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家族で冒険者

 見事に貧困家族となった我らである。

 これから先のことなぞ考えないで刹那的に生きる。このノンフュチャー精神こそが人生を最も楽しく生きる方法ではないかと俺は考えているのです。

 だって10年後や20年後の自分なんて想像できないじゃないですか。小学校の頃に20歳の自分に手紙を書いたことがあったけれど、当時の俺は「生きてますか?」なんてふざけた文を綴ったものだ。あの頃は楽観的に書いた文章であるが、今書いたら悲観的に、まじめに「生きてますか?」30代40代の俺に聞くに違いない。


 とにかく、それほど追い詰められた状況なのです。

 魂を抜かれた俺に反してシャンは明るい。買った洋服を着もせずに大事そうに抱きしめている。その嬉しそうな姿が唯一の希望なのかもしれない。


 「どうせ買ったんだから帰ったら着替えてみなよ。白のワンピースに」


 「そうですね。私もシャンの黒のドレス姿が見たいです」


 「またけんかすうの?」


 「もうそんな気力もないよ」


 こちとら明日の生活費さえも危ぶまれている状況なのだ。いまからでも返品を受け付けてもらえないだろうか?


 「シンヤさん、もしかして返品してお金作ろうだなんて考えてません?」


 「あはは、そんな馬鹿なこと考えるわけないじゃない。だけど実際問題どうするのさ? お金がないんじゃ旅どころか生活も出来ないよ」


 「簡単ですよ。仕事をすればいいんです。この世界の用語で言えばクエストです」


 「わあ、またゲーム的な用語だなあ」


 まあ、キラキラな異世界で仕事なんて言う世知辛い二文字はハートに良くないし、ファンタジックな世界が台無しなので仕方ない。


 「簡単に説明して貰ってもいいかな?」


 待ってましたと言わんばかりにない胸を張り、レインは説明を始める。


 「私達冒険者(仮)は主に冒険者ギルドという施設でクエストを斡旋して貰って……」


 「ああ、そこらへんは何となくわかるよ。多くのクエストをこなしてギルドランク上げたりしてる間に、お姫様助けたり、ドラゴン倒したりして急にランクがトップに上がったら、周りが手のひら帰してスゲースゲー言う施設でしょ?」


