テーマパーク:冒険者ギルド
20XX年。日本。
棗財閥という財閥が田舎の山奥に世界を圧巻させる超巨大テーマパークを突如建設。
その名はテーマパーク『冒険者ギルド』
ファンタジー小説によく出てくる単語の名を冠したテーマパーク。最初に名前を聞いた者達は「なんじゃそら」と鼻で笑った事だろう。
しかし、開園から1ヶ月で世界のテーマパークランキングを総なめするほどの評価を得た。
1度足を運んだ者達は皆口を揃えてこう言うのだ。
『あそこに行けば、俺達は最強になれる』
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「冒険者ギルドへようこそ~!」
テーマパーク冒険者ギルドへ足を運んだ子供連れの家族はチケット売り場にいる愛想の良い女性にお決まりのセリフを告げられた。
女性は男性ならば思わず虜になってしまうほど見目麗しい。彼女は芸能人なんです、と言われても文句が出ないほどに。
ただ、どこか人とは違うと感じてしまうのは綺麗な金髪の間から飛び出る長い耳のせいだろうか。
ファンタジー小説をよく読む者、ここ冒険者ギルドに足繁く通う常連客はチケット売り場にいる女性達を『エルフ』と呼ぶ。
チケット売り場にファンタジー世界の住人がいたら誰もが驚くだろう。しかし、現実に異種族なんぞ存在する訳がない。きっと特殊メイクなのだろう、と誰もが思っていた。
「大人2枚。子供1枚お願いします」
「はい。かしこまりました。冒険者ギルドへ来るのは初めてですか?」
母親がサイフを出しながらチケット売り場のエルフへ入場券の枚数を告げると、エルフはニコリと笑って問う。
「ええ。初めてです」
「さようでございますか。本日は西エリアでイベントがありますのでオススメですよ」
エルフの女性はそう言いながら3枚のチケットと同じ枚数のパンフレットを差し出す。
母親はチケットとパンフレットを受け取ると「ありがとうございます」と言ってチケット売り場を後にした。
チケットを購入したら入り口の機械にチケットを通せば入園できる。
入り口の機械は駅にある改札のような物で、チケットを差し込むと鉄のバーがガチャンと音を立てながら開くのだ。
入園するとまず目に入るのが広場と呼ばれる入り口広場だ。そこには芝生があったり休憩や待ち合わせに使われるであろう長椅子が設置されている。
入り口広場で一番に目を引くのは『冒険者ギルド』と書かれた文字と剣と斧がクロスした木造の大看板だろう。
入園口から一番最初にある広場は、日曜日である為か人が溢れかえっていた。
「お母さん! お父さん! 早く行こう!」
入園してテンションが上がった子供は親の手をグイグイと引きながら胸を躍らせる。
広場を抜けると次にあるのが『アリーシャの街』と呼ばれる商業施設エリア。ここではお土産やレストランなどの施設が点在。
近世ヨーロッパ風の建物がズラッと並び、商業施設にいるスタッフの衣装も合わさってタイムスリップしたような感覚に陥る事だろう。
アリーシャの街を行き交う人の中には入園した現代の洋服を着ている入園客もいるが、他にも鎧を着た騎士や魔法使いのようなローブと杖を持った者も見られる。
チケット売り場にいたエルフを誰もが不思議に思わない理由は、テーマパークの世界観にあった。
ここに来ればまるで小説やゲーム、物語の世界に飛び込んだかのような体験が出来るからだ。
「凄いわねぇ」
「本当になぁ」
子供と手を繋いでいる母親は目の前に広がる景色にほぅと息を吐いた。同じく父親も景色に見蕩れたあと、周囲をキョロキョロと観察し始める。
綺麗な街並みと並ぶ商店、そして行き交う大量の人々と合わさって活気のある街に思えてしまう。
「あのお城も綺麗ねぇ」
そして、視線を少し上へ向けるとアリーシャの街から奥に聳え立つ城。赤い屋根の塔がいくつも合わさっている巨大な城がまるでファンタジー世界の中に飛び込んだように思わせてくる。
「武器屋! 武器屋があるよ!」
目を輝かせる子供が指差す先には『カンカンカン』と鉄を叩くような音を立てる店が。
