父とは馬車馬のことです
町で一番大きな橋を渡ると、出迎えてくれるのは超がつくほどの長い階段で、遠目からでもおぞましいものであったが、実際に目の前で見るともはや壁である。
その時点で気分が腐ってきているというのに、シャンがとんでもないことを言いした。
「パパ、おんぶー」
天使のような微笑みで提案しているが、内容は実に悪魔的である。なんたって拒否できるものじゃない。だって笑顔が純真なんですもの。隣でニヤニヤしているレインと違って酷く純粋な一言なのですもの。
「エレベーターとかエスカレーターとかないの?」
「ファンタジー世界にそんなものある訳ないじゃないですか」
「えー、現代知識を利用して異世界人を驚かせるのは常套手段でしょ」
「そういうのは転生者さん達でやってください。私は子育てで忙しいんです」
「おんぶ! おんぶ!」
「もう……わかったよ」
子供にこの階段を登らせるのもなんなので、しぶしぶと了承。
父性スキル「おんぶ」を習得しました。
「お、新しいスキルが手に入ったぞ。もしかして楽になるとかかな?」
「特になにもないですよ」
「いやいや、スキルだよ? 何もなかったら意味ないよね」
「たまにゲームでもあるじゃないですか使い道のないスキル。ああいうのいくつか欲しいなと思いまして」
「いらねーよ! つうかいくつかまだお飾りが眠ってっるのかよ!」
「あは、ありますよ。抱っことか」
「前後が逆なだけじゃねえか!」
結局、俺はヒイヒイ言いながらシャンをおんぶして、ちょくちょく休みを挟みながら登りきることに成功し、コーリン神殿へとたどり着いた。
「シンヤさん遅いですよー」
「いや……おま……死ぬからこれ! シャンをおんぶした状態で、322段の階段を登りきった俺を褒めて! 超褒めて!」
なんでこんな階段作ったのよ? ニートが一大決心して就職しようとしたら、断念しちゃうレベルの階段でしょ! あと運動不足の転職者にも反響悪いだろ!
「パパすごーい!」
「はは、あんがとよ……」
お前のせいだっちゅーに。
神殿に入る前に休憩にと、噴水の近くのベンチに腰を掛ける。シャンは噴水が珍
しいのか、ひとり水遊びをして暇をつぶしている。
レインが俺の隣に座ると、
「せっかくなんで休憩ついでに、ジョブスキルとユニークスキルの違いについて説明してあげましょう」
「ジョブスキルって語感的に予想はつくけど、ユニークスキルってなんよ?」
「ユニークスキルは個々の潜在的に持っている能力のことです。たとえば、シンヤさんの場合は父性スキルのことですね」
レインは滔々と説明を始める。
「人それぞれ持ってる能力が違うってことか?」
「ピンポンです。いつ発現するかは人それぞれですけど、大なり小なり誰もが持っているスキルがユニークスキルなんです」
「へえ、レインはどんなの持ってるの?」
「やーん。女の子に対してプライベートな質問だなんてエッチですぅ」
俺からわざと距離を取って、小悪魔な表情でレインは言った。
「はいはい、聞いた俺が悪かったよ。あれか、まだ能力が目覚めてないんだろ?」
「ヒ・ミ・ツ、です」
こいつの相手をするのは疲れるなあ。休憩した気にならないよ。
「もしかしてシャンにもユニークスキルあるの?」
「もちろんです。本人は自覚してないでしょうけど、しっかり反映されています」
「ん? もう発動したってこと?」
「秘密です」
今度は静かに言う。
「んで、ジョブスキルってのは?」
「ゲーム脳のシンヤさんならお察しだと思いますが、就いた職業の熟練度が上が
ると、習得できるスキルのことです」
なるほど。若干馬鹿にされた気がするが、だいたい分かった。
「なら、冒険をするうえでは戦える職のほうが良さそうだな」
「普通はそうですね」
疲れもだいぶ癒えたので、俺は腰を上げる。
「よおし、ちょっくら行ってくるぜ。見てな、勇者にジョブって帰ってくるから」
「あー、頑張ってくださいね~」
レインはひらひらと手を振り俺を見送る。その姿をシャンが真似していた。
さあ、ここから俺の英雄譚が始まるのだ。
俺は二人と別れ、ひとり神殿の門を潜るのだが、別れる前のレインの生暖かい視線が妙に気になった。
☆
