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1.野良猫を助けることにしたよ

 猫がいた。


 時刻は午後七時三十分過ぎ。夏の終わり八月末。既に陽は落ちている。電灯は離れた場所にあり、周囲は暗闇に包まれている。ジメジメした暑さが残る神社の前の道路。カブトムシを思い出させる樹液の匂いがかすかにする中、招き猫のように座っていた。


 センターラインもない一車線の田舎道。暗い道路の中央にいた猫は子猫に見えた。手のひらに乗るほどではないが、小さかった。


 私は、見なかった。気づかなかった。そう思い込もうとしながらも立ち止まった。大きな石かもしれない。などと考えても、目を凝らして見るとやはり猫だった。


 何故こんな場所に。野良猫だろうか。神社に住み着いていたのだろうか。猫の方を見ていると、明かりが近づいてきた。自動車だ。それほどスピードは出していない。だが、このままだとかれるかもしれない。


 私は手に持っていたスマホのライトを点灯させた。猫にライトを向ける。明かりで逃げ出すだろう。そう思うものの動かない。まずい。けれども、猫は何も考えていないようだ。慌てて今度は車に向かってスマホを向ける。眩しいかもしれないので、少しだけ角度を落とす。何か緊急の出来事がある。それくらいは理解できるだろう。


 その願いが通じたのか、自動車は猫の手前でスピードを落とした。ヘッドライトに猫の姿が映し出された。


 これで、大丈夫。猫の逃げる時間が稼げた。安堵したのも束の間。猫はちっとも動こうとしない。自らの命を差し出そうとしているかのようだ。


 自動車は猫を避けようとノロノロと動く。が、猫は道路の中央にいる。片側一車線の道路ならば避けれただろうが、この道路幅は狭い。車がすれ違うのがやっと程度だ。それに、急に動いたら轢いてしまうかもしれない。


 立ち往生している自動車を見て私はサッと道路に飛び出した。猫の首を掴んで持ち上げる。野良猫なら暴れるかもしれない。そう思ったが、猫は何事もないかのように私に首根っこを掴まれたまま歩道まで運ばれた。


「大丈夫か? もう少しで轢かれるところだったからね」


 猫に説教をしようとすると、自動車の助手席の窓が開いた。


「ありがとうございます。お姉さん」


 暗くてはっきりとは見えなかったが、声から判断して若い女性だった。運転は彼氏か旦那かがしているのだろうか。お礼を述べると同時にさーっと走り去っていった。


 ああ、私、お姉さんなのかな。もう二十代じゃないけど。内心苦笑しながらもお礼は嬉しい。若く呼ばれれば尚更。気分を良くしながら猫に微笑むと、私の足に擦り寄ってくる。


 ちょっと待って。野良猫ちゃんは清潔とは言えない。私がササっと距離を取ると、再び招き猫になった。お腹が空いているの? そう思いながら猫を見ていると、神社の入口にご飯が置かれているのに気づいた。近寄って確認した。猫缶だ。でも、ちっとも食べた形跡がない。


「君、あそこに餌があるじゃない」


 そう猫に話しかけてみるものの反応しない。猫が日本語がわからないから反応しない。というより、元気がないように感じられた。このままここに置いておけば死んでしまうかもしれない。と言うのも道路の中央にいたのが、自殺願望に思えたからだ。


 猫にそんな知能があるはずない。冷静に理論的に考えればそうかもしれない。けど、状況から判断するなら、それ以外は考えようがなかった。


 関わり合いにならなければ良かったの? そんなことを思いながら家族に電話をする。


「猫がいるんだけど」

『猫くらいいるんじゃない』

「野良猫のようなんだけど」

『そう』

「拾ってあげた方が良いかな」

『えっ?!』


 不満そうな声だったが、母親が運転する車は数分後に到着した。神社の駐車場に停車させると、お菓子の蓋を持って降りてくる。


「なにこれ」

「なにって、これに乗せたほうが良いかな。と思って」


 いや、それならダンボール箱を持ってきてよ。みかん箱とか。と言いたくなったが、今更取りに帰るわけにもいかないだろう。そう判断した私はお菓子の箱の蓋の上に猫を乗せた。暴れまわったり逃げたりするかもしれない。一瞬だけ危惧したが、猫は大人しく蓋の上で動かない。


「チャンス」

「待って、ドアを開けるから」


 私は後部座席に猫を置いた。ちょっと乱暴だったかもしれない。ヒヤリとしたが、猫は動かない。まるで招き猫のように、運命を知っているかのようにジッとしている。


 このまま大人しくしていてね。そう声をかけながら助手席に乗り込もうとした時、セミがジジッと鳴いた。

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