金魚の脳のエロティシズム
作者は魚の専門家ではないので、間違っているところがありましたら、教えて頂けると幸いです。
金魚の脳にエロティシズムを感じる。
紫がかった白色で、輪郭の朧な嗅球と終脳(人間でいうところの大脳に当たる)。少し力をかければ、容易く千切れてしまいそうな嗅球の末端と終脳の繋がりは、深海に揺らぐクラゲのような、或いは宇宙やエウロパのような、神秘的で妖しげな雰囲気を醸し出している。
ところが、終脳より後ろの部位に行くと打って変わり、金魚の脳は生々しい肉の質感を呈する。薄ピンク色で、所々に真っ赤な血管が浮き出た、一目で生物由来のものだと分かる質感に、だ。
終脳の後部は視蓋、小脳、迷走葉、脊髄といった風に続いてゆく。
そして私が思うに、これらの部位の魅力は、質感もさることながら、その形にある。
視蓋、小脳、迷走葉にかけては、見ようによってはグラマラス、或いは妊娠中のーー女性の体に見えなくもない。左右対称の視蓋は木立のような太腿、小脳は肉付きの豊かな胴部、迷走葉は豊満な胸、といった具合だ。
また、迷走葉から脊髄にかけて形を取ると、それは男根の暗喩のようにも見える。迷走葉は一対の陰嚢、脊髄は勃起した陰茎、といった具合に。
ここまでが、私という人間が勝手に考えた、金魚の脳の見かけの話だ。
ここからは、その機能に想いを馳せてみようと思う。
まず、金魚の脳の最も特徴的な部分は何かというと、大きく発達した迷走葉である。先程私が胸だの陰嚢だのに喩えた部位だ。
では、この「迷走葉」とは何か。口の中の味覚情報が集まる場所である。ここが発達している金魚は、当然ながら味覚が鋭い。
彼らがよく口をパクパクさせているのは、その優れた味覚を生かし、口内で餌と砂利とを区別するためだそうだ。そして、餌と判断すれば飲み込み、砂利と判断すれば吐き出す。器用なものである。
しかし、だ。何も知らずに金魚を見れば、彼らが盛んに口をパクパクさせる様を見て、「金魚は頭が悪そうだ」という感想を抱く人間も、少なからずいるのではなかろうか。
彼らのあの行為に意味があると分かったのは、迷走葉、金魚の脳の一部分ーーが発達していると、ある時人間が気づいたからである。そうでなければ、私も、貴方も、無邪気に「金魚は頭が悪そうだ」という感想を抱き続けた事だろう。
つまり何が言いたいのかというと、私達人間が金魚の思考・行動様式に近づくためには、誰かがその脳を解剖する必要があったという事だ。その行為は確実に、金魚達に命の代償を支払わせる。私達の知的好奇心に対する代償だ。
まあ、人によっては何を今更、といったところだろう。金魚に限った話でもない。しかし、私はそこにこれ以上ないエロティシズムを感じるのだ。
特に、後方にぶらりと投げ出された脊髄を見るとそう感じる。
そこには、私にとって、生の儚さと知への接続、そして何より、指先で弄びたくなるようなエロスが詰まっているのだ。
お目汚し失礼致しました。