていた。そして君に指摘され、その場でケースをぱかっと開けていた。
重要なのは、ケースのラッピングを剥がす工程が無かったということ。新品ならあるはずのものだね。どこかから安く買い叩いたか、あるいは自分が遊び終えたものを景品にしたか――ほかのカセットも同様に、安く仕入れたものを使っているはずだ」
「いくら安く仕入れても赤字でしょ」
「けれど宣伝にはなる」
私の疑問に重ね掛けるように、お姉さんは短く言い放つ。
「一等と二等を当てる人間はね、店主によって選定されていたんだよ」
「? どうやって」
「方法はいくらでもある」
けど、と言って、お姉さんは自分の手首を指し示した。やけに細いから見ていて不安になってくる。
「君が最後に見たという、手首に貼りついたクジ――これがタネだろう。手首に当たりクジを貼り付けておき、任意の客がクジを引いたら、それを店主自らが開く……振りをして手首のものとすり替える。ハズレを故意に大当たりにするイカサマという訳だ。
滑らかな手つきで行えばまずバレない。そもそも疑われないからね。店主が開いたクジがハズレなら難癖つけたくなることはあっても、一等二等を引いたのならば文句の言いようがない」
「だってお店にメリットがないもん」
「あるよ。拡声器になる」
ほっぺの前で両手を立てて、「やっほー」の形を作りながら言う。それがなんだか似合ってなさすぎて、逆に可愛かった。
「ケイトちゃんもプラモを当てた男の子も、自分がいいものを引いたことを喧伝して回っていたね。そういう“当たる”アピールは、他の客の心象を良くするんだよ。ましてクジ引きは、他のテキ屋と比べてゲーム性が低い。まともにやったら射的やスマートボールには敵わないだろうね」
たしかに、クジ引きの人気が出てからも他のテキ屋にも人は居た。そしてクジ引きの繁盛理由に、ケイトちゃんたちが騒いだことが貢献していることも確かだろう。
確かでは、あるけど……
「なんか、結局赤字というか……そうじゃなくても大して儲けがなさそう。おそばだって中古を買うこともできないし」
「それ」
お姉さんが、小首をかしげた私の顔をぴしっと指さす。
「最大の鍵となるのはね、三等の“高級そば”だ」
「……え?」
「考えてみれば、クジ引きの商品として蕎麦は少し浮いている。四等にそうめんがあるおかげで、麺類の序列のようなものができ、違和感は幾分か薄れているけどね。それに思い出してほしいのは、クジ引きのルール――
※三等以上を当てたらもう引いちゃだめ
だ。一等、二等を操作しているという仮説が正しければ、これは実際のところ、三等が出たら終了ということになる。君が写真に撮ってきた表を見ると、三等までは
『\三等/』というように強調されているね。特別感の演出だ。じゃあ――もしこの三等が、店主にとって格安で入手でき、それを売ることでメリットになるものだったとしたら?」
お姉さんは机の上に手を伸ばした。そこに在るのは、入浴剤、そして高級そば。さっき遊んでた伸びる紙の剣――八等と併せて、私がクジで引いたものだ。
思えば見慣れない銘柄のそば。その包装を開けると、中のそばは薄い紙によってさらに保護されていた。そして一緒に入っている、なにやら折り畳まれた、紙……。
私がそれを開くと、書いてあったのは見慣れた地域の地図だった。小学校近辺だ。星マークで示されたのは一件のそば屋さん、そして脇に書かれている出前用の電話番号。
「クジ屋の店主は、昼頃にケイトちゃんに学校の外で視認されている。フンダモーターというのは地方における自転車の呼び名だ。……分かるね? 彼女は蕎麦屋の出前をしていたんだよ。そしてクジの三等に置かれた蕎麦は――自分の店の蕎麦を売り込むための試供品だった、という訳だ」
景品としては不自然なそば。当たりまくる特別枠の三等。それが格安で入手でき、かつ自身の店の売り上げに貢献するものであれば、箱の中に三等のクジを増やすメリットに繋がる。
流れを聴いているぶんには、納得のいく推理ではあった。けど……。
「ねぇ」
もう謎解きは終わりだというように寝転がるお姉さんに私は詰め寄る。
「キリさんの事については何も言わないの」
「……というと?」
「当たりやすいクジ引き屋の謎を謎として提示してきたのはキリさん。ケイトちゃんに質問して、自分が昼頃に自転車に乗っていたと言わせたのもキリさん。思えば最後に手首にクジを貼り付けていたのだって、イカサマを疑う理由を作ってたように見える。この謎って――解かれたがってるように見えるの」
お姉さんがキリさんの言葉なしに真相に辿り着けていたかどうかは分からないけど、その行動には故意のヒントが多すぎる。謎解きの導線を仕掛け人自らが引いている。それはなぜ? そう、例えば――
「例えばキリさんは、この謎でお姉さんを楽しませたかったとか、自分を気にかけてほしかったとか、そういう理由で謎解きの手がかりを提示してきたんじゃないかって……」
「私がこの謎をきっかけにあの子との交流を再開したら――君は嬉しいのかい?」
意地悪な笑みだった。これから私が発する言葉が、自分の欲を満たすことを分かり切っているみたいな笑みだ。かといってひねくれた事は言えなかった。ここでささやかな反抗をするくらいなら、しっかりクギを刺しておきたい。
「絶対やだ。私がいいっていうとき以外、昔の女の話もしないで」
「……はぁい」
「おそばの出前も取らないでね」
「はいはい」
私はお姉さんの彼女じゃないけど、ひとりじめはしてやりたい。過去も本性も、知りたいと思えるとこだけ知りたい。わがままだろうか? それでいいと思う。
お姉さんはたぶん、そういう私が可愛いから。
(続く)




