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暴君パンツ娘

 依頼主であるララファの家は、高級住宅街のなかでもやたらと自己主張の激しいもので、セレブには欠かせないであろう庭、噴水、銅像と実にいやらしい設計がされている。


 内装も洋風の作りとなっていて、金をかけることには躊躇がないのか、壺やシャンデリアと高価そうな装飾が鬱陶しいほどに敷き詰められている。


 さらにはメイドさんまでもが「おかえりなさいませ」と出迎えてくれるので、貧乏人には程遠い世界なのだと実感させられてしまう。


 そんな異空間を歩いて案内された場所は、ララファの部屋だ。相変わらずこの部屋だけでも俺達の家よりもでかい。


 「んで、変態パンツ娘はなんで俺達をこんな場所に?」


 「私は変態パンツ娘ではない。そもそもクエパンは勇者を見つけるための手段であって、断じて趣味などではない。勇者の加護を授かった君たちなら、私のチャームは効かないだろうからな。あぶり出すための手段だ」


 とララファは意味不明な犯行動機を供述する。


 「なるほど、私たちをここに連れてきたのは、何かさせようとしているからですね?」


 何がなるほどなのかさっぱりだが、俺はとりあえず頷きながら、「ああ、なるほどね。何となくわかるよ。でも、急な展開過ぎてちょっとついていけないなあ」と言う風な雰囲気を装って話に乗っかってみる。


 「えっと、俺達に何をさせたいんだ?」


 「黒い勇者の討伐」


 「黒い勇者? 誰だそれ?」


 俺はレインに聞いてみる。


 「勇者として選ばれる人の中には、力に溺れて狂ってしまう人がいます。黒い勇者とは力を制御できない勇者に対する蔑称のことです」


 珍しく難しい顔をしたレインが静かに答えた。


 「ちょっと待て。それ初耳なんだけど?」


 「逆に力を制御できる、理性のある勇者が白い勇者と言われてます。知らないんですか?」


 「知らんわ! シャンは大丈夫なんだろうな!?」


 「もちろん。私達がついてるじゃないですか」


 何を根拠に言っているのか、そう自信満々にレインは言う。


 「安心しろ。その子は私が責任をもって白い勇者として育てる。君たち二人は帰ってかまわないぞ」


 ララファがシャンに目を向ける。当の本人はキョトンと首をかしげている。


 「あは、面白い冗談ですね」


 「冗談ではない。お前たちに用はないからな」


 「申し訳ないですけど、貴方に子育てが出来るようには見えませんけど」


 「ああ、出来ないだろうな。そんなものは使用人がするから、必要がない」


 「そんなの愛がないじゃないですか」


 「愛などいらぬ」


 「そんな乾いた教育をして、もしシャンの性格が捻じ曲がって黒い勇者になったらどうするんですか?」


 「ふむ、私は実直な性格に育ったのだから、勇者様が捻じ曲がることはないだろう」


 いや、第三者から見て、あきらかにあなたの性格はねじ曲がっていると思います。


 「とにかく、白い勇者に育てるためには愛が必要なんです」


 「いいや、道を踏み外さないために然るべき教育が必要だ。これは歴代の黒い勇者の生い立ちから統計し考えられた結論だ」


 「へえ、誰の結論なんですか?」


 「私だ」


 「ええ……」


 珍しく手玉に取られているレインを見ていて新鮮で楽しいのだけれど、どうも楽しんでいるのは俺だけのようで、シャンは喧嘩する二人を見てオロオロしてしまっている。


 まるで昔の自分を見ているようで俺は嫌な気分になった。


 父と母が喧嘩をするときは決まって俺をのけ者にした。大人同士の会話だとか、子供には関係ないと言い分はわかるのだけれど、幼い自分では感情のコントロールをすることが出来ず、結果何もできずに終わってしまう。そんな何もできない自分が酷くちっぽけな人間に思えて仕方が無かった。


 きっと、シャンはあの頃の俺と同じ気持ちを感じているに違いない。


 「シャンはどうしたい?」


 たまらず聞いてしまう。


 一拍おいて、


 「……シャンは、パパとママといっしょがいい」


 そう答えた。


 「ほらあ! やっぱりママが一番だよねえ!」


 「いや、パパが一番だろ」


 「ママですう」


 「パパだ」


 「ママ!」


 「パパ!」


 あーだこーだあーだこーだと俺達の主張が止まらない。


 「本当にこの二人が親でいいのか?」


 「うーん。うん」


 シャンは一瞬悩んで、仕方がなさそうに答える。ちょっと傷付いた。


 「あとね、シャン、ゆーしゃとしてもがんばいたい!」


 拙い口調だが、真剣な瞳で彼女は言う。


 俺は反対したかったけれど、この子は意外に頑固なところがあって、俺が何を抗弁したところで通用しないだろう。


 だから、


 「シャンがそういうなら、俺は構わない。だけどね、困ったこととか、辛いことがあったら何でも相談してね。一応、こんなんでも親だからさ」


 そう言ってしまう。


 俺の言葉を聞いたシャンは嬉しそうに両手を上げて喜んだ。


 「まったく、面倒くさい連中だな。いいだろう、勇者様の面倒は君たちに任せよう」


 ララファは融通の利かないお嬢様かと思ったが、案外いい奴なのかもしれない。


 「ただし、私も君たちのチームに入ることにする。構わんだろう?」


 「嫌です。断固として拒否します」


 ためらいなくレインは拒絶する。こいつは相変わらず融通が利かない。

 そんなレインを無視してララファは話を続ける。


 「今日から君たちは私の家に住んでもらう。そのほうが何かと都合がいいだろう。どうせお金に困っているのだろう? そのことを気にすることなくレベルアップに勤しむことができるぞ」