 「後半の妄想は置いといて、大体そんな感じです」


 異世界もののネット小説読んでいれば、これぐらいの知識は当然である。まったく、この知識が生かす日が来ようとは虫唾が走る人生だなあ。


 「シャンはなにすえばいーの?」


 一人勝手に理解していた俺に反して、シャンは未だに疑問符を頭に浮かべている。


 「とりあえず、山賊に襲われているお姫様探すか、ドラゴンが街を襲うことを祈るんだ」


 「なんでいきなり成り上がろうとしてるんですか。せめて最初のステップぐらい踏んでください。シャン、パパの言うこと真に受けちゃダメだからねー」


 「はーい!」


 そんな感じで、レインはギルドまでの道中にいろいろなことを説明してくれたが、大体が異世界もののテンプレに当たる部分で、そこは聞き流した。


 「冒険者はソロの人もいればチームで活動している人たちもいるわけです」


 「チームって漆黒の深爪みたいなやつらか?」


 「その認識で間違いないです。名前は間違ってますけど」


 あれ? あいつらなんて名前だったけ? まあいいか。


 とぼんやり考えていると、


 「この世界で特殊な部分と言えば、ランク戦があることでしょうか」


 すると、聞きなれない言葉が流れてくる。


 「ランク戦?」


 「はい、ランクの昇格時期が来ると、他所の冒険者と公式戦を行っていって、そ

の戦績で昇格か降級が決まっちゃうんです」


 「わあ、降格もあるのか。それは緊張するね」


 「もちろん昇格戦に参加するには、一定の成績も必要なので、クエストをサボっていたら問答無用で降級されたりと容赦ないんです」


 「なるほど、運よく成り上がっても痛い目に合いそうだ」


 「その通りです。特にA級やB級は化け物ぞろいですから、ギルド戦の経験が少ない分圧倒的に不利になるわけです」


 クラスはA~F級があり、クラスによって受けられるクエストが変わってくるのはよく聞く話だが、昇格戦というは初耳である。

 シャンが眠たそうにしているので、俺は彼女をおんぶしながら耳を傾ける。


 「そんなわけで、私たち3人もギルドに行って登録をしちゃいましょう」


 「3人って、もしかしてシャンも登録するの?」


 「もちろん。ギルドのチーム登録は原則3人以上からですので」


 「でも、あぶなくないの? モンスターの討伐とかしなきゃでしょ?」


 「そこは安心してください。薬草や素材の採取みたいな安全なクエストもありますから。それにシャンは勇者ですからね、どっかの馬車より戦力になります」


 「こら、さり気なく人を馬鹿にするのやめようね」


 「というよりシンヤさん。もしかしてシャンのこと心配してくれてるんですか?」


 「当り前じゃないか。まだ子供なんだから。俺は大人の都合で子供を不幸にしたくないだけだよ」


 「そういう考え方ができるんですね」


 「む、バカにしてるな?」


 「いえいえ、心から褒めてるんですよ。私には出来ない考えですから」


 「なんだそりゃ。……まあいいや。とにかく行こうぜ」


 まったく、てんで読めないやつである。そういう人間は苦手だ。




 ギルドという場所は、寂れた怪しげな場所に店を構えているようで、裏路地を通り鉛色の細い道を少し歩いたところにあった。まだ昼だと言うのに薄暗く、とても子供を連れてくるような場所ではないと思う。


 しかし、ドアを開ければ一転して騒がしく、部室のようなむわっとした熱気が襲い掛かる。まるで大学の飲みサーにでも迷い込んでしまったかのような活気があった。余計に子供への悪影響にもつながりかねない。


 幸い、シャンは未だに俺の背で眠っている。この喧騒の中でおねんねとは将来大物になるに違いない。父親としても鼻が高いものだ。


 しかし、なんだかシャンに対して父性らしいものが芽生えているような気がする。なんというか、最初は嫌々だったのだけれど、まんざらでもない気がしてきている。


 けれど、シャンの将来を慮ればやはり久保田さんに一任するべきではないだろうか? 固めたはずの心がじんわりと隙間を縫って温かいものが侵食し始めている。これは良くないことだ。


 「どうしたんですか? もしかしてギルドの喧騒にあてられちゃいました?」


 呆然と考えている俺を下から覗き込んでくるレイン。


 「いや、なんでもないよ。それよりも登録しちゃおうよ」


 受付に何とかたどり着くと、


 「こんにちは。今日はどういった御用ですか?」

 

 受付嬢はボインだった。


 騒がしいジャガイモ畑であるが、その中に一輪の花。というかジャガイモ畑を育てているお母さんといった感じがする。そのあまりある母性のせいだろうか、危うく大きな胸に飛び込み受胎をしそうになってしまう。