軒先には大樽に入った槍や剣が乱雑に置かれ、店の中には剣を研ぐ身長の低い男がいた。
長いヒゲに太い腕は毛むくじゃら。彼らは『ドワーフ』と呼ばれる者達だ。
「お母さん! 武器買う! 武器!」
「ええ? ジェットコースターとか乗らないの?」
冒険者ギルドはテーマパークだ。ジェットコースターやメリーゴーランドなどのオーソドックスなアトラクションも勿論存在する。
世界最大級のジェットコースターもあったりと普通のアトラクションも人気なのだが――
「西エリアで魔獣が出たぞォー!」
アリーシャの街を全力疾走しながら叫ぶ人間の男性。彼は額に汗を浮かべながら何度も叫び、入園客の間を通り過ぎていった。
「西エリアだって! きっとイベントだよ! 早く行こう!」
テーマパーク冒険者ギルド。このテーマパークの最大のウリは魔獣と呼ばれる敵と戦える事だ。
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「魔獣が出現しましたー! 冒険者ライセンスをお持ちでない方はこちらのスクリーンでご観戦くださーい!」
アリーシャの街の西側、西エリアと呼ばれる場所では頭に猫耳を生やし猫の尻尾を生やした女性が入園客へ呼びかける。
西エリアの中央にはカフェや噴水広場など、休憩場所が多く存在する。その広場中央にある巨大な塔にはスクリーンが設置されており、突発的に発生するイベントを観賞できるスタイルになっていた。
「あの子の耳と尻尾、動いてるけど」
「本物の獣人みたいだなぁ」
元気よく入園客に呼びかける猫娘を見ながら冒険者ライセンスを持っていない客は近くにあった椅子やベンチに座ってスクリーンへ視線を向けた。
スクリーンに映るのは西エリア端にある門から出た草原地帯。
そこには100人以上の騎士達と『冒険者』と呼ばれる者達が武器を構えていた。
「冒険者諸君!! 協力に感謝する!! これから5分後に魔獣が出現するとの事だ!!」
フルプレートに身を包む騎士達の中にいた、兜を装着していないダンディな男性が叫ぶ。
彼はアリーシャの街を守護する騎士団の団長。冒険者ライセンスを取得し、街の冒険者と呼ばれる入園客に魔獣のポップ時間や注意事項を告げていく。
「へへ。この前の日曜日にトロールを倒したおかげで銀の剣を買えたんだ」
「私は炎魔法を覚えたわ」
騎士達の横に陣取る冒険者。彼らの正体はテーマパーク冒険者ギルドに入園したお客さん達。
冒険者ギルドという名の如く、入園したお客は冒険者ギルドに登録するとファンタジー小説に出て来る冒険者になれるのだ。
アリーシャの街にあるギルドで冒険者ライセンスを取得すると、テーマパーク内でしか使えない特殊な武器や防具を得る事ができる。
最初はギルドの支給品を使うのだが、イベントで出現する魔獣を倒すと討伐した魔獣によって冒険者ライセンスにポイントが加算される。
そのポイントを使用してより強い武器を得るというシステム。
彼らが冒険者になる理由は日々のストレスを魔獣討伐で解消する為……というのもあるが、稼いだポイントで様々な商品と交換できるシステムが存在からだ。
交換できる商品の中には大型テレビや高性能掃除機、調理器具から高級車まで。どこぞの通販会社のように様々な商品と交換できる。
ライセンスを取得した者達のほとんどは高額な商品目当てで参加するのがほとんどだが、強大な敵と戦うという『ファンタジー小説の主人公やRPGゲームのキャラクター』になったような感覚を味わうと、いつしか高額商品ではなく強力な武器や防具を求め始めていく。
「来たぞォー!」
騎士の1人が草原の先を指差しながら叫ぶ。
騎士の指し示した先からは土煙を上げながらこちらへ走って来る狼型魔獣の群れがいた。
「先手必勝! ファイアボール!」
「サンダーアロー!」
遠距離攻撃を得意とする魔法使いや弓師が向かって来る魔獣へ攻撃を放った。
遠距離攻撃の初撃が何匹かの狼魔獣に当たると、攻撃を受けた魔獣は光の粒子となって消えた。これは死亡した際の演出だ。
「俺達も行くぜ!」