俺の転職のアドバイザーの人は、なんと金髪、巨乳、シスター、という三種の神器を兼ね備えた女性だった。挙動をするたびに主張される胸は実に甘美なものだ。現実世界ではお目にかかることのできない男のロマンだろう。ぜひパンツも見せていただきたい。
「ステータスのランクによって就ける職業が変わりますので、まずはあなたのステータスを見せて欲しいの」
フランクな口調で語りかけてきた巨乳シスターは、目の前に水晶の玉を取り出す。
「これは?」
「これに手をかざしてもらうと、あなたのステータスと適した職業がわかるんだ」
「うわあ、便利なアイテム」
「便利っちゃ便利なんだけどね。結果が気に入らなかった人からクレームを貰ったりするから、良いことばかりじゃないのよね。だから、あんまり自分を過信しないでね」
はあ、とため息をつくシスターさん。異世界なのに世知辛いものである。
「正直、もう諦めてますけどね」
俺はやけくそ気味に水晶に手をかざす。すると、青い光が発光し文字が浮かび上がる。
名前:シンヤ
筋力:D 体力:D
防御:D 魔力:E
敏捷:D 運命:E
ユニークスキル:S
「うーん、平均以下のステータスだね。これだと初級職どころか基本職からになるね」
開幕早々、目の前にいる俺の担当のシスターは残酷なことを言う。
「……そうですか」
レインの視線の意図はこういうことだった。
ああ、死にたい。穴があったら入って埋まって窒息したい。
「あ、でもユニークスキルはSランクだ。すごいね!」
「ああ、そうだ! これってなんか特別な職に就けたりするんですか?」
「そうだね。ユニークスキルを活かした職業に就くことが出来るけど、ちなみに君のユニークスキルって何が出来るの?」
そう聞かれると返答に困ってしまう。父性スキルだから子育てかな?
「えっと、すごい子育てができます」
「ごめんね、よくわからない。具体的に何が出来るの?」
何と言われても、なんて説明すればいいのだろう? とりあえず、さっき発動したスキルについて説明しようかな。
「あの、叩かれて固くなったりします」
「…………」
あれ? なんだろう、シスターさんが犯罪者を見る目つきをしているぞ。
「あと、子供の居場所を突き止めることが出来ます」
「最近この近辺で変質者が出ると聞いたけど、もしかして……」
「違うよ!? あなたは何か勘違いしていらっしゃる!」
「でも、子供を捕まえて、叩かせて股間を固くするって……」
「言ってねえよ!? 改変しすぎだろ! しかも説明した順序が逆じゃねえか!」
確かに俺の説明も不足してたけども、情報操作にも程があるでしょ!
「なんにせよ、そのスキルでは難しいですね」
「あはは、ですよね」
あーあ、やっぱり転職の際は資格と実績が命なのね。現実でも異世界でもそこは変わらないだなんて残酷すぎない?
「げんきだしえ」
目に見えてガックリと肩を落としていただろう俺に、誰かが励ましてくれる。
というか、この舌足らずな口調は聞き覚えがあるぞ。
「シャン、なんでついて来てんだ!?」
「パパがしんぱいだからついてきたの!」
こんな子供に何を心配されることがあろうか。
すると、シャンは不思議そうに水晶を見つめて、
「シャンもさっきのぴかぴかやってみたい!」
なんて言い出す。
「シャンがやっても意味ないと思うけど」
「やりたいやりたい!」
駄々をこねだすシャンが面倒だったので、抱っこして水晶の前に立たせる。それに結果が出ればすぐに飽きるだろう。
「この水晶に手をかざすんだ」
「うん! パパありがとー!」
シャンは水晶に手をかざすと、俺の時とは違い、赤い光が水晶から放たれ文字が浮かび上がった。
シャンは水晶に手をかざすと、俺の時とは違い、赤い光が水晶から放たれ文字が浮かび上がる。
名前:シャン
筋力:A 体力:A
防御:A 魔力:S
敏捷:A 運命:S
ユニークスキル:EX
「こ、これはとんでもない! 伝説の勇者級のステータスですよ!? このステータスならどの上級職にも就くことができますよ!」
「えええええええええええ!?」
あまりのことに思わず声を荒げてしまう。
だって勇者だよ? しかもちんちくりんなシャンがだよ!?