 俺はレインの枯れ果てた胸をみて落ち着くことにした。


 「うーん、この平地」


 「縊り殺しますよ?」


 笑顔でそんなことを言う。とりあえず魔方陣を綴るのやめてください。


 「あ、もしかして新規の方ですか?」


 「あ、はい! そうなんですよ。ギルドとやらに登録したくて」


 受付嬢さんが助け舟を出してくれたのかは知らないが、この機を利用してなんとかレインの威圧をなだめることに成功した。


 「なるほど、登録はソロですか?」


 「いえ、チームで登録でお願いします」


 俺がそう伝えると、受付嬢は怪訝な表情を見せるが、すぐに納得のいった表情をしてとんでもないことを言いだす。


 「あ、ご家族で登録ですね」


 俺がシャンをおぶってるのを見て受付嬢は勝手に解釈する。


 「いや、家族じゃ……」


 「はい。家族で登録です」


 俺の言葉を遮るようにレインが言う。

 レインの見た目は十八歳ギリギリのラインなのだが、この国ではポルノ的な事情はどうなのだろう? 下手をしたら俺はめでたく御用となるだろう。


 しかし、受付嬢は気にすることなく作業を進めていく。どうやら問題ないようだ。


 「三人分の新規ギルドカードを発行しました」


 そう言って俺達に渡してギルドカードの説明をしてくれた。

 要点をまとめると、


①ギルドカードは冒険者の証明書

②A~Fランクがあり、ポイントをためることで昇格戦に挑戦することが出来る

③ランクによって受注できるクエストが増え、難しいクエストも受けれるようになる

④また、行けるダンジョンにもランクによる規制がある


 とだいたいこんな感じで、よくある創作物の設定だなあと思った。


 「つうか、レインは新規なの?」


 「あ、これ複アカなので新規ですよ」


 「本アカで来いよ……」


 「あは、パワーレベリングなんてさせませんよ?」


 くそう、一番の近道だと思ったのに。いつになったら勇者になれるのやら。

 

 ☆


 ギルドでの登録後、俺達は簡単な採取クエストを受注した。

 そんなことで、町の中にある公園で採取中である我らパーティであるのだが……


 「さあ、シャン。ピクニックですよ!」


 「わあい! ぴくにっうううううう!」


 とお仕事などそっちのけでレジャーシートを敷いてのほほんしてやがる。


 「あのう、採取をしにきたのでは?」


 「そんな急かないでください。薬草の場所なら把握しているので」


 そう言ってレインはマップを俺に見せてくる。見て見ると、赤い印がそこらに散らばっていて、恐らくこれが薬草であると主張したいのだろう。これはズルい。

 まあ、楽が出来るならそれに越したことは無い。せっかくの異世界なんだからこれぐらいなら神様も許してくれるだろ。


 「それならいいや。さて、俺は昼寝でもしますかな」


 「駄目です。シャンと遊んでください」


 「パパあそんでくあさい!」


 「いやだ。俺は眠いんだ」


 「あそんで!」


 「いやだ」


 「……あそぼ?」


 「……急性の遊べない症候群だ。これは遊べません」


 問答を繰り返すうちにどんどんしょんぼりしていくシャンである。その顔は次第に泣きべそをかきはじめるので、俺の鋼の意思が揺らいでしまいそうになる。

 何がいけないって、さっき買った白いワンピースを着ているがよくない。恐らく俺をシャンと遊ばせるために用意したレインの策謀だろう。効果てきめんである。


 「わかったよ。ちょっとだけだからね」


 「わあい! やったあ!」


 「よかったねシャン」


 うふふとレインはほくそ笑んでいる。おのれ……


 しかし、遊ぶと言っても何をしていいのやらさっぱりだ。どんなに記憶をあさっても父親と遊んだ経験が皆無なため、そこらへんの家庭の事情がわからない。それに俺が読んできた異世界のテンプレにも記されていない。


 「何して遊ぶの?」


 こうなったらシャンに任せてみる。


 「わかんない!」


 むちゃくちゃな回答が返ってきた。


 「むしろいつも何して遊んでたの?」


 「うーん? わかんあい!」


 駄目だ。どうやら言葉が通じないらしい。

 俺が呆れていると、レインが息を吹きかけるように耳打ちしてくる。


 「シャンは生まれて間もないので、記憶は真っ白な状態です。そこを私達が教育して埋めていく必要があるんです」


 「好きなこととか設定しておいてよ」


 「設定だなんて、まるでゲームみたいじゃないですか。そんなの嫌です。だから、シンヤさんが手取り足取り教えてあげてくださいね」


 「散々ゲームみたいな展開してきたくせによく言うよ。もう、わかったよ。その代わりレインも一緒に遊んでよ」


 「はーい」


 そんなわけで俺が提案した遊びはかくれんぼである。

 別にかくれんぼがしたかったわけではなく、単純にシャンを探しながら薬草を採取できるので、効率的に良いと思ってからの考えである。


 そんなわけで鬼を志望しようとしたのだが、


 「シャンがおにやう!」


 などと俺の計画を真っ向から潰したのだった。



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