目を覚ました。幼女をGETした
目を覚ますと、馴れないベッドの上で寝かされていた。
素人の書く小説で一番陳腐な始まり方は、主人公が知らない場所で目覚める展開だとどこかの誰かが言っていた気がするが、俺はまさしくその状況下に置かれているのだ。
いや、それだけじゃない。
「あ、やっとパパおきたぁ!」
知らぬ幼女が腹の上に乗っかっているのだ。
乱雑に伸びた長い金の髪、ずんぐりとしたペド体型は、5歳くらいの印象がある。
そして、その体は一回り大きめな薄汚れたシャツ一枚だけで守られている。
これはインモラルでごぜーます。顔も知らない幼女にパパと呼ばせるような鬼畜外道はどいつですか? え、俺ですか? あはは、違います。俺はロリコンではございません。だってロリコンは病気で犯罪だと知っていて、見つけたら通報して捕まえる次第です。その後は死刑判決がくだって、ロリコンが死を迎える瞬間を見て腹を抱えて笑うぐらいの心意気があるんです。つまるところ俺はロリコンじゃございません。つうかこの子かわいい。
「パパ、どしたのぉ?」
舌足らずな口調で幼女が俺に向かって言う。
「あー、その、ごめんね。君は誰かな?」
「シャンだよぉー! あはははは!」
少女は大きく手をあげて自己紹介をしてくれる。
異世界人らしく日本人離れした名前で幾ばくか安心する。どうやら本当に異世界に転生することが出来たようだ。
「俺は勇者シンヤだ。これから魔王を倒すこととなる大英雄なのだ。残念だが君のパパなんてちっぽけな存在なんかじゃない」
「なにいってるの? パパあたまだいじょーぶ?」
まったく、同意見だ。これに関しては彼女が正しいね。
「何にせよ、俺はパパじゃない。もしそうなら、シャンはコウノトリが運んでくれた存在だ」
俺が言うと、シャンは漫画のような疑問符を頭の上に浮かべてきょとんとしている。俺の高度なギャグに脳が麻痺したのだろうか?
俺が考察をしていると、
「パパ、おなかすいたぁ」
唐突にシャンはそんなことを言い出す。
この子は話を聞いてたのかしら? これだから子供は苦手なんだよなあ。
体を起こしてあたりを見渡すと、実に質素な部屋で、手狭なワンルームに目立つ家具は机とベッドぐらいなもので、風で吹き飛んでもおかしくないほどに腐りきった部屋だ。
明かりと言えばひび割れた窓から差し込む日の光だけで、隙間から吹き込む風で眠気が吹き飛んでしまった。
これが勇者の家だって? あはは、そんなバナナ。
落ち着け、昔のRPGの主人公は小さな村で育った男の子ばかりだったじゃないか。これもその延長線上にすぎないのだろう。問題はステータスだ。それさえ満たしていれば問題ない。
「ステータスオープン!」
異世界のテンプレに沿って言葉を紡ぐと、案の定目の前の空間に半透明の画面が現れた。
「すてーたすおーぷん! すてーたすおーぷん! あはははは!」
「真似すんな。恥ずかしいから」
ええい、シャンは無視だ。今は自分のことで手一杯だ。
俺は自分のステータスを確認すると嫌な予感が的中した。
名前 キリヤ=シンヤ
年齢 25
レベル 1
種族 人間
職業 無職
わあ、ノージョブグッジョブボクダイジョウブ?
やっぱり、あのアナウンスが空耳じゃなくて言葉通りなら、俺と久保田さんは転生先を間違えたんだ。あの人自分の娘がほしいとか言ってたもんなあ。
それにしても久保田さんは欲が無さすぎである。いくら借金が無くたって、この貧困そうな生活じゃ元も子もない。どんな回答をすればこんなハード設定を作れるのだろうか。
俺が失望しているとシャンが、
「パパ、げんきだしえ」
そう言って頭を撫でてくれる。
久保田さんにもこの子にも申し訳ないが、俺は子育てなんかするつもりはない。そんなものを望んだことはないし、そもそも面倒くさい。
億劫な気持ちでため息を吐くと同時に、俺の腹の音がぐうと鳴る。
「はあ……とりあえずなんか食おうか。俺もおなかがすいた」
「わーい! ごっはん♪ ごっはん♪」
天真爛漫にシャンがはしゃぐ。
なるべく、この子を悲しませないようにしよう。それがいまの俺にできる精一杯だ。そして、この子の親は久保田さんであるべきなんだ。あの人を見つけて、シャンを引き取ってもらおう。
飯だ。飯をください。俺はお腹がすいているのです。
けれど大変、この家には何もありゃしないのです。ここにいるのはろくでなし男と幼女という無力の象徴だけで、他には何もございません。
こんな劣悪な環境で生まれ育ったなんて、実にたくましいことだ。家の外は絢爛な町が広がっていて、窓から確認できる建造物はレンガ造りであるのに対し、この家は明らかに木造。お世辞にも、この家庭が裕福のようには見えない。
しかし、どうしてこの子は俺のことをパパなんて呼ぶのだろう? もしかしたら会社のほうでそういう設定がされているのだろうか?
なんにせよ今は飯だ。そして食事をするにはお金が必要だ。だが、もちろんお金などなく、金貨とか銅貨のようなものは見受けられない。すっかんぴんのクズである。
「あー、詰んだ」
「あーつんだー」
俺の言葉を真似するシャン。
「真似すんな」
「まえすんな!」
「うんこ」
「うんこぉ!」
まさしくクソガキである。まったく親はどんな教育をしてやがったのだ。
「なあ、シャン。お金持ってない?」
「ママがもってるよお! パパはね、ママのひもなんだよ!」
とんでもないクソ野郎に転生してしまったようです。これならまだ俺の方がマシだと思う。
されど、そんなクソ設定でも子持ちのパパであるのだから、少しは演じてあげるのが礼儀というものだろう。少しくらいはこの茶番に付き合ってあげてやろう。
「ママは今どこにいるの?」
「おしごと! あのね、ママはしゅっちょーにいっててね。きょうかえってくるよ!」
「お、まじか。じゃあママが帰ってきたら奢ってもらおう」
「わーい! パパはひもー!」
やめろ、そのあだな。自分のことじゃないけれど、俺に向かってきた言葉だから変な形で胸に刺さって引っかかるから質が悪い。
さて、ママとやらが帰ってくるまで暇になったぞ。せっかく異世界に来たのだから町の観光でもしようかしら? 子守も面倒だしそうしましょう。
そう思い外出するからお留守番をお願いするのだが、
「シャンもさんぽすううう!」
何故かシャンもついてくることになった。