5 そのうちきっと…
結局、朝ご飯を食べても全身の痛みは引いてくれなくて、あたしは学校に行くのを諦めてベッドに戻った。
皆勤賞逃した。いやまあ、何をもらえるってわけでもないんだけど。
小学校からここまで無遅刻無欠席だったのになあ。
まさかヒロ、家の前であたしを待ってたりしないよね。
ちゃんと1人で学校行ってよね…。
ヒロが頭をなでてくれてる。気持ちいい。
「まどか、体痛くないか?」
あれ? あたし、ベッドで寝てるの?
夢の中でまで寝てるなんて、変なの。
「なんでヒロがいるの?」
「いつまでたっても来ないからおばさんに聞いたら、今日は具合が悪いから休むって。
ほら、かき氷。まどか、アイスよりかき氷の方が好きだったろ」
「うん、好き♪」
「お、おう。…ほら、食えるか?」
あれ? もしかして、ヒロの方が熱でもあるんじゃない?
「ヒロの方が熱あるんじゃないの? 顔、赤いよ」
「だ、大丈夫だ、熱なんかない。バカは風邪ひかないんだ」
「そりゃそうだけどさ。バカだって、ひく時はひくよ」
「バカってとこを否定しろよ」
「だって、ほんとのことだし」
「お前なあ…」
「ね、起きらんないから、食べさせて。溶けちゃう」
「お、おう。
ほれ」
「あ~ん」
なんか、食べさせてもらうと、うれしい。
今、耳が出てたら、なでてもらうのに。
夢だから、言っちゃっていいよね。
「あたしが病気になったら、いつもこうしてね」
「お、おう。どうしたまどか? なんか病気か? って、病気で寝てんだよな」
「ね? 約束」
「おう」
「おうじゃなくて、約束」
「わかったわかった、約束な」
「ん」
まだずきずきしてる右手を伸ばしたら、ヒロが小指を絡めてくれた。
小指から、優しいなにかが流れてくる。
安心したら、なんか眠くなってきちゃった。
「ヒロ…あんたの…」
ああ、だめだ、もうしゃべれない。最後まで言いたいのに。どこかに沈んでくような感じがする。
目が覚めると、やっぱりベッドの中だった。
体の痛みは、もうほとんどない。
試しに起き上がってみると、ちゃんと体も動くみたい。よかった。
時計を見ると、もう午後6時。あたし、ほんとに1日中寝てたんだ。
どうりでお腹すいてるわけだよ。
「お母さ~ん、なんか食べるものな~い?」
リビングに降りると、お母さんが晩ご飯を作ってるとこだった。
「あ、起きたの。具合は…治ったみたいね」
「うん、お腹すいちゃった。なにかない?」
「ああ、かき氷しか食べてないものね」
え?
「かき氷?」
「大樹君が持ってきてくれたじゃない。食べたんでしょ?」
「え?
…あれって、夢じゃなかったの?」
「あー……もしかして、夢だと思って大樹君に何か言った? 降りてきた時、なんか赤い顔してたけど」
赤い顔? それって…。
「うん、なんとなくわかった。
円の好きな子って、やっぱり大樹君なのね」
うわあ…。
すっごいはずかしい。なんでばれちゃったんだろ。ヒロのせい? きっとそうだ。
「やめてよ、もう」
「大樹君なら、お母さんも安心だわ」
「なんでヒロなら安心なのよ」
「大樹君は、まっすぐで気持ちのいい子よ。
今朝だって、円が来ないって心配して電話してきてくれたし」
「電話?」
「そう。“今日は具合が悪いから休ませる”って言ったら、学校帰りにお見舞いに来てくれたのよ」
それでかき氷なんだ。あたしがアイスより好きだって覚えててくれたもんね。
…ちょっと待って。あたしが来ないってどういう意味よ。
「ねえ、あたし、別にヒロと一緒に学校行ったりとかしてないんだけど」
「あら、そうなの? ここのところ、毎日迎えに来るって聞いたけど」
「迎えになんて行ってない! ヒロの家の前通ると、たまたまいるだけよ」
「だから、円が来るのを待ってるんでしょ」
顔が熱くなった。ぶわ~~っと。
え、なにそれ、ヒロって、あたしが通るのを待っててくれたの?
もしかしてそうだったらいいなとは思ったけど、ほんとに?
