4 はじめての…
うきうきする。体が軽い。今なら、なんでもできそう。
そんな風に力がわいてくる。
窓から外に飛び出して、お隣の屋根の上をぴょんぴょんはねて、ヒロの部屋の窓の外にはりついた。
きっと、これも夢なんだね。
ベッドで寝てるヒロの顔が見える。おいしそうなほっぺによだれが光ってるのまで見える。
真夜中なのに。満月だからって、月明かりだけでそんなもの見えるはずないのに。
このままヒロの隣に行きたいな。
ほっぺおいしそう。さわりたい。かぷってしたい。
昔、毎日いっしょに学校に行ってたころは、朝、起こしに行ってあげてたのに。
最後にヒロの部屋に入ったの、いつだったっけ?
ヒロの隣で寝たいな。行っちゃおうか。夢だし、いいよね。
あれ? 鍵がかかってる。開かないや。夢のくせに不便だなあ。
ん~、鍵壊して入ったら、ヒロ、怒るよね。しょうがない、もうしばらく寝顔見たら帰ろっか。
ん? あれ? なんか、力が抜けてきた…。眠い…。おかしいな、夢の中で眠くなるの?
帰らなきゃ。
あれ? 窓の下にぞうきんがある。これで足拭けってこと? 夢のくせに細かいなあ。
…なんか、どんどん力が抜けてく。ベッドまでたどり着けるかな…
目の前には、枕。ああ、うつぶせで寝てたんだ。
そりゃそうだ…あんなの、夢に決まってるもんね。
起き上がろうと思ったのに、体中が痛くて動かない。あー、なんかだるいし、手足が重いし。
風邪でもひいたかな、と思ったけど、寒気はないし、たぶん熱もないから、違いそうな感じ。
これは、あれだ、この前お母さんが言ってた成長痛ってやつ。
なら、起きてしばらくしたらおさまるよね。
がんばって、のろのろ起き上がってリビングに降りた。
ちょっとフラフラするけど、なんとか動けるし、これなら学校行けるよね。ヒロの顔見たいし。
「やっぱり、だいぶ無理したみたいね」
あたしの顔を見るなり、お母さんが言った。え~、なに、あたし、そんなに具合悪そう?
「無理ってなにが? なんか、成長痛?っぽくて体中痛いけど、しばらくしたら治るでしょ」
「はじめての変化と夜のお散歩で、疲れ切ってるんじゃない? 寝ないと回復しないし、今日は学校休んだら?」
お母さんの口から“学校休んだら”なんて言葉が出るとは思わなかった。
…って、あれ? 今、なんか変なこと言わなかった?
「夜のお散歩ってなによ!?」
聞き返したら、すっごく変な顔された。“この子、なに言ってんの?”って顔だ。
ちょっと待ってよ。“なに言ってんの?”は、お母さんの方だよね?
でも、お母さんの中では、あたしが“夜のお散歩”とかってのに行ってたことになってるらしい。あたしの夢のこと知ってるわけじゃないよね。
「だって円、昨晩窓から出掛けたじゃない。雑巾出しておいてあげたの、気が付かなかった?
好きな子の家までお出掛けしてきたんじゃないの?」
好きな子の家? …ヒロの家に行った夢は見たけど…え? ほんとにヒロの家に行った話になってんの!? あ、でも、ぞうきんあった。え? ほんとに?
「たしかに変な夢は見たけどさ、あたしが屋根の上ぴょんぴょんはねて歩けると思う?」
「昨晩は満月だったし、それくらいできるでしょ」
「なによ、満月って」
「初めてだったのに、夜明け近くまで変化し続けたから、反動が来てるのよ。
まあ、筋肉痛みたいなものね。寝てれば治るわよ」
へんげ? 満月見て変身って、それじゃまるで狼男じゃない!
「なによ、あたしが狼男だとでも言うわけ!?」
「え?」
「え?」
お母さん、“今更なに言ってんの”って顔した! まさかあたし、ほんとに狼男なの!?
「あんた、狼男って、何言ってるの? そんなわけないじゃない」
え? あ…そうだよね。そりゃそうだ。あはは。あたしが狼男なんて、そんなわけ、ないよね。
「女の子なんだから、狼男なわけないでしょ。せいぜい狼女でしょ」
「そっち!?」
「人狼っていうのが正式みたいよ」
「じんろう?」
「ワーウルフとかライカンスロープとも言うみたい」
「それって狼男となにが違うの?」
「狼人間ってとこかしらね。満月の夜になると、変化できるらしいわ」
「なんで? あたし怪物なの!?」
「怪物っていうか、そういう人種なのよ。お父さんが人狼でお母さんが普通の人間だから、人狼になるか普通の人間になるか、半々だったんだけどね。
15歳になるまでにわかるってお父さんは言ってたけど、どっちになるかついこの前までわからなかったのよ。
日曜日にわかって、お父さん、すごく喜んでたでしょ?」
喜んでた? もしかして夕ご飯の時? あれ、ステーキだから喜んでたんじゃなかったんだ。
あ、でも、半々って。
「お母さんは、違うの?」
「お母さんは普通の人間よ」
「なんで…? お父さんが怪物だって、知ってて結婚したの!?」
「怪物じゃなくて人狼ね。
外国人みたいなもんよ。別に狂暴になったりしないし。
耳とか尻尾とか、可愛いわよ」
「知ってて、結婚したんだ…」
「そりゃそうよ。
好きになった相手が人狼だったってだけだもの。
円、大樹君に耳や尻尾を撫でてほしいとか、ほっぺたとか腕とか甘噛みしたいって思ったりしなかった?
人狼が誰かを好きになると、そういう気持ちになるんですって」
「あまがみ?」
「軽く噛むことよ。愛情表現の1つなんですって」
ほっぺにかぷってしたいって、そういうこと? じゃあ…
「…あった」
「あんたちっちゃかった頃、大樹君のこと好きでスキンシップ多かったでしょ。だから、たぶん人狼側だろうなとは思ってたの。好きな相手が円のことを受け入れてくれるかはわからないんだから、いきなり噛みついたり耳見せたりしちゃだめよ。
体の方は、これからどんどん育つから、気持ちの方も焦らずゆっくり、ちゃんと育てなさいね」
「うん…」
あたしが人間じゃなかったってことより、ヒロがあたしを好きになってくれるかの方が心配だった。