10.ありがとうシッポちゃん
シッポちゃんが死んで、悲しかったけれども冷静だった。頭の片隅で予期していたのだろうか。私は持っていたウェットティッシュで体を入念に拭いた。最後は出来るだけ綺麗にしてあげたいと思った。
「明日、朝一で火葬場に行ってくる」
父親は迷ったような表情で私に告げた。
「うん。私も行くよ。有給は余っているし、急ぎの仕事もないから」
「今日は冷やしておいたほうがいいのかねぇ」
母親は涙をハンカチで拭いながら言う。シッポちゃんのことをそれほど好きそうには見えなかった母親だが、一番面倒を見てくれて感情移入していたのかもしれない。すぐに、涙は止まるが伏し目がちだ。
「捨てていい保冷剤あるかな?」
「持ってくるね」
母親が保冷剤を取りに行く間に、シッポちゃんをケージから猫ちぐらに移動させた。
「安らかな顔をしているな」
「でも、本当に良かったのかな。最後までちゃんと面倒を見きれなかったんじゃない?」
私は父親に突っかかる。言っていることがおかしいかもしれないと思いつつ、どうしても感情が押さえられない。
「人間には出来ることと出来ないことがある。家は出来る範囲でベストを尽くした。それがたとえ自己満足なものであったとしても、死にそうになったシッポッポを保護したんだ。たかが、一週間しか長生きが出来なかったけど、私たちはシッポッポと十分に心を通わせたはずだ。冷たい路上で死んでゴミのように廃棄されるのではなく、最後を知ってもらうことが出来たのは、シッポッポにとって良かったことに違いない」
私は何か反論したかった。湧き上がる理不尽さを何処かにぶつけたかった。でも、出てきたのは単なる涙だった。
猫ちぐらを玄関に置いたままで片付けを始めた。ネズミのおもちゃは既に傷んでいた。あまり使われていないのに、十分に遊んだかのように傷ついていた。
家族三人で葬儀場に行った。私は年休を取得した。
インター近くのペット用葬儀場は少し人里離れた場所にある。落ち着いた雰囲気の場所で、車から降りると、職員の方が迎えに来た。
私はシッポちゃんを寝かせた猫ちぐらごと持って施設の中に入る。
「本日はご愁傷様です。当施設をご利用されたことは初めてですか?」
「いえ、数年前ですがお世話になっています」
「ありがとうございます。以前にご利用いただけたとのことですが、念の為、当施設の説明をいたします。合同の火葬と個別の火葬がありますが、如何がなさいますか?」
合同とは、亡くなったペットがある程度の数が集まってから火葬する方式で、個別は文字通り、依頼の度に別々で行う火葬のことである。費用は個別のほうがかかるが、合同だと最後の瞬間が見れなくなるので、個別にすると両親と決めていた。
「個別でお願いします」
「埋葬とかは如何がなさいますか? 共同墓地に埋葬することも出来ますし、個別も出来ます。骨壷に入れて持ち帰られてからというのも可能ですが」
「共同墓地でお願いします」
「わかりました。準備ができましたらご連絡いたしますので、少しお待ち下さい」
私たちはそれほど長い時間ではないが、待合室で準備が出来るまで待機させられた。膝の上に置いた猫ちぐらの中のシッポちゃんは、眠っているようだった。今すぐにでも起き上がって、すり寄ってくるような気がして頭を撫でた。
柔らかい毛並みだった。キジトラ色がキレイに見えた。手に触れてみた。ピンクに黒が混じった肉球は冷たくぷにぷにと柔らかい。足の肉球も同じように触ってみた。シッポちゃんは、足を触られるのを嫌がっていた。ウェットティッシュで拭く時、他の部位より抵抗した。
でも、今はされるがままだ。動かずに私に揉まれている。
「準備ができました」
職人に呼ばれて火葬場に行く。猫ちぐらごと設備の中に入れて焼却を開始する。
「15分くらいかかります。もう一度待合室でお待ち下さい」
私たちは再び待合室で待機した。私も両親も無言だった。なんら楽しい会話は思い浮かばなかった。ただ、シッポちゃんの最後を見届けようとしていた。 骨になったシッポちゃんはとても小さかった。以前に飼っていた猫の半分もなさそうだった。それもそのはず、シッポちゃんは初老の猫でありながら、子猫と間違えるくらいの大きさだった。手のひらに乗りそうなほどの猫だったんだ。
私は不意に手を伸ばそうとして止めた。触れたら崩れそうな頭蓋骨は、もう何も語らない。灰の塊になったシッポちゃんは、土に還るのだけを待っている。最後は静かに天国に送ってあげたい。
私たちは共同墓地への埋葬を依頼した。少し薄情な気もした。でも、個別で埋葬しても墓参りには来そうにもない。一週間とはその程度の重みなのか、冷酷なだけなのかはわからない。混乱しかけたが、一番冷静な父親が話をまとめてくれた。その場に流されやすい私と母親にとっては助かる存在だ。
全てを終えた私たちは、無言のまま帰路についた。家のドアを開けると、既にそこには何もなかった。ただ、スリッパが家を出たときのように脱ぎ捨てられているだけだった。ケージも猫ちぐらも片付けられ燃やされた。あれほど困惑した臭いすら殆ど残っていなかった。
私はスンと鼻を啜りながら、玄関に上がりスリッパを履く。何事もなかったかのようにリビングに向かおうとしたその時、シッポちゃん毛が一本だけ宙に漂っていることに気づいた。




