3 パンツをおろして…
ヒロの胸に顔をうずめる。
いつの間にか、ずいぶん男臭くなった。でも、それが嫌じゃない。お父さんの匂いなんか、すっごく嫌なのに。
「ヒロ」
ヒロのほっぺにすりすりする。
やっぱりちょっとひげが生えてるね。あたしの毛にちょっと引っかかる感じが気持ちいい。
「まどか、パンツ、脱がしてもいいか?」
「うん」
パンツを下ろされて、空気に直にふれて、開放感がすごい。
「触るぞ、まどか」
「うん。敏感なとこだから、優しくね」
「ああ」
言葉どおり、優しくなでてくれる。
ヒロの手が触れたところから、幸せな感じが広がってく。
たぶん、なでるのがうまいってわけじゃない。きっと、こんな幸せな気持ちになるのは、ヒロだからだ。
ずっとヒロになでててほしいな。
嬉しくて尻尾が震える。
あたしの尻尾に触っていいのは、ヒロだけなんだから。
「ヒロ、好き…」
…目の前には、天井がある。
夢、だよね。
2日も続けてこんな夢見るなんて、どうなってんの。
しかも、尻尾だよ。
あたしに尻尾なんか、あるかってーの!
いくら夢だって、ちょっとひどすぎるね。テレビだったら、速攻、チャンネル変えてるよ。
でも。ヒロなんだ。
いっつも相手はヒロで、あたしはすっごく幸せになってる。
ヒロとほっぺすりすりしたのなんて、小学校入った頃が最後だよね。あん時も、ちょっと嬉しかったけど、こんなに幸せじゃなかった。
あの頃は…ヒロのお嫁さんになるって約束してたんだっけ。
なんか、今更だよね。もうしゃべったりもしないのに。
ご飯を食べてたら、またお母さんにからかわれた。あたし、そんなに赤い顔してるのかな。
「相手はちゃんと選ばなきゃだめよ。まあ、あんたは誰にでも尻尾振るような子じゃないって信じてるけど」
「尻尾!?」
あああ、落ち着け、あたし! 尻尾ってのは、あれよ、比喩ってやつ! あたしに尻尾なんかないんだから!
ああ、もう! お母さんがニヤニヤしてるのがむかつく!
「犬じゃないんだから、尻尾なんかあるわけないじゃない! バカじゃないの!?」
ドキドキしてるのを隠しながら言ったら、お母さんはニヤニヤしたまま
「あらあ、お父さんの前でそんなこと言っちゃだめよ? お父さん、冗談でも犬みたいって言われるとすっごく怒るから」
って返してきた。
お父さん、犬嫌いだったっけ? …そういえば、時々、犬の散歩してる人のことじっと見てたっけ? てっきりフンの後始末ちゃんとやってるか見てるんだと思ってた。
そっか。犬、嫌いなんだ。まあ、あたしも別に好きじゃないし、飼いたいわけでもないから、困らないけど。
「円も、そのうち誰かに尻尾預けるようになっちゃうのよね」
ちょっとお母さん、しみじみ言わないでくれる? まるであたしに尻尾があるみたいじゃない。とは、もちろん言わない。どうせからかわれるのがオチだもん。
それにしても、一昨日から、ほっぺすりすりとか尻尾とか、なんなんだろ?
「お母さんは、あたしに彼氏作ってほしいわけ?」
「作ってほしいってわけじゃないけど、円が彼氏と幸せそうにしてたら、嬉しいかな」
「だったら、変にせっつくのやめてよ。おかげで変な夢見ちゃったじゃない」
あ、しまった!
「変な夢?」
ああ、ほら、聞き返されちゃったよ。
どうしよう。あんな夢の話なんかしたら、絶対笑われる。
ヒロと一緒にいて、幸せな気持ちだったなんて。
「尻尾が生える夢」
「あら、誰かに尻尾撫でてもらったの?」
「あたしに尻尾なんかあるわけないでしょ」
「もうそろそろ生えてくるわよ?」
「はあ!? お母さん、あたしをなんだと思ってるのよ!」
「お父さんとお母さんの娘」
「~~~~、もういい! いってきます!」
「よお」
ヒロの家の前を通りすぎたところで、後ろから声を掛けられた。けど、返事はしない。だって、あたし、呼ばれてないし。
「よおってば」
しつこい。
「無視すんなよ!」
だから、しつこい! あたしは、振り向いて言ってやった。
「あたしの名前は“よお”じゃない!」
「んじゃ、おはよ、まどか」
ヒロがいたずらっぽい顔で言った。やだ、ちょっとかわいい。
「“んじゃ”ってなによ。あいさつくらい、ちゃんとできないの?」
「お前だって、あいさつ返さないじゃないか」
「あたしは“お前”じゃない」
「まどかだって…」「おはよう。なんか文句ある?」
「お前なあ…」
「だから“お前”じゃないって。なんの用?」
「は?」
「だから、用はなに? 用があるから呼んだんでしょ?」
いつの間にか、ヒロはあたしの隣を歩いてる。顔を見ると、ほっぺがおいしそう。はむって噛んだら、気持ちいいんじゃないかな。
だめだめだめ。そんなことできるわけないじゃない。なに考えてるのよ。
「用っつうか…せっかく会ったんだし、久々に一緒に学校行かないか? って…」
「行かないかって、今、いっしょに歩いてるじゃん」
「あ、そうだな」
「あんたがいっしょに行きたいってんなら、行ってあげてもいいけど?」
「まどかも“あんた”って言った」
「え?」
「俺が“お前”って言ったら文句言ったくせに、まどかだって俺のこと“あんた”って言った」
「そうだっけ?」
「言った!」
「どうでもいいよ、そんなこと」
「どうでもよくない!」
そんなバカな話をしながら、あたしはヒロといっしょに学校まで歩いた。なんか、ヒロのほっぺから目が離せなくて、ちょっと困ったけど、嬉しかった。