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5.おもちゃで遊んだよ

 午後、八時。私が家に到着する時間である。いえね、本当は五時が定時。でも、残業や何やらで帰るのは七時過ぎになるのがいつも。二十分程度とは言え暗い夜道を若い女性が徒歩で通勤するのは危険。もっと早い時間に帰りたい。


「シッポちゃん、たーだいまー」


 玄関の扉を開いて、シッポちゃんに声をかける。けれども、ニャア。って反応はない。代わりにケージの前でしゃがんでいた父親が振り向いた。手には私がペットショップで買ったおもちゃがある。


「こ、これは、だな」

「勝手にシッポちゃんで遊ばないでよ」

「い、いや、遊んでない」

「もう」


 文句を言ってから自分の部屋に戻る。部屋着であるジャージを着て戻ると、父親がシッポちゃんをじーっと見ていた。


「起きてる?」

「ああ、起きとるよ。結構元気になったんじゃないか?」

「昨日、点滴を打った後はまだぐったりとしていたから、一日かかったのかな」

「午前中は動いとったけどな。まあ、ケージの中をウロウロしていただけだが」

「退屈してるんじゃない? 狭いから。外出してあげよ。って、その前に体拭かなきゃ。手伝ってね」

「ああ」

「ウェットティッシュ取ってきて」

「はいはい。母さん、ウェットティッシュ何処だ?」


 父親がリビングの方に移動していくのを見ながら、猫グッズを見ていて気づく。昨日ペットショップでシャンプータオルも買っていたことに。


 私はシャンプータオルを一枚取り出してからケージを開ける。鳴き声もなく出てきたシッポちゃんは、やはり甘えた様子。私は嫌がったり抵抗されたりするかとも思うものの、シャンプータオルで背中を拭く。頭を撫でると、とても嬉しそう。今までそうされていたのが慣れていたかのように。


「気持ちいいのかな」


 シッポちゃんに声をかけながら全身を拭く。すると、しゃがみこんでいた私の足にまとわりつく。


「ちょっと遊んで見る?」


 ネズミの模型が付いた紐付きのおもちゃを掴んで立ち上がる。ゆらりゆらりと動かすと、凄く興味を示した。だから、猫が興味を持つような動きを見せると、シッポちゃんはネズミを追いかけ始める。元気な猫ほどではない。でも、手を動かす速度は流石に猫。完璧に避けたはずのネズミをしっかりと捕まえる。


 やはり、メス猫だからおもちゃへの反応が良いのだろうか。ネットでは、オスの方が好奇心があって遊ぶ。とも書かれていたが、前の猫は雌の方が遊んでくれていた。


 それとも個体差なのだろうか。おもちゃの動かし方で反応が変わるのは同じようなんだけど。


 ちなみに、おもちゃの動かし方にはコツが有る。よく、猫の前で鬱陶しいくらい動かしたりする人がいるが、あのやり方は良くない。人間だって、目の前で札束振り回されたり、顔をペシペシ叩かれたりしたら苛つくのと同じ。少し離れた場所で、ホレホレ、どうだ? ちょっと隠してみせるよ。おおおおっと、出てきちゃいました。てな感じで動かすと、はじめは興味を持っていないふりをしていた猫も飛びついてしまうのだ。


 私はおもちゃで散々遊んだ後でカリカリを目の前に置く。運動したらお腹が空く。これは人間も猫も同じ。そう考えていたんだけど、シッポちゃんはちょっと口をつけるだけで食べようとはしない。


 もしかして、運動した後は食べ物が喉を通らないタイプ? 観察しようかと思って頭部に触れてみると、猫パンチが飛んでくる。本気で引っかきにきているわけではない。だから当たりはしない。それでも嫌がっているのはわかる。


 余っていたチュールを持ってきて口の前に近づける。でも、反応はない。顔を近づけると、ズビーって音がする。ちゃんと見ていなかったから気づかなかったけど、風邪をひいている。昨日、動物病院で抗生物質を貰っていた理由を思い出す。


「確か……、水に溶かしてスポイトで上げれば良いんだよね」


 戻ってきていた父親に話しかけるが、良くわからないとばかりに首を傾げる。


「いいからシッポちゃんを持ってて」


 台所からプリンのカップに水を入れて持ってきて抗生物質を入れて溶かす。スポイトで吸ってからシッポちゃんの口元に近づける。


「もうちょっと口を上げれる? 噛まれないように注意してね」


 父親は文句も言わずにシッポちゃんの顔を少しだけ上げた。


「はい、良い子だから飲んでね」


 開かない口に無理やり差し込んでスポイトで押し込む。すると、上手く飲んだ……。かのように見えたが、バタバタと暴れだすとその場に吐き出す。


「ひえええぇ」


 父親が変な声を出した。


「一度、ケージの中に入れて」


 私はシッポちゃんが吐き出した抗生物質を拭き取る。普通のティッシュを持ってきて吐き出した付近を念入りに綺麗にする。


「酷い状態なんだが……」

「今から、お風呂入っていいよ」

「扱いも酷いんだが……」

「一番風呂じゃない。文句言わない」


 父親は悲しそうな表情でお風呂場に向かう。まだ、お湯は沸かしていないからシャワーでも浴びるのだろう。でも、風呂場の掃除も着替えも母親がやってくれるのだから、それほど待遇が悪いわけじゃない。え、私? 私は一家の大黒柱だからいいの。


 ウェットティッシュを一枚取り出しケージを開けてシッポちゃんの顔を拭く。鼻水を拭き取るとくしゃみを繰り返している。


「ごめんね。調子が悪いんだね」


 謝りながらケージを閉めた。本当は自由気ままに家の中を歩かせてあげたい。そう思いながらも、私も家族もその判断ができないままでいた。

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