「ま、そういうことだから、円の体のことも教えてあげてもいいと思うわ。きっと受け入れてくれるから」
「…そうかな」
そっか。あたしが半分人間じゃないなんて知ったら、嫌われるかもしれないんだもんね。
ヒロなら、気にしないでくれるかな。あたしの尻尾、なでてくれるかな。
「そうだったら、いいな」
「大丈夫よ、きっと」
翌朝。
あたしは、いつもよりちょっとだけ早くヒロの家に行った。
玄関前にヒロがいた。待っててくれてるんだ。
わざとゆっくり歩いていくと、ヒロはあたしを見付けてうれしそうな顔をした。うれしそうだ!
「おはよ、ヒロ」
「おはよ、まどか。具合はもういいのか?」
「うん。大したことなかったし。わざわざお見舞い来るとか、大げさだよ」
あ…。ちょっと言い方きつかったかな…。
「そーだな。まどかが病気になるわけないもんな。殺したって死ななそうだし」
「あたしはドラキュラか!」
「心臓に杭刺しても死なねんじゃね?」
「あんたはあたしをなんだと思ってんのよ!」
「坂上まどか」
「まんまじゃない!」
「だって、まどかはまどかだしな」
「じゃあ、あたしがほんとにドラキュラで、あんたの首にかみついたらどうする?」
「マンガじゃねえって」
「もしの話よ」
「コウモリ女より猫娘の方がいいな」
ヒロは猫派!?
「い、犬と猫だったら? どっちが好き?」
「ん~、犬かな。猫は、都合のいい時しか寄ってこないし」
ほっ。
「だったら、なんで猫娘なの?」
「へ? いや、お前、犬娘なんて聞いたことあるか?」
「あ、そっか。
じゃ、犬娘と猫娘だったら?」
ほんとは犬じゃなくて狼だけど。
「ビジュアル次第だな。可愛い方がいい」
「なによ、それ!」
大事なのは見た目なの!?
「いや、だって、そんなたとえ話されたって、わかるわけないだろ。だったらビジュアル重視だ」
「なんか納得いかない。じゃあ、あたしが犬娘なのと猫娘なのと、どっちがいいわけ?」
「はあ!? なんだよ、それ」
「いいから!」
「まどかだったら、どっちでも同じだろ」
「なによ、それ!」
「いや、だから、まどかだったら、どっちでもいいって…」
「犬でもいいのね!?」
「食いつくの、そこかよ…」
よかった。ヒロは、あたしが狼娘でもいいのね! ヒロったら、なに残念そうな顔してんのよ。
「だいじょうぶ。あたしは、ヒロが犬娘好きでも気にしないから!」
「意味わかんねえ。人を変態みたいに言うな!」
「だいじょうぶ! 犬娘好きは変態じゃないから!」
「そういう問題か!」
「あたしに尻尾がはえたら、さわらせたげるからね」
「はあ!?」
「あたしの尻尾にさわっていいのは…やっぱ今のなし!」
「なんだよ、気になんだろが」
「いーからいーから。
それよかさ、あたし、背、伸びたと思わない?」
「ああ、そういえば…って、え、ほんとに伸びてる! なんで!?」
「ふふん、成長期に入ったからね。すぐにボンキュッボンになってやるんだから。
もうチビとかお子様体型とか言わせないんだからね」
「言ってねーし」
「大事にしなさいよね」
「何をだよ」
「ナイショ」
「わけわかんねえ」
待ってなさいよ、ヒロ。そのうちきっと、ほっぺかぷってしてやるんだからね。
これにて完結です。
この作品は、お題の「夜・月」で、“月夜と言えば狼男だよね♪”という安直な発想から生まれました。
自分が人狼だと知らない女の子が、自身の体の変化に戸惑いながら恋を自覚するお話にしたので、鷹羽作品にしては珍しく、付き合うところまでいかずに終わりです。
当初は、初潮とミスリードを狙って12歳に設定したのですが、書いていくうちに色々辻褄があわなくなり、結局14歳に変更。くっつかないことを前提にしたので、両片想いとかジレジレとかツンデレを盛り込んでみました。…が、あんまりツンデレになってませんね。
ついでに、幻想=夢という形で盛り込み、最後はかき氷で、テーマ全部盛りの達成です。
“人狼族は恋するとスキンシップを求める”という設定の下、あぶない台詞回しから肩透かし、というのを狙ってみたのですが、どうだったでしょう?