 「わかった。でも、なんでそこまでしてくれるの?」


 「気まぐれだ」


 ララファは俺の目を見ないでそう答えた。





 ララファの家に住んでいるのは本人と使用人だけなので、空いている部屋はいくつもあるらしく、俺達はそれぞれの部屋に割り振られた。


 シャンはレインと同じ部屋で過ごして、俺には一人用の部屋を与えてもらった。

 客間だと言うのに、相変わらず広くて落ち着かない。やはり貧乏人には身の丈に合わないのかもしれない。


 夕飯はララファ家で食べたが、どれも見たことのないような贅沢な品ばかりで、庶民としてはあまり口に合わなかった。そのためか、あまり食べた気はしない。


 やることもなく俺はただベッドに転がって天井ばかり眺める。


 前まではシャンがうるさく、レインが俺を煽ったりして嫌な気分であったが、それが急になくなると言うのは調子が狂うものだ。


 ララファは明日からレベルアップのために修行をしていくとも言っていた。


 しかし、本当にシャンを戦わせていいのだろうか?


 シャンはまだ子供だ。もっと子供らしい生活を与えてやるべきなんじゃないだろうか?


 とにかく、そんなことばかりを考えている。


 考えるのが嫌になった俺は寝ることにしたのだが、ドアからノックする音が聞こえて仕方なく起きる。


 「シンヤさん、起きてます?」


 声の主はレインだった。

 ドアを開けるとシャンもいた。


 「どうしたの? 明日から大変だろうし早く寝たほうがいいんじゃない?」


 「それがですね、シャンがどうしても三人が良いって聞かないんです」


 「パパ、みっけ!」


 シャンは俺の足元に抱き着いてくる。

 ほんのしばらくの間だが、俺らは毎日あの小さな家で過ごしてきた。俺もそうだが、シャンも大きな部屋に戸惑っているのだろう。


 「うん。俺は別に構わないよ」


 思わずそう答えてしまった。

 



 

 一通りシャンの相手をすると、彼女はすぐに寝てしまった。いろいろあって疲れたしまったのだろう。

 レインは俺の隣に腰を掛ける。甘いシャンプーのにおいがほんのりとして落ち着かない。

 どうせこのシャンプーも良いものに違いない。真の金持ちは見えない所でも金を掛けるものだなあと感心してしまう。


 「ねえ、レイン。勇者のこと知ってたの? 白とか黒とか」


 「はい。私達の組織はもともと、黒い勇者を討伐するために、たくさんの勇者を作ってきました。その一人がこの子なんです」


 「シャン意外にも白い勇者がいるの?」


 「はい。いました」


 過去形でレインは言う。


 「そうなんだ。でもさ、勇者にするならもっと屈強な男とかにするべきなんじゃないの? ほらグラディエーターみたいなやつ」


 「もちろん最初はそんな筋肉マンばかり作っていました。でも、どれも失敗で、黒い勇者として育ってしまったんです」


 「へえ、マッチョマンは黒い勇者になる素質でもあるの?」


 「ララファさんが言った通り、育ちが大切なんです。いきなり10を作るより、1から作らないと駄目なんです。だから、シャンには愛情が必要なんです」


 沈黙が訪れる。何を言っていいのかわからなくなる。

 本当は言いたいことが山ほどあるのに、口は糸で縫われたように開くことが出来ない。


 するとレインが、


 「ごめんなさい」


 なぜだか謝る。


 「どうして謝るの?」


 「私、シンヤさんのこと騙していたんです。貴方を父親にしたのはシャンを白い勇者として育てるためだったんです。偽りの家族を演じさせていたんです」


 「別に怒ってなんかないよ。ただ、少し寂しいかな。偽りでも、俺は今でも家族だと思ってるよ。あのね、家族って嬉しいこととか悲しいことを平等に分け合うものだと思うんだ。なんだかんだ俺達は上手くやってきたじゃん。だから、これからも何かあったら相談してよ。きっと、そのほうがうまくいくと思うんだ」


 すると、彼女は黙りこくってしまう。


 「俺何かまずいこと言った?」


 「いえ、なんでもありません」


 彼女の弱弱しい姿を初めて見た。


 思えば、レインだってまだ子供だ。俺だって自分のことを大人だなんて思ったことはないけれど、少なくともこの子は年下で、女の子で、なにより孤独だったんだと思う。


 「やっぱり、シンヤさんで良かったと思います」


 意外なことを言った。


 「そら何でよ?」


 「馬鹿だからです」


 「酷いなあ」


 そうして二人で笑い合う。こうして心から笑いあったのは初めてのことだ。

そのことがすごく嬉しかった。


 「パパ、ママ、どうしたの?」


 俺達の笑い声のせいかシャンが起きてしまった。


 「ごめんね。うるさかった?」


 「ふたいともたのしそう。シャンもまぜて!」


 「起こしておいてなんだけど、明日から大変だから寝たほうが良いよ」


 俺がそう言うと、シャンは渋々ベッドに戻る。


 「パパもママもいっしょにねよ?」


 「うん。良いよ」


 「しょうがないですね。ベッドも広いし、ちょうどいいですね」


 そうして俺達は床についた。


 結局、昔の家と変わらずに川の字で寝る。


 その日はぐっすり眠れたが、おかげで寝坊した。


 もちろんララファからは罵詈雑言を吐かれた。


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