2 ほっぺをかぷってしてみたい
翌朝、学校に向かう最中に、ヒロを見掛けた。
まったく、なんでこんな日に限って見付けちゃうかなぁ。
…無視しとこ。
「まど…おはよ」
ええ~? なんで声かけてくんのよ、せっかく気が付かないふりしてたのに。
「…おはよ」
「朝会うの、久しぶりだな」
だから、話しかけんな! あたしはあんたに用なんかないのよ。
「別に、クラスも違うし、会う必要ないでしょ」
「いいじゃん、クラス違ったって。一緒に学校行こうぜ」
「勝手に決めないで」
ヒロは何か話しかけてきてるけど、あたしは知らない。なんにも聞こえない。
ヒロ、背、伸びたなあ。見上げないとほっぺ見えないじゃない。
ほっぺ、昔ほどふっくらしてないや。ちょっと肉落ちた? あ、でも、やわらかそう。おっと、ひげ発見! ぽやぽやした毛が生えてる! これじゃ、すりすりしても気持ちよくないかな。…あ、でも、ちょっと逞しくなったかも。かぷってやったら、おいしそう。
って、何考えてるの、あたし!? なんでヒロのほっぺなんか見てんのよ!
あたしは…そんなんじゃ…ないんだから…。
「なあってば!」
「え? なに?」
「なにじゃねえよ。人が話してんのに、なにシカトしてんだよ」
やば、ほっぺに夢中になってた!
「なんか言った?」
「なんだよ、人が話しかけてやってんのに」
むかっ。“やってんのに”ってなによ。そっちが勝手に話しかけてきてたんじゃない。
「誰も話しかけてくれなんて言ってないでしょ!」
「あー、そうかよ!」
走ってっちゃった。なに怒ってんのよ。
「まどか、触ってもいいか?」
「うん…」
ヒロに耳と頭をなでられて、すっごく気持ちいい。なんかホッとする感じ。
「それ、気持ちいい。もっと触って」
なんか、あたしの声じゃないみたい。お風呂でう~んって伸びをしてる時みたいな感じ。うっとりしちゃう。
「スカート、脱がしてもいいか?」
スカート? それは…、でも、ヒロになら…。
「うん」
なんだか開放感。締めつけられてたのが、わーっと広がる感じ。
ああ、でも、見てるよりなでてほしいな。
ガバッと、飛び起きた。ほんとに、ガバッと。
なに? 今の、どういうこと?
なんでヒロになでられて気持ちいいの?
あたし、ヒロのことなんか好きでもなんでもないんだから!
ご飯を食べにリビングに降りると、お母さんに聞かれた。
「円、顔赤いけど、誰かさんの夢でも見た?」
うわ、なによ、いきなり。まったく、変なとこ鋭いんだから。
「べ、別に! 夢なんか見てないよ!」
「そお?」
お母さんが笑ってる気がする。まさか、あたしの夢なんかわかるわけないよね。
「ついふらふらっと耳撫でさせちゃだめよ? 耳を撫でるのもほっぺすりすりも、好きって確かめ合ってからだからね。もう子供じゃないんだから」
そりゃあ、ヒロから好きって言われるまでは…って、だから違うってば!
「あんな奴に耳なんかなでさせてやるわけないでしょ!」
…あれ? なんで耳なの? やっぱりお母さん、夢のこと知ってる?
「ちょっとお母さん、なんで耳なでる話になってるの?」
「耳を撫でられてもいいって思ったら、その相手を好きってことでしょ? お父さんもそうだったものね」
お父さん、なにやってるのよ。