意味の無い質問vs.意味の無い答弁
先日、国会で『意味の無い質問』とヤジった男は、実は『意味の無い答弁』を繰り返す常習者。
この無意味の戦い、どちらに軍配があるかといえば、質問者のほうだ。なにせ、意味があるかどうかは質問された側が決めることではない。一方、答弁の無いように意味があるかはどうかは、質問者が判断する。
つまり、質問を受けた側が、意味が無いというのはまったくのお門違い。
人のことには文句をつけ、自分のことは正義と言い張る。こんなことは、いまどきは子供でもやらないことだ。今の子供は大人の顔色を伺い、トラブルがあれば自分に非があるのではと考える。
いや、むしろ大人のほうが、相手に非があるといって譲らない。
寛容が美徳とされた時代は、相手をたてて譲ることで、免罪されていたことも多かった。しかし、いまや譲ることが、そく死につながるかのように恐れられる。
弱きものは主張し、強きものは譲る。
そんな、社会はすでに妄想となってしまったようだ。