「やだー! パパといっしょがいいの!」
当の本人は事態の異常さなどなんのそのである。
「そもそもこの子の歳で職に就くこと出来るんですか?」
「いやあ、今までにこんなこと無かったからねえ……どう対応したらいいか困りものさ」
うんうんとお悩みのシスターさんであるが、その悩みをどうか俺の就職先にあててもらいたいものである。定職がないのは精神的に非常によろしくない。
「折角なんだし勇者になっちゃえよ。こんなチャンス滅多にないんだから」
「でもパパといっしょのがいい……」
いや駄目だから。一緒になったらクズの満貫だから。
しかし、子供に道を教えるにはどうすればいいのだろう? 親として示してあげるべきなのか、それとも自分で決めさせるべきなのか。てんでわからない。
思えば、俺の人生は自分で決めた道ってのが、いつも誰かの言葉の中に含まれていた気がする。母親の勧め、友人の後を追いかけるだけの意思のない人生だった。
その究極体が俺で、怠惰の象徴だ。シャンをこんなクズにさせるわけにもいかんだろう。
「じゃあ、俺が頑張って勇者を目指すからさ、シャンは待っててくれればいいよ。そうすれば一緒になれるよ」
俺はそれとなく道を示して。シャンに決めさせてみることにした。
「うん! わかった! シャン、パパのことまってうから!」
何ら疑問を持たずに俺の提案に乗る。本当に俺が勇者になれると思っているのだろう。少しぐらいは疑ってほしいものである。
「そんなわけで、こいつを勇者にしてあげてください」
「うーん。まあいっか」
そう言うとシスターはシャンの頭の上に手をかざす。すると、青白い光が一瞬で
シャンの体を包みだすのだ。俺は神々しい内定通知だなあと意味の分からんことを思いながら、一連の流れを眺めていた。
「おめでとうございます。勇者シャン。きっと貴方は普通の人とは違う道を歩くことになるでしょう。ですが恐れないでください。そして諦めないでください。貴方が勇者である限り、この世界に光が消えることはないのですから」
先ほどまでフランクな口調だったシスターは、実に聖職者らしい言葉を紡いでいく。俺にも希望溢れる言葉を吐き捨てていただきたいものです。這ってでも舐めとるのでお願いします。
「それで、肝心なのはあんただよ。パパさん」
「あ、はい。すみません」
何故か反射的にあやまってしまった。この時点でカースト最下位は決定したようなものだ。
「もう一度、パパさんに適した職を探してあげるから感謝しなよ」
「うっす……」
俺が項垂れていると、唐突に水晶が輝き始めた。
「なんだ!?」
俺が顔を上げて驚いているとシスターさんが、
「これは……もしかして確定演出!? 勇者に続いてこんな奇跡が起こるなんて!」
「え、どういうことですか?」
「これはレア職業の演出なの! 言うなれば普通の人では就けないジョブなの」
「なんてこったい! つうことは、俺にも隠された才能があったわけですね!」
「わあ、パパしゅごおおおい!」
きたぜ、ぬるりと! ついに俺にも時代が来たのだ。いや、時代が俺に追いついたのかもしれない。まったく焦らせやがって。
「で、その気になる職業は!?」
「馬車」
「ば……ん? なんですか?」
「だから馬車。ほら、勇者の後ろについて来るあれ」
「……ふーん」
ああ、ゲームで見たことあるやつだ。あれね、勇者パーティの補欠を詰め込むやつね。戦闘に参加すらできない外野の中の外野ね。
前職も馬車馬みたいなものだったから、それがレアジョブだなんて実感わかないなあ。そもそも馬車って職業なの? そろそろ怒るよ? いいの? 山ひとつ吹き飛ばすよ。シャンが。
「おめでとうございます。馬車シンヤ。きっと貴方は普通の人とは違う道を歩くことになるでしょう。ですが恐れないでください。そして諦めないでください。貴方が馬車である限り、この世界に光が消えることはないのですから」
「それさっき聞いたから! しかも俺の歩く道は確実に歩道だから!」
「パパおんぶー!」
「さっそく馬車のお仕事だね」
「やかましい!」
父性スキル「おんぶ」を発動しました。
ああ、気持ちがくさくさしてきたぞ。
背中にシャンを乗せ俺達は神殿を後にした。