弟は、女装したら絶対カワイイ、と思う
俺は最近考えていることがある。それは──
弟が女装したらめっちゃ似合うんじゃね?
ということだ。
俺の弟は優秀だ。俺が教わるくらいには勉強ができるし、色んな部活の助っ人に引っ張りだこなほど運動もできる。老若男女問わず対応がスマートで爽やかな、コミュ強人間。そして何より顔がいい。最近はすごい背が伸びてきたけど、ちっちゃい頃は本当に可愛かった。もう女の子みたいだった。
今ではそれこそ180cmに届こうかというぐらいだけど、髪型を誤魔化せば十分高身長系女子には見えると思う。そんで、俺の弟だから絶対カワイイはずだ。
よし、そうと決まれば早速行動。何故か今日渡されたメイド服を持って、俺は隣の弟の部屋に直行した。
弟の部屋は基本鍵がかかっている。中学校に入る頃、思春期に突入すると同時にそうなってしまって、俺としては結構寂しかったりする。
「おーい、お兄ちゃんだぞ〜」
扉越しに声を掛けると、偶にバタバタしてから部屋を開けるときがあってその時は少し心配になるが、今日はそうじゃないみたいだ。
「どしたの、兄さん」
「まあまあ、とりあえず中で話そうぜ?」
「え!?ちょっと待ってて?」
部屋が片付いてなかったのか入室を拒否されてしまった。まあでも、こういう時の焦った表情なんかは、成長したとはいえあどけなさが残ってて可愛らしいんだよな。
俺がメイド服を着た弟を想像していれば、片付け終わったらしく入室を許可された。
「で、何の用なのさ?」
「ああ、用はこれだ!こいつをお前に着てみてほしいんだ!」
そうして俺はメイド服を見せつけた。渡してきた奴によるとこのメイド服はパーティー用のチープなやつじゃなく、しっかり仕立てられたメイド服らしい。
正直違いが分からないが、きっと弟には似合うはずだ。
俺は体の前でメイド服を広げながら弟の顔を見上げた。
「は、え…?何コレ…萌えじゃん、萌え萌えじゃん…?」
「ん?どうしたんだ?」
呆気にとられたらしい弟は何やらうわ言を言っていて、やっぱり急に女物なんてショックだっただろうか。ちょっと茶化そうと首を傾げておいた。
「う、兄さんそれ、どうしたの?」
「いや、今度文化祭があるだろ?ウチのクラスはメイド喫茶をやるんだが…。企画したやつが間違えてこれを俺に寄越したんだよ」
全く、男子は執事服を着て接客するとか言ってたのに、俺に渡された紙袋にはこのメイド服が入っていて、返そうとしたら、「今からは執事服が用意できないから、今日はそれ持って帰っちゃってよ」、「何ならサイズ合ってるか着て確認してよ」と、男にメイド服渡して何言ってんだ。
「へぇ、じゃあ兄さんそれ着るの?文化祭」
「いやいや、話聞いてたかマイブラザー?お前に着てみてほしいんだって」
何だ?お前まで兄に女装させて辱めを受けさせようとしてくるのか?お兄ちゃんそんな子に育てた覚えはないぞ!
「いやいや、兄さんのサイズじゃ僕着れないって」
「へ?…あー、確かにそうだな」
うわ、冷静に考えれば確かにサイズ合ってないか。弟に着せたら絶対カワイイってことだけ考えてたから、すっかり失念してたな。
うーん、でもどうしようか。俺、こいつの女装見てみたくて夜も眠れなさそうだしな。
「むぅ、じゃあ、母さんの服持ってくるから、それ着てくれよ」
「それは流石に嫌だって」
だなぁ、もしバレたら殺されそうだしな。
「…あ、あのさ、兄さん」
「ん、どした?」
弟がおずおずと聞いてくる。その仕草も大変可愛らしく思いますお兄ちゃん。さて、聡明な我が弟はなにか妙案を閃いたのだろうか?
「兄さんがそれ、着てみてくれない、かな?」
「………は?」
な、何を言い出すんだマイエンジェル。やっぱり反抗期なのか?
知らず知らずの内に弟のヘイトを買っていたのか、俺は…。
「う…、やっぱダメだよね…」
「!」
ぐぅ、そんな顔されるとお兄ちゃん心が痛いぞ。
まあうん。弟の頼みを聞いてやれないほど、俺は兄ちゃんやってないからな、ここは恥を忍んで弟の願いを叶えてやろうではないか!
「分かった!お兄ちゃん、頑張るから!ちょっと待ってろ!」
確か紙袋の中には靴下とかも入っていた気がする。弟の頼みに手を抜くことは許されないからな。お兄ちゃんの全力のメイド服を見せてやるぞ!(?)
◇◇◇
少し離れたところで扉が閉まる音が聞こえた。
僕はほうと一息ついて、ベッドに腰掛ける。まったく嵐のような人だ。
いやしかし、危なかったな。
僕が閉じていたノートPCを開くと、その画面には2つの写真が並んでいた。それぞれが1人の人物を写していて、片方は最近流行りのアイドルの画像だ。女性らしい肉感はないけれど歌と踊りが上手らしくてアイドルとしては超魅力的だと友人は語っていた。
正直僕は彼女に興味は無かったけど、全身が写っていた画像を見つけたとき僕の脳内に電流が走ったんだ。
(あれ?兄さんと体型似てる…?)
まさに悪魔的な発想だった。僕はすぐさま兄さんの写真を収めたフォルダを開くと、彼女と似たポーズをした写真を探し始めた。
僕の兄さんはとても可愛いのだ。流行りのアイドルなんか霞むくらいに。女子の平均身長よりは高いと胸を張る兄さんは、僕から見れば十分小柄で、ぱっちり開いた目はまるで宝石みたいだ。活発な兄さんは日焼けしているけど地肌は白くて、服の隙間から覗くそのコントラストはもはや芸術のようだ。僕はそんな兄さんを見てこう考えたんだ。
兄さんが女装したら絶対カワイイ、と。
そうして僕はステージ衣装のアイドルの首から下だけ切り出して、兄さんの写真に重ねて擬似的な女装姿を作ろうとしていた。
けどそこでさっきのやり取りが発生したんだ。
僕に見せるために広げただろうメイド服は、僕から見ればキレイに兄さんの体にあてがわれ、そこには間接的にメイド服の兄さんが存在していた。
本人は気付いてないけど、兄さんは男子の格好をしてても男装の女子に見える。端的に言えば美少女と言って過言はないほどなのだ。
そんな兄さんの、メイド服…。
僕の手は無意識にアイドルの画像を閉じて、兄さんの画像を最大化させていた。
そうしていれば、いよいよお待ちかねの時がやってきたみたいだ。コンコンと控えめなノックからは兄さんが、恥ずかしがっている様子が見なくても分かる。
僕はPCを閉じ深呼吸してから扉を開いた。
僕は一瞬、呼吸を忘れていた。
「ど、どうだ?」
上目遣いで見つめる瞳は恥ずかしさからかうるうるしている。肝心のメイド服は兄さんの華奢な体をふわりと包み込んでいて、控えめなフリルが可愛らしさを引き立てていた。
スカートの裾をギュッと握ってる姿は愛らしくて、薄手のストッキングから透けた小麦色の肌はスカートに隠れる辺りで純白に変貌する。
頭の先からつま先まで、兄さんのすべてを観察した結果。
「兄さん」
「な、何?」
僕は跪き恭しく兄さんの手を取った。
「結婚してください」
-fin-