「ええ!」
騎士達と共に狼魔獣の群れへと突撃していく。
剣や槍を構え、果敢に魔獣へと攻撃を加えて行く冒険者達。
「クソ! 噛み付きを食らった!」
攻撃を受けた冒険者は腕輪型のデバイスに視線を落とす。
腕輪型デバイスのディスプレイには『耐久値 50 / 100』と表示されていて、戦闘不能までの残り耐久値が表示されていた。
「ヒール!」
後方から淡い緑色の光が飛んできて、先ほど攻撃を受けた冒険者の体が光に包まれる。
すると、表示されていた耐久値は『100 / 100』に戻った。
「ありがとう!」
「回復は任せて!」
回復魔法を唱えてくれた神官にお礼を言って、再び魔獣へと剣を振るう。
観客が見守る西エリアのスクリーンに映る彼らは、まるで本物の戦闘を行っているように見える。
だが、安心して欲しい。これはイベントだ。
冒険者達は攻撃を受けても痛みはない。設定された耐久値を超過すればこのテーマパーク最大の『謎システム』で待機部屋へと送られるのだ。
別名、死亡部屋とお客からは言われてる専用部屋に設置されているスクリーンで結果を見る事が出来る。
イベントで命を落とす事はない。だからだろうか。大きな争い事の無い国に住む人々も誰もが勇敢に戦ってみせる。
「うおお! 勝ったぞォー!」
最後の1匹を倒した戦士の男性が高らかに剣を掲げた。周囲にいた者達も腕を振り上げ、勝利の雄叫びを上げる。
テーマパーク冒険者ギルド。ここでは誰もが勇敢な冒険者になれるのだ。
「すっげー! 俺も戦いたい!」
西エリアでイベントを見ていた子供が目を輝かせながら叫ぶ。
「ええ~……。子供には危ないんじゃないかしら?」
子供の母親は自分の子が興奮している様子を見ながら心配そうに眉を顰めた。
スクリーンには息子と同じ歳に見える子供も参加しているようだが、やはり自分の子が怪我しないかと心配するのは親として当たり前だろう。
「大丈夫ですよ~。皆が持ってる武器はお客様には無害ですから。当たっても怪我もしませんし、痛くもありません。安全面はバッチリですので」
心配していた母親の背後から女性の声が掛かる。
振り返れば先ほどお客に呼びかけていた猫娘が笑顔を浮かべて立っていた。
「冒険者ギルドでは安心安全をモットーに運営しております! 街の中央エリアにあるギルドでイベントの擬似体験も出来るので是非お立ち寄り下さい!」
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アリーシャの街に聳え立つ城。アリーシャ城。
そこはこのテーマパークを管理する管理室が設置されている。
広い室内は大学の講義室のような、放射状に通路と机が設置されていて一段ずつ高くなっていく作りだ。
最下段には無数のスクリーンが設置されており、各エリアに設置されている監視カメラからの映像が全て表示されている。それだけではなく、一際巨大なスクリーンには西エリアで行われているイベント戦の様子がデカデカと表示されていた。
スクリーンの前には50人を越えるオペレーター達。オペレーター達はインカムを装着しながら机の前にあるディスプレイで情報を見つつ、キーボードを叩く。
「ラディアから西エリアに召喚された魔獣の討伐は順調です。討伐完了時間は予定通りです」
「ラディア王国冒険者ギルドより連絡。王都近郊に出現した魔獣は全て転送完了。ラディア王国で発生したスタンピードの鎮圧はまもなく完了します」
オペレーター達の座る席から更に後方。一番高い位置にある組合総長席。
そこに座ってオペレーター達の報告に耳を傾ける男は腕を組みながらスクリーンを睨みつけていた。
男の見た目は20代後半だろうか。ブラックスーツを着用し、棗財閥のシンボルマークであるフェニックスの形をしたラペルピンが照明の光を反射してキラリと光る。
「ラディアに送ったS級冒険者から連絡は?」
組合総長――棗邦弘 は横に立つ秘書に問う。
問われた秘書は胸元からスマートフォン型のデバイスを取り出して少しばかり操作した後に口を開いた。
