2.家に猫が来たよ
拾ってきた猫を家に連れてきたら父親が待ち構えていた。団地の片隅にある一軒家。玄関の前で仁王立ち。それって何処のドラマの見すぎ? 町内の人に見られたら恥ずかしい。ちょっと演出がかった行動だが、冗談でやっているわけではない。
「飼わないぞ」
父親は私と母親を見て仏頂面を見せるが、私も母親も意に介さない。
「見て見て!」
私はお菓子の箱の上に乗せた猫を見せる。
「小さいな」
「多分、子猫だと思う。この子をそのまま道端に置いておいたらどうなると思う?」
「死ぬかもしれないな」
「死んじゃうかもよ。このまま家の前に置いたら」
「何を言ってるんだ。いた場所に置いてこい」
「そんなことをしたら、私たちが猫を捨てたみたいじゃない。それでも良いの」
「良くない」
「じゃあ、飼うこと決定ね」
私が速攻で言いくるめると、父親は腕を組んだまま動かない。だが、しかめっ面は崩れている。打ち崩されたのに必死になって続投させられるピッチャーのような表情をしている。
「その猫は洗うまでは家の中に入れるのは禁止だ」
「どうして?」
と、これは母親。
「だって、蚤がいるかもしれないだろ。ダニだって。少なくとも家に上げるのは、ちゃんと調べて健康ってわかってからだ」
ここだけは譲れないと言わんばかりの父親。私も母親もすぐには同調しない。だが、実はその意見に私も母親も賛成。今日はもう暗いから、何もできない。だから、明日にでも体調とか病気とか調べる予定。ちょっと不平不満を述べてから提案を受け入れることにする。
「えー、じゃあ、このままここに置いておくの? 逃げちゃうかもよ」
「キャリーケースがあるだろ」
以前に飼っていた猫用に買ったキャリーケースがある。その中に入れておくのは少し可愛そうかもしれない。だが、そうは言っても他に名案はない。私も母親も、お風呂場でシャンプーとは言わなくても、猫用タオルで拭いてあげることくらいは必要との認識はある。
「仕方がないなぁ。お母さん、ケース何処にあるの?」
「はいはい。ちょっと待っててね」
母親は家の中に入っていく。すぐにキャリーケースを持って戻ってくるだろう。それまでに、逃げ出さないか私は猫を見張る必要がある。
お菓子の箱の上に乗せていた猫を玄関の前に降ろす。奇妙な動きがないか注意する。突如走り出して逃げ出してしまえば追いかけようがない。私より猫の方が足が速いだろうから。
幾ばくかの不安はあったが、猫は逃げ出そうとはしなかった。むしろ、私の足にすり寄ってくる。まるで、以前に飼われていたかのような人懐っこさだ。
勿論、首輪などはない。飼われていた証拠は何処にもない。けれども、野良猫のはずなのに、人に対して警戒心がなさすぎる。以前に我が家の庭に不法侵入してきた野良猫は、近づくと威嚇したりすぐさま逃げ出したりした。餌をもらおうなどとすらしなかった。それに対してこの猫は反発するより共存する意思を見せている。いや、甘えてきているようにしか見えない。
私は猫に話しかける。
「君は今まで飼われていたの?」
質問に対して答えはない。にゃあ、と返事をすることもない。ただ、黙ってウロウロとするだけだ。私の記憶では神社に猫がいた事はない。少なくとも一週間前に見た記憶はない。とすると、猫がやってきたのはここ数日の話のはず。猫缶が置かれていたから、見知らぬ人が用意した可能性より、この猫を置き去りにした人間が置いた可能性のほうが高いように思える。
「今日はまだ涼しいから我慢してね」
私が猫の尻尾の付け根を撫でると、嬉しそうにピンと尻尾を立てる。嬉しそうで甘えた様子を見せている。でも、ニャアと鳴くことはない。そこまで慣れているわけではないのかな。猫はしばらく私の足にまとわりついた後、疲れたようにその場所に座りこむと動かなくなる。
やっぱりこの子は病気なんだろうか。考えていると、母親がキャリーケースを持って家から出てきた。
「キャリーケース見つけるの大変だったの?」
「これ探していたのよ」
母親はキャリーケースを私の前に置くと、猫用のステンレス製の小皿を二枚、ケースの中から取り出す。
「餌は持ってきた?」
「全部は持ってこれないわよ」
母親は家の中に戻るが、すぐに出てきた。私はその間に庭にある外栓で小皿に水を入れている。猫の前に置いてみるが、飲もうとはしない。
「元気がないみたい」
「明日、病院につれていくしか無いねぇ」
私は動かない猫を両手で掴む。さっきと同じく抵抗することはない。「一日の我慢だからね」声をかけながらキャリーケースの中に入れる。はみ出そうな尻尾を押し込んでからケースの扉を締める。ニャアと言いながら声をかけるが、猫は反応せずに小さくなる。その時、近くの家からニャアニャアと猫の鳴き声が聞こえてきた。