「3ヶ国同時に起こったスタンピードは無事に鎮圧できたようですね。ガルガド、ヨーダンでは竜が出たようですが、S級冒険者が討伐しました。手に余るほどの数が出現したのはラディアだけだったようです」
「そうか」
邦弘は報告を聞くと何かを考えるかのように黙り込む。
秘書の女性は黙り込んだ邦弘をチラリと見た後で、再びデバイスへ視線を落として口を開く。
「転送部門のアナベルと保護魔法部門のアイリーンから突発的な依頼に対する要望が」
「何と?」
「今夜は肉パーティにしろ、だそうです」
「許可する。無茶な依頼を寄越したラディアに行って、ラディア王からしこたま竜肉を貰って来いと言っておけ」
「承知しました」
返答を受けた秘書は片手でポチポチとデバイスのキーボードを叩く。
邦弘が再び黙り込んでスクリーンを見ていると、管理室の自動ドアがシュッと音を立てて開く。
管理室にやって来たのは長髪の男性。長髪からは長い耳の先が見えている。彼はエルフだ。
「やぁ、クニ。順調そうだね」
邦弘はにこやかに話しかけて来たエルフの男性を横目で見やる。
「どうした?」
「いやなに、異世界の住人が戦う様子を見ておこうと思ってね」
エルフの男性は邦弘と同じように巨大なスクリーンに映るイベントへ視線を向ける。
「……あちら側の住人としては、こっちの世界に住む人々に申し訳ないと思っているよ。溢れ返った魔獣を平和な世界に呼び込んで、戦いを知らない人々に戦闘を強いているのは心が痛む」
「安全策は万全だ。それに、四賢者が協力しているんだ。あちらの世界に繋がる転送門も常時発動型の回復魔法である保護魔法も問題なく稼動している。お前だって何度も確認をしたじゃないか」
「そうだけどね。ボクは心配性なんだよ。後でエーテル炉も点検しに行くよ。あれが壊れたら転送門も保護魔法陣も使えないし、何より異世界間の繋がりは断たれてしまう。こちらに来た異種族も帰れなくなってしまうからね」
「あいつ等、本当に帰る気あるのか? 日本文化を満喫してるぞ?」
邦弘は瞼を閉じて眉間を手で揉みながら小さな溜息を零す。
彼の脳裏には日本文化を楽しみまくる異種族の姿が映し出されていた。
大吟醸の酒瓶を何本も空けてアリーシャの街に転がるドワーフ達。高級松坂牛を雑に焼いてムシャムシャと食べる獣人達。アニメと映画を片っ端から見ながらポテチを貪るエルフ達。
棗邦弘が一代で作り上げた財閥の金を使って自由を謳歌する異種族達。しかしながら、邦弘の考えた計画を実行する為には彼らの知識や技術が必要で文句は言えない。
「はは。みんな異世界の文化が新鮮なのだよ。それに君と行動を共にしたいと願ってこちら側に来た者達だ。君が破滅するほどのワガママは言わないよ」
「だと良いが……」
ふぅ、と息を吐き出した邦弘へオペレーターの1人が慌てて声をかける。
「そ、総長! ラディア王国で第2波が起きました!」
「ラディア王国支部から緊急連絡! スタンピードの背後に教会の影アリ!」
再び慌しくなった管理室に緊張が走る。
「教会か。彼らもしつこいね。さて、どうする? 魔王様」
教会とは異種族達の故郷である異世界で暗躍し、魔獣という人類の脅威を増やした張本人が所属する組織。
既に教会のトップは潰しているが、未だ残党が各地に散って混乱を巻き起こしていた。
オペレーターの報告にあるように、今回のスタンピードも教会の信者が起こしたのだろう。
しかし、エルフの男性は故郷の事を全く心配していないようだ。彼は邦弘を見て笑う。
彼が笑みを浮かべられるのは、邦弘という男が1度世界を救った英雄だと知っているからだ。
異世界から来た英雄。そして敵からは魔王と恐れられる異世界からの使者。
それが棗邦弘という男。
「決まっている。教会の信者諸共、殲滅だ。S級冒険者を何名か回して教会信者を潰せ。出現した魔獣はこちら側に召喚しろ。イベント戦、第2幕の開催だ」
彼は眉間に皺を寄せながら指示を出し始める。
ここはテーマパーク『冒険者ギルド』
異世界同士が繋がる場所。
今日も冒険者ギルドを訪れた来客者達は、無自覚に異世界を救う。